第34話  ~エピローグ~

次に目を覚ましたのは、じいちゃんの家のベッドの上だった。

耳のイヤホンも手首の腕時計もすべてなくなっていた。


(夢だったのかな…?それとも……)


僕は起き上がり玄関まで歩いていった。


(だれもいないのか…? …ん?)


それは不思議な感覚だった。そんなに時間は経っていないのに…

見慣れたハズの家を久しく見たような感覚に陥った。


(なんだったんだ? いまの感覚?)


僕は玄関の金魚鉢を見た。1尾だけ水面を静かに漂っていた。

皮膚の表面には白い斑点が無数にあった。


(もう永くないな…)


なんとなく感じ取った。僕はその弱った金魚をじいちゃんに重ねていた。

不思議と涙は出なかった。金魚鉢に手を入れた。

その金魚からは…もう命の鼓動を感じ取れなかった。


「やっぱり…」


風前の灯である金魚を自分の手ですくい上げた。

わずかにヒレをふる仕草をすることなく…

僕の手の中で眠るように…息を引き取った。


(……じいちゃん…)


金魚を庭の隅まで運び、スコップで穴を掘った。

土をかぶせ、両手を合わせた。この金魚も、僕たちも同じなんだ。

この小さい金魚鉢の中でも…命の循環が行われているんだ。

金魚鉢が家族というならば…来年も、そのまた来年も…

この金魚鉢を金魚でいっぱいにしてあげよう!

金魚がいなくならないように…。家族が途絶えさせないように…。

金魚が一人ぼっちにならないように…。


「レイジ! レイジなのね!?」


後ろから声をかけられた。それは母さんだった。



~~~



「レイジ、父親として…やらなければならないことがある」


バシ!


僕は思いっきり頬を引っぱたかれた。


「本当に心配したんだぞ」

「ごめんなさい、父さん…」


左の頬がジンジンする…。


(でも、ホントは僕もムリヤリ連れていかれたんだけどね…父さんは、家出したと思っているんだろう…)


「…で? 7日間ものあいだ…ドコに行ってたワケ? レイジ?」


母さんはとっても怒っている。それはそうだ。

僕は7日間も家を空けていたのだから。


「これには海よりも深いワケがあるんだ、母さん…」


となりにいるおばあちゃんは、ただ僕をじっと見ている。

僕はなんとなく目線をそらした。


「黙ってちゃ、わからないわ。話してちょうだい。見たところ、大きなケガはしていないけど…」

「あの…その…」

「どうしたの? ハッキリ言いなさいよ」

「海の…底に…行ってきました」



「「「「……………は?」」」」



みんな、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


「アンタねぇ、もっとマシな嘘をつきなさいよ?」


母さんは呆れた表情で言う。当然の反応だと思う。


(カノンさんの言ったとおりだ…)


そんな話をしているうちにドアを開け、シズカが入ってきた。


「シズカ? ダメじゃない! まだ寝てなさい」

「ううん、お母さん。もう大丈夫なの」


そういうとシズカは僕の方を見てポツリとつぶやいた。


「お兄ちゃん、その…ありがとう…」

「どういたしまして」


生まれて初めて、妹に心から感謝された。おそらく、僕が気絶している間にカノンさんがシズカに事の顛末を教えてくれたんだろう…。どうやったかは知らないけど。

しかし…怖い思いも、痛い思いもしたけど…頑張った甲斐があったかな。妹はおばあちゃんのとなりに座った。母さんの頭上には『?』マークがいっぱい出ていた。


「どういうことなの?」


おばあちゃんは少しも喋らず、鋭い眼光で僕を見ている。

僕は今までのことを話した。


「…というワケです。ハイ…」


なぜか母さんに敬語で話していた。


「う~ん、にわかには信じがたいわねえ。でも、こうしてシズカは治ったわけだし…あ、でもレイジ。知らない人から受け取ったものは、安易に口に入れないこと! いいわね? 毒物の可能性だってあるんだから」

「ハイ、気を付けます」

「それなら、いいわ。2人とも一応、明日病院に連れて行くか…」


母さんは半分納得して、もう半分は納得がいかなさそうだった。


「まあなんにせよ、無事でよかったよ」


今度は父さんが口を開いた。


「ただ、新型の宇宙戦艦で海底をパトロールしたってのいうのは、いくらなんでも無理があるんじゃないか?」

「どうして?」

「水圧だよ。深海では大きな水圧がかかる。10メートルもぐるたびに1気圧ずつ増えていく。体の表面積1平方センチにつき、1キログラムずつ増えていくというわけだ。水深100メートルなら10キログラム、1万メートルなら1000キログラム増える。そんな膨大な水圧がかかったら、その万能潜水艦とやらはペシャンコだ。それにそんな環境で海底を早く動くことは難しいんじゃないか?」


シズカはキョトンとしていた。


「たしか…最新鋭の潜水艦でも、400メートルが限界じゃかなかったか?」

「母さん、水圧ってなに?」

「そうね、なんて説明したらいいかしら…母さんの両手を水圧と思いなさい」


そういうと母さんは、両手を僕の両頬に軽くあてた。


「水圧というのは、水の力のことよ。深くもぐるほど、水圧は強くなっていくの」


母さんは僕の頬を徐々に強く締めていった。


「あっ…ちょ…ぶっ…」

「お風呂に長く入っていると、指がデコボコになるでしょ?あれも指に、水圧がかかっているからなのよ。人間が深海までいったら、お煎餅せんべいになっちゃうわね。オルなんとかって国もあるのかどうか、アヤシイもんだわ…」

「とてもよくわかりました」

「理解が早くて助かるわぁ」

「でも…少し目つきが大人っぽくなったな、レイジ」

「そう?」

「父さんの好きなマンガでな、こんな言葉がある。『男は、まえを歩く男の背中を見て育つ』ってな。おまえも、その深海の世界でいろんな男たちの背中を見てきたんだな…」

「父さんは…僕が海底に行ってきた話を信じるの?」

「おまえには悪いが…半信半疑だ」


(どうしたら信じてもらえるんだろう…? そうだ!)


僕は密かにオルテンシアから持ち帰ったドリンクを、母さんに渡した。


「ナニコレ?」

「いいから飲んでみてよ。お母さんの願いが叶うかもよ?」

「アンタ、あやしいクスリじゃないでしょうね?」


疑いつつもお母さんはドリンクを飲んだ。

すると、ものの10秒でお肌にハリが出てきた。


「あら、あららら?…まあ、これがわたし?10歳は若返ったじゃないのぉ!」


母さんは僕の両肩をつかんで話す。目がキラキラしている。


(…こ、怖い…)


「アンタが海底に言ってきたことを、母さん信じるわ。だから…このドリンクありったけ買ってきなさい!オルなんとかって国は、クレジットカード使えるの?」

「オルテンシアね。…カード? ごめん、わかんない…」

「今度、同窓会があるのよぉ! パパのクレジットカード渡すから…ね?」


母さんは、すっと立ち上がって…


「ちょっと待っててね、全財産を持ってくるから!」


と言って、別の部屋に行ってしまった。


「やれやれ…多めに買ってきてよかったよ」


ハナビートからもらった分も含めてまだたくさんある。


「おばあちゃんもいる? 若返りドリンク? まだあるよ」

「わたしはいいわ。この歳になると…外見にこだわらなくなるのよ。それにね…」


おばあちゃんは僕の手にある勲章を見ながら言う。


「ゲンさんがいなくなったら…長生きしなくてもいいか…ってね…」


聞いた途端に、シズカがポロポロ泣き出した。


「おばあちゃん! そういうこと言わないでよ!イヤだよ、わたし…おばあちゃんが、長生きしてくれなきゃ! そんなの…そんなの…うう…」


おばあちゃんの膝で、うずくまるように泣いている。


「そうだね、ごめんね。しず…。レイジ、やっぱり一本もらえるかしら?」

「どーぞ、どーぞ、孫のためにも一本と言わずたくさん飲んでよ。あと、コレ…」


僕はじいちゃんがいつも持っていた勲章を、おばあちゃんに手渡した。


「これはおばあちゃんが持ってた方が良いと思う」

「レイジ、ゲンさんに…おじいちゃんには、別れを言ってきたのかい?」

「うん、言ってきたよ…」

「レイジ…ありがとうね…」


おばあちゃんは涙声で僕に言った。



~~~



翌日、警察の人が来た。おばあちゃんが事情を話した。


「刑事さん、このとおりレイジは無事です。ムシの良い話ですが…穏便に処理していただけないでしょうか? レイジはウソをつくような子ではないんです…」

「…………」


刑事さんはなにやら考え込んでいる。僕の瞳をのぞきこんでくる…。

そしておばあちゃんに話す。


「そのようですね。この子の眼は…まっすぐなゲンさんを思い出させてくれる。…わかりました。署の方では穏便に片付けましょう」

「刑事さん、ご迷惑をおかけします」

「そんな…大げさですよ。でも病院には行ってくださいね。一応」

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