二つ目の誕生日

数金都夢(Hugo)Kirara3500

「妹」と夜通し語り合って、そして別れました

 つい数時間前まで様々な計測機器から伸びるケーブルのつけ外しを何度も繰り返されていたわたしは、それからようやく解放されて、目の前にいる白衣姿の女性から二枚の切符をもらった。見てみると、その一枚には

「大垣~西千葉」

と書いてあった。もう一枚は席番号が書かれていた。

「場所はすでにあなたの頭の中にインプット済みだけどあと念のためこの紙に地図をプリントアウトしておいたからね」

ちょうど、彼女の説明が終わった頃、別の部屋から女の子がやってきた。

「お姉さん、はじめまして。製造番号一〇三七〇一〇八と申します。私もあなたと同じ頃ここで生まれた、双子の妹みたいなものです。 めんどくさいし覚えられないだろうから、新しい家族と会って本名が決まるまでは『富名音羽とみなおとは』って呼んで。 これからの列車旅よろしくね」

「わたしからもはじめまして。川間美春と申します」

「お姉さんはなんですでに名前がついているんですか?」

「話はちょっと長くなるからそれは列車の中で」

「わかったわ」

「これから家族の待っているところに行ってらっしゃい。色々物騒みたいだから気をつけてね」

彼女はそう言ってわたしたちを送り出した。 本当はもうそんなことを言われる歳、遥か前に通り過ぎたはずなんだけどね。そんな彼女は私達の生みの親、梅郷琴音博士。ここの主任研究員で設計と工程管理を担当しているんです。そんな彼女とももうお別れ。


 そして顔合わせがすんだわたしたち二人は門を出て駅に向かった。振り返ってわたしたちがいた建物を見たらそれはどう見ても古ぼけた町工場だった。さっきまで目にしていた近代的な設備が急に幻のことのように思えてきた。 そしてわたしたちは五、六分歩いて駅に着いた。改札機に挿入口がなくてどうすればいいのだろうと、戸惑って立ち止まっていたら、音羽さんに、

「切符の右下のバーコードをここにタッチして」

と言われて、切符の片隅に印刷されたバーコードを改札機に当てて中に入った。階段に降りると、東京駅行きの夜行列車が止まって待っていた。階段を降りるときの心配ごとだった脚の関節パーツの初期不良は感じなかった。そして私は切符に書かれた指定席番号を見ると、「四号車八番D席」と書いてあった。それを見たわたしたちは列車の真ん中あたりのドアから入ってその席に座った。


 そして夜十一時過ぎに列車が発車した後は私達の間で話が弾んだ。

「娘が生まれた後、一段落して会社勤めに戻って何年か過ぎて、定期的な健康診断を受けたら大腸がんが見つかってそれがもうステージ四で肺にも移っていたの。それで入院しても良くなるどころからさらに悪化してね。若かったから死ぬまであっという間だったの。それで夫にすべて託さざるを得なくなって本当に申し訳なく思った。そして私は葬儀屋の冷蔵庫に一晩入れられて、作業室に移されて念入りなエンバーミング処置がされたの。夫は通夜のときに、棺桶のふたを開けて私に『きみをいつか機械の体ができる日まで腐らせないようにするために念入りな処置とその後の保管を頼んでおいたよ』と言われて心の中で涙が出そうになったのよ。式が終わった後は棺桶ごと定温倉庫の棚のようなところに置かれて長い間そこにいたんです。そしてある日、夫が博士の会社にわたしの体にするつもりのアンドロイド、そう、この体の注文を出したのです。それがわかったのがわたしがその棺桶から出されて、施設に移動した後CTスキャンで計測されたからなんです。そして体が出来上がったところで時間をかけて意識をこの体に移動させていって、その間も各種チェックを繰り返して、やっと夫と娘が待っている『懐かしい』我が家に戻れる日が来たんです。楽しみだけどいざ会ったらどんな事を言ったらいいのかわからないんです。博士には、私が家に戻ったらすぐ働けるように、最新のコンピューター言語プログラミングの知識を頭の中のメモリに入れておいてもらったそうです。昔システムエンジニアをやっていて、その当時の言語の知識はあったけどだいぶブランクが空いたから」

彼女はうなづきながら私の話を聞いていた。そして話が終わったところで彼女の口が開いた。

「私は最初から人工的な存在として生まれたから、あなたの話を聞いてわからないことがたくさんあるけど、私もこれからこういう経験していくのかな、きっと。それで棺桶で思い出したんだけどね、梅郷博士にこんな話を聞いたわ。十年くらい前、私達の先輩達は起動していない状態で包装材にくるまれて棺桶みたいな段ボールに入れられて宅配便で運ばれるのが普通で、運が悪いと輸送中に段ボールの角に穴が空いて、保護材もビニールシュリンクも破れて、大事なお肌にまで傷をつけられて、起動した後に自分で鏡を見てショックを受けた子がいて、それからはその運送会社の名前を聞いただけでトラウマになるとかいうことが、今になるまで私達の間で語り継がれているそうだよ。今はもうそんな荒っぽいことが出来る時代じゃないから私達もちゃんと列車や船で移動させてもらえるし。この列車だってもうバス運転士が確保できなくなって毎週末は一晩で数十人使って動かしていた高速バスが数年前に廃止されて、そのとき復活したからね。だけど私達はリチウムイオン電池の塊みたいなものだから飛行機には乗せてもらえなくて海外輸出されるときは長距離国際フェリーに乗ってもらうんだって。そのフェリーの乗客のほとんどは工場を出て新しい家族のもとに向かうとか旅行目的とかのアンドロイドたちで、その中にごくたまに食料を大量に持ち込む人間のバックパッカーが混ざることがあるみたいだけどね。船内には電源コンセントは完備されていてもレストランはないから」

彼女はそう言っていた。 それで、

「生まれたばかりのはずなのになんでそんな事知っているの?」

と聞いてみたら、

「最終調整が早く終わったので博士の助手と、たまたま修理のために『里帰り』していたひかるさんとずっと話していたわ」

ということだった。


 彼女との話が一段落した後、一回死んで葬式を挙げられたはずのわたしが「帰宅」した後どうやって娘に説明したらいいのか、そしてどんなことを夫に話すのか、どんな感じで機械の体を用意したことには感謝して、結果として責任を突然なすりつけることなったことについてどういういうふうに謝ったらいいのかとわたしは悩み続けた。でも、そんな「難問」、一、二時間程度で結論が出るはずもなくしばらくして考えるのをやめた。 列車は大きい途中駅に着くたびにドアが開かないまま数十分づつ停車することを繰り返していた。その間にも反対方向の線路を何本ものコンテナ列車が走りすぎていった。わたしはそれを列車の窓越しにボーッと眺めた。そんな事を考えていたら、彼女に、

「ねえ、川間さん。一年後に秋葉原で二人だけでお誕生日会というのはどうですか?郊外型の家電量販店に置いていないパーツやアクセサリーとか一緒に見て買いませんか?詳しくは後で連絡するからね」

と言われてとても嬉しかった。もう日付が変わったから昨日になった日は彼女にとっては正真正銘の誕生日で、わたしにとっては二つ目の誕生日。さらに人間だった頃の続柄とは別にアンドロイドとしての続柄もできたのが、複雑で面白いところなんだけどね。


 翌朝、列車は東京駅に着いた。わたしたちは列車からホームに出て階段を降りた。

「川間さん、さようなら。向こうに着いて本名が決まったら知らせてあげるからね」

リュックひとつを担いだ音羽さんはそう言い残して乗換通路の雑踏の中に消えていった。


 わたしはエスカレーターで地下深くのホームに降り立ち、青いラインの入った電車に乗った。電車の窓の外には「懐かしい」風景が広がっていた。あれから短いとは言えない時間が流れていたがそんなに変わってはいなかった。稲毛駅に着いた後、黄色いラインが入った電車に乗り換えた。目指す西千葉駅はもうすぐ。そして駅を出て歩いて数分。わたしはその「懐かしい」わが家に着いた。

「おかえり、ママ」

もう高校生になった鈴葉が涙を流しながら出迎えてくれた。そしてわたしを抱きしめた。 列車の中で一晩中いろいろなことを考えていたけど、取り越し苦労で良かった。そしてわたしもつられて涙を流した。極初期の機種は涙を流せないと聞いたことがあるのですが、この体になって初めて涙を無事流せたことに感動した。あとで眼球ユニット保護用点眼液をちゃんと目にさしておかないとね。


 もう食事の時間なので、引き出しから「食事体験ユニット」を出してきた。充電時間中に食べたいものが描かれたカードの上でフォークやスプーン型のデバイスを使うと食べた気分になれるというアイテム。うなじにあるUSB端子とコンセントをACアダプタで繋いだ後、テーブルの上にカレーチャーハンのカードを置いて「スプーン」を動かした。前回工場にあった古めの機種を使って「食べた」ときは、相互接続性に相性問題が生じたせいなのかあまりの苦みに吐きそうになったけど、うちにあったのはバグフィックスデータがインストールされていたのですごく美味しかったです。ごちそうさまでした。ああ、幸せ。充電中もリラックス効果が味わえるように設計されているみたいだけど食事する感覚とは全く別なのでこんな物があるんですよね。次の日、就職に向けてコーポレートサイトを見て応募してみたり、エージェント登録をしたりして一日が潰れた。そして何日も待ち続けてついに面接の日が決まった。その間、頭のメモリに入れておいてくれたという、新しい言語を使ったコーディング学習も続けた。


 面接当日の朝、起きるとなぜか異常にお腹がすいていた。周りの様子を見たら私の寝相の悪さで充電ケーブルが外れていた。というわけで電車に乗っている間はスーツケース型の予備バッテリーと私の体をUSBケーブルで接続することになった。空バッテリーが帰りの電車で荷物になって憂鬱になりそうなのですが、それは仕方がありませんね。それでは行ってきます。


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