無才の少年、異才に目覚める

@amagiyuma

第1話

 シオン・アルヴェインは、冷たい視線を浴びながら試験結果の紙を握りしめた。

 実技試験ーーまたしても最低評価だった。

「これで三回目だ。次はないぞ。」

 試験管の教師はそう言い放ち、肩をすくめる。周囲の生徒たちの失笑が耳に刺さる。

 王立ヴェルニア魔法学園。王国屈指の名門校であり、多くの貴族や才能ある者たちが集う場だ。シオンはその学園に通う、中等部四年の生徒だった。筆記試験では常に学年一位の成績を収めていたが、魔法や戦闘の実技はからっきしだった。

「これで次の試験も落ちれば、君は学園を去ることになる。」

 教師の言葉に、シオンの胸が締め付けられる。

(どうして……俺だけ……)

 努力をしてないわけではない。毎日遅くまで魔法の基礎理論を勉強し、実技訓練も欠かさなかった。しかし、どれだけ鍛錬を積んでも、シオンの魔法は発動すらしないことがほとんどだった。

 学園の規則では、三度の実技試験で最低評価を取った者は退学となる。次の試験が最後のチャンス。しかし、今のままでは合格できる可能性はほぼゼロだった。

 学園の廊下を歩くシオンの足取りは重かった。

 試験の結果が掲示されるたびに、周囲の視線が痛いほど突き刺さる。筆記では常に学年一位を維持していたが、実技試験では最低評価ばかり。結果として総合評価は底辺に沈み、今や「退学勧告」の寸前だった。

 (もう後がない……)

 胸の奥に広がる焦燥感。それでも、シオンは必死に抗おうとしていた。

 「シオン……」

 声をかけてきたのは、金髪碧眼の少女、アリシア・フォン・ルーヴェンだった。学園の貴族派を代表する才媛であり、剣と魔法の両方に秀でた天才。

 「また実技試験、ダメだったの?」

 アリシアの声は優しかったが、その目には心配の色が浮かんでいる。

 「……ああ」

 シオンは小さく答え、目を伏せた。

 「そんなに落ち込まないでよ。筆記の成績は学年一位じゃない」

 「それだけで学園にいられるなら、苦労はしないさ」

 苦笑しながら肩をすくめると、アリシアは少し困ったように眉を寄せた。

 「……私、シオンには学園にいてほしい」

 不意に、アリシアの声が小さくなった。

 「……え?」

 思わずシオンが聞き返すと、アリシアは顔を赤くし、慌てて言葉を付け足す。

 「ち、違うの! ただ、その……君がいなくなったら、困る人もいるんじゃないかって……!」

 「困る人、ね……」

 シオンは心の中で呟いた。彼がいなくなって困る人が、本当にいるのだろうか? そんな疑問が頭をよぎる。

 そして、さらにもう一人の少女が廊下の向こうから駆け寄ってきた。

 「シオン! また先生に呼び出されたって聞いたけど、本当!?」

 活発な雰囲気を纏う、赤髪の少女――リリス・エヴァンス。彼女はシオンの数少ない友人の一人であり、剣の腕前は同学年の中でも屈指の実力者だった。

 「まあ、予想通りさ」

 シオンが肩をすくめると、リリスは頬を膨らませて言った。

 「もう! もっと気合入れてやんなさいよ! シオンだって、やればできるんだから!」

 「そう言われてもな……」

 シオンは苦笑しながら、二人の少女の顔を交互に見た。アリシアとリリス。彼女たちは、シオンが学園に留まってほしいと願ってくれている数少ない存在だった。

 (でも、今のままじゃ……)

 結局、自分には何の力もない。学園の規則に従えば、次の試験で結果を残せなければ、確実に退学だ。

 学園の中庭で、シオンはため息をつく。そこへ、一人の少年が駆け寄ってきた。

「シオン、大丈夫か?」

「……レオか」

 レオ・フィンレイ。シオンの友人であり、剣術の達人だ。彼は学園の実技試験で常に上位に入る実力者だった。

 「お前、ずっと頑張ってるのに……やっぱり納得いかねぇよな」

 「……仕方ないさ。才能がないんだ」

 そう言いながらも、シオンの中には焦燥感が渦巻いていた。何かを変えなければ、本当に学園を追い出される。

 ――そんなとき、ふと視界の隅にある貼り紙が目に入った。

 「王都地下遺跡、探索者募集」

 それは、学園の管理外にあるダンジョンへの探索依頼だった。通常、生徒の立ち入りは禁止されているが、実力者であれば例外的に許可されることがある。

 (……ここで何か掴めれば、俺は変われるかもしれない)

 シオンは、覚悟を決めた。

 シオンは、夜の学園の敷地を抜け出しながら、胸の高鳴りを抑えきれなかった。

 地下遺跡――王都ヴェルニアの地下に広がる、古代の遺構。正式には探索が許可されているのは高等部の上級生や実力者のみ。しかし、実績さえ積めば、特例として認められることもある。

 (俺に残された道は、これしかない……)

 魔法も剣もまともに扱えない自分が、強くなるためにできること。それは、未知の場所に足を踏み入れ、自らの可能性を見つけること。

 王都ヴェルニアの中央広場から伸びる地下道。その先には、古代王国時代の遺跡が広がっていた。

 シオンは、探索者たちの後ろに続きながら、慎重に階段を下りていった。冷えた空気が肌を刺し、どこからか微かな魔力のざわめきが聞こえる。

 (本当に、ここで何かを掴めるのか……?)

 期待と不安が交錯する中、遺跡の入口に辿り着いた。

 「お前、新入りだろ?」

 入り口に立つ男性が、シオンをじろりと見下ろした。全身に傷跡が走り、鎧の隙間からは鋼の筋肉が覗く。明らかに歴戦の戦士だった。

 「はい。初めてですが、挑戦したいと思います」

 「ふん……まあ、ここで死んでも誰も責任は取らんぞ」

 その言葉を最後に、男は興味を失ったように視線を逸らした。

 他の探索者たちは、各々の準備を済ませ、遺跡の奥へと進んでいく。シオンも、それに続いた。

 地下遺跡の内部は、広大な迷宮となっていた。

 壁には古代の文字が刻まれ、所々に崩れた柱が転がっている。そして、何よりも特異だったのは、空間全体に漂う魔力の濃密さだ。

 「この感じ……ただの遺跡じゃない」

 学園の授業で学んだ魔法理論を思い出しながら、慎重に歩を進める。だが、その時だった。

 ――ギィィ……

 遠くから、鉄が擦れるような音が響いた。探索者たちが立ち止まり、一斉に武器を構える。

 「魔物か……?」

 「いや、あれは……!」

 次の瞬間、影が壁の隙間から這い出てきた。

「地下兵士」――遺跡の守護者たちだった。

 錆びついた甲冑をまとい、魔力で動く兵士たち。その数は五体、いや、十体以上か。探索者たちは即座に戦闘態勢に入る。

 「おい、新入り! ここで戦えるのか?」

 「……やります!」

 だが、シオンは剣の扱いに自信がない。魔法もまともに使えない。どうすればいい?

 その瞬間、彼の脳裏に、何かが閃いた。

 シオンの脳裏に浮かんだのは、学園の魔法理論の授業で習ったある仮説だった。

 「魔力の流れを読むことができれば、相手の次の動きを予測できる」

 だが、これはあくまで理論上の話。実際に試した者はいないし、訓練なしでできるはずもない。しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

 「……やるしかない!」

 シオンは、地下兵士たちを見据えた。彼らの動きは、まるで何かに操られているかのようだった。まるで、決められた「型」があるように。

 ――来る。

 直感が警鐘を鳴らす。

 その瞬間、シオンの視界が鮮明になった。地下兵士たちの魔力の流れが、まるで青白い線のように「見えた」のだ。

 「な……んだ、これ……?」

 まるで、敵の次の行動が分かるかのように、魔力の動きが軌道を描いていた。

 その直後、目の前の兵士が剣を振り下ろした。だが、シオンは咄嗟に一歩引く。――ギリギリの回避。

 「見える……! 俺にも、戦える!」

 信じられない感覚だった。これが、シオンに眠っていた才能なのか?

 探索者たちも驚いた表情を浮かべながら、次々に地下兵士と交戦していく。

 「新入り、なんでお前……避けられるんだ!?」

 「わからない。でも……戦える気がする!」

 シオンは、敵の攻撃パターンを読みながら、探索者たちと共に地下兵士を撃破していった。

 やがて、最後の一体が崩れ落ちると、遺跡内に静寂が戻った。

 「……終わったか」

 だが、その時。

 シオンの頭の中に、また別の感覚が流れ込んできた。

 (この遺跡には……何かがある)

 彼は確信した。この場所に、自分の求める「答え」があるのだと――。

 シオンの胸の鼓動が早まる。先ほどまでの戦闘の興奮とは異なる、何かが呼びかけるような感覚。

 (この遺跡には、まだ何かが……)

 周囲を見渡すと、壁には古代文字が刻まれている。その一部がわずかに輝いていた。

 「……これは?」

 彼は無意識に手を伸ばし、その文字に触れた。すると、空間全体が震え、足元が崩れ始める。

 「っ……落ちる!?」

 次の瞬間、シオンの体は重力に引かれるように落下した。

 暗闇の中、彼の意識は一瞬遠のく。

 ーーー

 目を覚ますと、そこは広大な石造りの空間だった。天井は高く、壁には古びた紋章が描かれている。

 「ここは……どこだ?」

 立ち上がると、目の前には巨大な扉があった。その中央には、先ほど触れた古代文字と同じ紋様が刻まれている。

 (まさか、この扉の向こうに……?)

 シオンが扉に近づくと、不意に脳内に声が響いた。

 『求めし者よ――試練を受ける覚悟はあるか?』

 その瞬間、彼の視界が光に包まれた――。

 光が収まると、シオンは不思議な空間に立っていた。

 まるで夜空をそのまま床にしたような場所。頭上には無数の星が瞬き、遥か彼方まで広がる闇の中に、古びた玉座が佇んでいた。

 「試練の場へようこそ、選ばれし者よ」

 玉座に座るのは、一人の騎士だった。全身を漆黒の鎧に包み、その目には不思議な光が宿っている。

 「試練……?」

 シオンは警戒しつつも、相手の言葉を待った。

 「貴様の中には、眠れる力がある。それを目覚めさせるため、この場で戦え」

 その瞬間、騎士がゆっくりと立ち上がった。

 漆黒の剣を握ると、空間全体が震えるような圧力が走る。

 (……勝てるのか?)

 自分の力は未熟だ。それでも、ここで引くわけにはいかない。

 「……やるしかない!」

 シオンは構えを取った。

 次の瞬間、騎士の姿が消えた。

 「……っ!」

 風がうなり、シオンの背後に気配を感じる。直感が危険を告げる――!

 シオンは反射的に身を翻した。

 その瞬間、背後から振り下ろされた黒騎士の剣が、彼の頬をかすめる。

 (速い……!)

 シオンは間一髪で距離を取ったが、相手の動きが読めない。

 黒騎士は静かに佇んでいる。まるで、シオンの出方を伺っているかのようだった。

 (このままでは勝ち目がない。何か手を……)

 そのとき、彼の視界に魔力の流れがぼんやりと見え始めた。

 「……まただ」

 以前の戦闘と同じ感覚。相手の魔力の動きが、霧のように視界に浮かぶ。

  (……もし、この力を使えば……!)

 シオンは意識を集中させた。

 黒騎士が動く。

 その剣が、再び彼に迫る。

 だが――

 見えた。

 シオンはギリギリのタイミングで剣を回避し、カウンターを繰り出した!

 ――ガキィンッ!

 刃と刃がぶつかる音が響く。

 「……なるほど」

 黒騎士の目がわずかに細められた。

 「ならば、次は本気で行くぞ」

 その瞬間、彼の魔力が爆発的に増幅する――!

 黒騎士の周囲に黒紫のオーラが渦巻く。

 (まずい……!)

 シオンは直感的に理解した。次の攻撃は、これまでとは格が違う。

 「――行くぞ」

 黒騎士の声が響いた瞬間、彼の姿がかき消えた。

 (消え……!?)

 だが、シオンの解析眼がそれを捉える。

 右――!

 反射的に剣を構え、迎撃する。

 ――ガキィン!!

 強烈な衝撃が腕に響く。

 「よく防いだな」

 黒騎士は僅かに驚いたようだったが、すぐに次の攻撃へと移る。

 シオンは何とか回避しながら、相手の動きを観察する。

 (……見える。攻撃の軌道が……!)

 しかし、それだけでは勝てない。

 (反撃しなければ……!)

 シオンは意を決し、攻撃に転じた。

 「はぁっ!!」

 渾身の一撃が、黒騎士の肩を捉える――!

 「……っ!」

 黒騎士がわずかに後退した。

 (……いける!)

 シオンの中で、戦いの感覚が研ぎ澄まされていく。

 シオンの剣が黒騎士の肩を捉えた。

 その瞬間、衝撃が伝わり、相手の漆黒の鎧に浅い傷が刻まれる。

 (やった……!)

 しかし――

 「なるほど」

 黒騎士は傷を気にも留めず、静かに呟いた。

 次の瞬間、圧倒的な殺気が空間を支配する。

 「ならば、我も一歩先へ進もう」

 黒騎士の剣が闇色の魔力を纏い、漆黒の雷が奔る。

 (まずい……!)

 シオンは直感的に理解した。これは、次元の違う攻撃が来ると――!

 「黒雷剣」

 黒騎士が低く呟くと同時に、闇色の雷が放たれた。

 轟音とともに、シオンのいる場所へ一直線に襲いかかる。

 「くっ……!」

 瞬時に回避しようとするが、電撃の速さには到底追いつけない。

 (避けられない……なら!)

 シオンは咄嗟に剣を構え、その雷撃を受け止める。

 ――ズバァンッ!!

 衝撃が腕を襲い、全身に痺れが走る。

 しかし、彼は耐えた。

 (この力……もしかして……)

 シオンの中で、眠っていた力が目覚めようとしていた――!

 雷の衝撃がシオンの剣を伝い、全身に痺れが走る。

 (クソッ……! このままじゃ持たない……!)

 しかし、次の瞬間――視界が変わった。

 まるで時間がゆっくりと流れるように、すべてが明確に見える。

 黒騎士の動き、雷の流れ、空間の歪み――すべてが、まるで解析されたかのように見えるのだ。

 (……わかった)

 シオンは小さく息を整え、剣を握り直した。

 「……来い!」

 黒騎士の目がわずかに細められる。

 「ほう……その目。ようやく力に気づいたか」

 その言葉とともに、黒騎士が疾駆する。

 しかし、今のシオンにはその動きがはっきりと見えていた。

 (右足に重心……次は左の斬撃!)

 シオンは最適なタイミングで動き、黒騎士の一撃を紙一重で回避する。

 そして――

 「そこだっ!!」

 彼の剣が、黒騎士の胴を正確に捉えた。

 ――ズバァッ!!

 衝撃とともに、黒騎士の身体が後方へと吹き飛ぶ。

 「……見事だ」

 黒騎士は微笑み、ゆっくりと立ち上がった。

 「貴様の力、確かに目覚めたようだな」

 そして、彼の身体が淡い光に包まれる。

 「……試練は、合格だ」

 その言葉とともに、光がシオンを包み込む――。

 眩しさに目を細める間もなく、体が宙に浮いたような感覚に襲われた。

 (これは……?)

 気づけば、黒騎士の姿は消え、周囲の景色も変わっていた。

 そこは、闇に閉ざされたダンジョンではなく、どこまでも続く光の空間だった。

 静寂が広がり、まるで現実から切り離されたような感覚を覚える。

 やがて、光の粒子が収束し、目の前に荘厳な鎧を纏った男が現れた。

 黒騎士とは違う。威圧感ではなく、どこか慈愛に満ちた存在。

 「よくぞ、ここまで辿り着いた」

 その声は、どこか懐かしい響きを持っていた。

 「お前は誰だ……?」

 シオンは警戒しながらも問いかける。

 すると、男は穏やかに微笑んだ。

 「我が名はレグナス。かつて、この王国を守護した騎士にして、この試練の監視者」

 「試練の……監視者?」

 「そうだ。この遺跡は、かつて偉大な魔導士たちが築いた力の継承の場。

 真に相応しい者だけが、その力を受け取ることができる」

 シオンの脳裏に、今までの戦いが蘇る。

 黒騎士との死闘――そして、最後に解析眼を駆使して勝利を掴んだ瞬間。

 (まさか……あの戦い自体が試練だったのか?)

 「お前は、この試練を乗り越えた」

 「すなわち、お前は力を継ぐ者に相応しいということだ」

 レグナスが手を掲げると、黄金の魔法陣が浮かび上がる。

 それは、まるで意思を持つかのように輝き、シオンへと降り注いだ。

 「シオン・アルヴェインよ。我がお前に授けるのは――『解析眼の真なる力』」

 瞬間、シオンの両目が灼けるような感覚に包まれる。

 「っ……!!」

 苦痛の中で意識が冴え渡る。

 視界に広がるのは、かつて見たことのない詳細な情報。

 魔力の流れ、敵の動作の未来予測、さらには……

 物質そのものの構造まで解析する力。

 (これが……真の解析眼……!)

 シオンは、全身にみなぎる力を感じながら、確信する。

 これさえあれば、もう無力な自分には戻らない。

 やがて光が収束し、シオンの足元に現れたのは――

 一冊の古びた書物だった。

 「これは……?」

 レグナスが静かに答える。

 「それは、お前が手にした力をさらに深く理解し、極めるための書だ」

 「未来を切り拓くのは、お前自身の意思。

 シオン・アルヴェインよ――この力をどう使うかは、お前次第だ」

 その言葉を最後に、レグナスの姿は光に包まれ、消えていった。そして視界が暗転し、シオンは現実の遺跡へと戻ってきた。

 





 

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