第18話 かつての英雄が畑を耕す理由(元勇者の隠居農業)

🧭 導入の書:この物語のはじまりに

その男は、“英雄”と呼ばれた。

魔王を倒し、三国を統一し、歴史書にも載る伝説の人物――ルディス・ヴァレオン。

だが今、彼は村の端で、静かに畑を耕していた。

誰も彼を勇者とは呼ばず、彼もまた自らをそう名乗ることはなかった。

風間はふとした依頼でこの男の畑を訪れ、“農家になる”という、もう一つの勇気の物語に触れる。


🌾 本章:農地に立つ者たちの記録

「……なるほど、これは間違いなく“元・聖剣”ですね」


風間は苦笑しながら、その鍬(くわ)を手に取った。


切れ味抜群の、銀製の農具。

魔力導管の残留反応と、聖属性の浄化作用を持ち、明らかに“農具にするには過剰すぎる一品”だった。


「鍬として使うには、過去が重すぎませんか?」


「いや、ちょうどいい。

“誰かを斬るより、土を耕す方が重い”と、この歳になってわかったからな」


そう語る白髪混じりの男――ルディス。

伝説の勇者。

……だが、今はただの隠居農家だ。



風間は、ギルドの要請で「新農法を導入した農地の記録調査」に訪れていた。

だが調査対象の畑が“勇者の隠居地”だとは、誰も知らされていなかった。


「どうして……農業なんですか?」


ルディスは黙って、スコップを止めた。


「戦っているときは、“終わり”が見えていた。

けれど、世界を救った後……何をしても、俺の心は土の中に潜っていた」


「……土の中、ですか」


「ああ。

命を奪う手じゃなく、命を育てる手を――持ってみたかったんだ」



風間は畑を歩きながら、土壌を検査する。

驚くべきことに、畑の魔力値は高く安定しており、作物の栄養密度は周辺の2倍。


「これは……勇者の魔力が“土壌活性”に転化している……?」


「“戦う力”は、使い方次第だ。

俺はそれを、最後に学ばされたんだよ。

守るために剣を抜くんじゃなく、“守りたいものが何か”を、最初に選ばなきゃならないってな」



日が落ちる頃、風間は問う。


「もしまた、魔王が蘇ったら……あなたは剣を取りますか?」


ルディスは笑って言った。


「いや、俺は鍬を取るさ。

その時は、“食って生き抜ける畑”を残す方が、ずっと希望になる」


それはかつての英雄が、いま“人々の暮らし”の中に在ることを選んだ証だった。


「剣じゃ守れないものを、俺は土から育てたい。

そう思った時から、俺は……もう一度“勇者”になったのかもしれんな」


🌱 収穫のひとこと

伝説の先にある静けさこそ、本当の強さなのかもしれない。

土に還る手が、世界で一番優しい――英雄のかたち。

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