第18話 かつての英雄が畑を耕す理由(元勇者の隠居農業)
🧭 導入の書:この物語のはじまりに
その男は、“英雄”と呼ばれた。
魔王を倒し、三国を統一し、歴史書にも載る伝説の人物――ルディス・ヴァレオン。
だが今、彼は村の端で、静かに畑を耕していた。
誰も彼を勇者とは呼ばず、彼もまた自らをそう名乗ることはなかった。
風間はふとした依頼でこの男の畑を訪れ、“農家になる”という、もう一つの勇気の物語に触れる。
🌾 本章:農地に立つ者たちの記録
「……なるほど、これは間違いなく“元・聖剣”ですね」
風間は苦笑しながら、その鍬(くわ)を手に取った。
切れ味抜群の、銀製の農具。
魔力導管の残留反応と、聖属性の浄化作用を持ち、明らかに“農具にするには過剰すぎる一品”だった。
「鍬として使うには、過去が重すぎませんか?」
「いや、ちょうどいい。
“誰かを斬るより、土を耕す方が重い”と、この歳になってわかったからな」
そう語る白髪混じりの男――ルディス。
伝説の勇者。
……だが、今はただの隠居農家だ。
*
風間は、ギルドの要請で「新農法を導入した農地の記録調査」に訪れていた。
だが調査対象の畑が“勇者の隠居地”だとは、誰も知らされていなかった。
「どうして……農業なんですか?」
ルディスは黙って、スコップを止めた。
「戦っているときは、“終わり”が見えていた。
けれど、世界を救った後……何をしても、俺の心は土の中に潜っていた」
「……土の中、ですか」
「ああ。
命を奪う手じゃなく、命を育てる手を――持ってみたかったんだ」
*
風間は畑を歩きながら、土壌を検査する。
驚くべきことに、畑の魔力値は高く安定しており、作物の栄養密度は周辺の2倍。
「これは……勇者の魔力が“土壌活性”に転化している……?」
「“戦う力”は、使い方次第だ。
俺はそれを、最後に学ばされたんだよ。
守るために剣を抜くんじゃなく、“守りたいものが何か”を、最初に選ばなきゃならないってな」
*
日が落ちる頃、風間は問う。
「もしまた、魔王が蘇ったら……あなたは剣を取りますか?」
ルディスは笑って言った。
「いや、俺は鍬を取るさ。
その時は、“食って生き抜ける畑”を残す方が、ずっと希望になる」
それはかつての英雄が、いま“人々の暮らし”の中に在ることを選んだ証だった。
「剣じゃ守れないものを、俺は土から育てたい。
そう思った時から、俺は……もう一度“勇者”になったのかもしれんな」
🌱 収穫のひとこと
伝説の先にある静けさこそ、本当の強さなのかもしれない。
土に還る手が、世界で一番優しい――英雄のかたち。
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