第3話 出会い

※※



──ダンスパーティー当日


「あぁ、お嬢様やはり危険でございます」


王宮に向かう馬車の中で煌びやかなドレスを纏ったドーナは何度となくぼやき、ため息を繰り返している。


「こんな格好……いえ、こんなこと……」


「とてもよく似合ってるわ」


メイド服に身をつつんだ私がにっこり微笑むがドーナの表情は硬い。


「お嬢様……このことザッハルト様は?」


「知らないわ、だってドーナを私の代わりにパーティーに参加させてその間に私は悪魔王子の自室を調べにいくだなんて、さすがに叱られてしまうもの」


私はパーティーの時間ギリギリになってからドーナにこの計画のことを話したのだ。事前に相談すればドーナは絶対に首を縦に振らないことを知っているから。


「あぁ……なんてこと。やっぱり今からでも屋敷に引き返しましょう。そもそもわたくしがお嬢様のフリなど……もし偽物だとバレてしまったら……」


「大丈夫! 私は社交界に顔を出したことないし誰も私の顔なんて知らないから問題ないわ」


「しかし……っ」


「お願い! 今、引き返せば次いつ王宮に行けるかわからないもの」


私は眉を下げながらドーナの手を握った。


が、すぐにドーナがぶんぶんと首を振る。


「やはりダメですわ! 私がお嬢様のフリをしている間にお嬢様になにかあったらこのドーナ死んでもまだお詫びしきれません」


「危ないことはしないって約束する! ラピスもいるし」


「きゅうっ」


私の言葉に賛同するようにラピスが私の胸の中から顔だけ出した。


「はぁあ……お嬢様のお願いは慣れているとはいえ……相手があの悪魔王子なんて……心配で心臓が止まりそうですわ」


「ラピスは危険を察知する能力に長けてるんだから、何かあったら教えてくれるわ」


「きゅうっきゅうっ」


「ほらね」


「はぁああああああ……」


ドーナの悲鳴のようなため息を吐くとようやく仕方ないとばかりに深く頷いた。


「ありがと、ドーナ」


「くれぐれもお気をつけてくださいね」


「ええ」


私は馬車の窓の外に見えてきた王宮に視線を移すと、決意を新たにする。


(お母様みてて……、必ず手がかりを見つけてみせるから!!)


※※


「わぁ……すごいわね」


王宮のダンスパーティー会場は思っていたよりもはるかに広く、豪華絢爛な内装と王宮楽団が奏でる美しい音楽に私は感嘆の声を漏らした。


「あの、お、お嬢様」


「ちょっと、ドーナって呼んでよね」


「あ……ドーナ、お嬢様」


「もうあなたがお嬢様よ。リリーお嬢様でしょ?」


「うぅ……っ」


ごった返している人混みをかき分けながら、私の隣にいる泣き出しそうなドーナに耳打ちする。


「絶対大丈夫だから。お願いを聞いてくれて本当にありがとう。ちょっと待ってて」


そして私はドーナと窓際までやって来ると、メイドから貰って来た飲み物をドーナに渡す。


ドーナはよほど緊張しているのか喉を鳴らしてグラスを空にすると、深呼吸をした。


私は会場全体に視線を走らせると上座に並んでおかれている椅子に目を向けた。


(……また王子様たちは来てないわね)


「あの……お嬢……ドーナ、わたくしはここでその、飲み物を飲んで寛いでいたらいいのよね?」


「そうよ、ダンスに参加する必要もないし、王子へのアピール合戦に参加することもないわ」


「わかりました、なんとかやってみます」


「それに万が一、誰かから話しかけられてもあなたの教養と知識ならうまく対処できるはずよ」


「だと良いのですが……」


「もう一杯飲み物貰ってくるわね」


「有難うございます……」


私はドーナから空のグラスを受け取ると、入り口の方へと足を向けた。



──その時だった。音を奏でていた演奏がピタリと止まり、会場いる人々の視線が扉へと向けられる。


そして大きく重厚な扉がゆっくりと開かれれば、赤い絨毯を踏みしめながら王子が護衛と共に入って来る。


先頭をきって入ってきたのは、第一王子であるセオドア=アルベルト。


正装に身を包んだセオドアは、銀色の髪を揺らし赤い妖艶な瞳は真っ直ぐに前を向けたまま、女性たちのうっとりとした眼差しを一身に浴び堂々と歩いていく。


(綺麗な顔の王子様だわ……)


王子の顔は初めて見たが、こんなに整っているとは思いもよらなかった。これは今夜のダンスパーティーはさぞかし熾烈な女の闘いが繰り広げられるのだろう。


セオドアは上座にたどり着くとにこやかな笑みを浮かべながら、ゆったりと椅子に腰かけた。


それと同時に、会場の扉がゆっくりと閉められる。


(あら? 第二王子は?)


同じことを思ったのだろう、すぐにドーナが私に目だけで疑問を投げかけてくる。私は小さく首を振った。


「──皆さん、今宵はお集まりいただき有難う。楽しい夜になることを期待しています」


セオドアの挨拶に大きな拍手が沸き上がると同時に王宮楽団の演奏が流れ始める。


ドーナが私の耳元に顔を近づけた。


「お嬢様、どうなさりますか?」


困ったことになった。第二王子が会場に居れば安心して探索できるかと思っていたがあてが外れてしまった。


「いいわ、このまま続行する。パーティーが終われば門の外で待ち合わせましょう」


「承知致しました、くれぐれもお気をつけて」


「えぇ、貴方もね」


私はダンスが始まったのを確認すると目立たないよう、会場の裏口から外へと抜け出した。


※※


(こっちであってるわよね……)


私は事前に仕入れておいた王宮のメイドたちと同じメイド服に着替えると、王宮の東側に位置する建物の三階へと階段を登っていく。


「ラピス、しっかり隠れててね。いいって言うまで出てきてきちゃダメよ?」


「きゅうっ」


ラピスはひと鳴きするとメイド服のエプロンのポケットに深く潜り込んだ。 


「さてと。思ったより迷いそうね」


事前にお父様から見せた貰った王宮の地図は頭に叩き込んできたつもりだが、こうも広くどこを見ても赤色の絨毯が惹かれた廊下が延々と続いていれば、方向を見失いそうになってくる。


(確か、この先の角を曲がって中庭を挟んだ反対側にルーカス様の自室があるはず……)


私の頭の中の地図は確かだったようで階段の階を上がるたびにメイドとすれ違う頻度が減り、代わりに見回りの兵士の数が増えていく。


私は廊下の陰き隠れると、見回りの兵士が階下へ下っていくのを確認してから沢山の扉が並んでいる長い廊下を真っすぐに歩いていく。


(間違いないわ、中庭が下に見える)


私はできるだけ足音を立てないように歩く速度を速めた。



その時──。



「……―カス様……エヴァンズの……」


(え?)



私は風に乗って聞こえてきたその声に思わず足を止めた。


目の前には沢山部屋が並んでいるが部屋の中からではない。


私はさっとあたりに視線を走らせた。


(あ、もしかして……バルコニー?)


私は廊下から伸びている細い通路にゆっくりと近づくと、柱の陰から声の方をそっとのぞき込んだ。



(──!)


バルコニーには背の高い男が二人、親し気に話しているのが見える。


(あれは……悪魔王子ルーカス……っ!)


一目でわかる真っ黒の髪に戦場を彷彿とさせる屈強な体躯、そして王族しか身に着けることが許されない蔦の紋章の入った豪華な服を身に纏っている。


そして彼の隣に居るのが恐らく悪魔王子の右腕であり、筆頭執事も兼ねているカイル=オリバーだ。彼については以前、お父様から似顔絵を見せてもらったことがあった。



「間違い……いか?」


「はい。念のため……確認して……ましたので」


「そうか……=エヴァンズ……の……」


私はルーカスから出た母の名前に目を見開いた。


(どうして悪魔王子が……お母様のことを調べているの……?)


「娘は……どこまで……るんだ?」


「それは……りませんが……探して……ようです」


(娘って私のこと?)


会話はとぎれとぎれだが、はっきりとわかったのはルーカスが母マリアについて何故が調べているということだ。


「なんとか先に……手を討たないとな……」


(!!)


ルーカスがぐっと拳を握りしめるのが見えた。その冷ややかな目と温度のない口調に背筋がゾッとする。



(まさか悪魔王子がお母様暗殺に関わっていたなんて……)


(早くこの場を離れてお父様に)


私はゆっくりと一歩足を真後ろへと引く。


二歩三歩と下がってから私はバルコニーから背を向けた。



そして元来た道を帰ろうとしたとき、首筋に冷たい感触が走った。


(──っ!)


「──動くな」


一瞬なにが起こったのか分からなかったが、月明かりに照らされた自身の影をみて、自分の首元に長剣が当てられていることに気づく。


(早い……っ、いつの間に……)


心臓はドクドクと音をたて、呼吸はできているのか分からない程に浅く早い。


「まさかネズミが紛れ込んでいるとは」


「…………」


(どうしよう……このままじゃ殺される……っ)


「顔を見せろ」


思わず背筋が凍り付くような低い声色に身体を震わせながら、私はぐっと顔をあげた。



その瞬間、夜風がバルコニーをさあっと吹き抜けていきルーカスの前髪を揺らした。


(!!)


私はルーカスのサファイヤのように美しく透き通った、碧色の瞳に思わず呼吸を止めていた。


(なんて……綺麗な碧い瞳なの……)


「……お前の名前は?」 


どこかで会っただろうか?

いやそんな筈はない。


ただ目の前のルーカスの双眸は私と目があった瞬間から驚いたように大きく見開かれている。


「その顔、王宮のメイドではないだろう?名前を言えっ!!」


私は静かに一呼吸おいてから唇を開いた。


「私はリリー……、リリー=エヴァンスです」


「なんだと?!」


「ルーカス様が母の名前を口にするのを聞いてしまいました」


「…………」


(おちついて、ゆっくりいつも通りに……)


私は両手を胸の位置まで上げ、攻撃の意思がないことを提示しながら背筋をピンと伸ばす。


そしてルーカスに向けられている剣先に最大限注視しながら、つま先にぐっと重心を込めた。



「あなたが……母の暗殺に関与してらっしゃったとは」


「知らないな」


「とぼけないで! さっき聞きましたわっ、マリアとあなたが母の名前を呼ぶのを!!」


私は大きな声をそう言うと身体を屈め、勢いよく踏み込むと、そのままカイルが差している剣に手を伸ばしさっと引き抜いた。


そして私はルーカスへと剣を大きく振りかぶった。


「ルーカス様っ!!」



──キンッ!!



私が勢いよく振りかぶった剣先はルーカスに届く前にルーカスの長剣によって弾き飛ばされ、私は地面に倒れ込んだ。


私が落とした剣はすぐにカイルが拾い上げ、

ルーカスがそれを見ながらふっと吐息を漏らした。


「驚いたな、さすがは熊と呼ばれるご令嬢だ」


私は地面に倒れ込んでいた身体を起こすとルーカスを睨み上げた。


ルーカスは顔色ひとつ変えずに私の首元に剣先を突きつけている。


「殺すなら殺せばいい、お父様が黙っていないわ」


「ほう、肝も据わっているな」


ルーカスはそう言うと、突きつけていた剣を仕舞い、私を見下ろした。


そしてすぐに口元に不敵な笑みを浮かべた。


「……ずっと探していた」


(え?)



「──俺の妻になれ」



「なにを……言ってるの?」


「十年前、お前の母は殺された。お前が長年、その犯人を追っていることも知っている」


(!!)


「なぜ貴方が……そのことを」


ルーカスは鼻を鳴らすと私の目の前にしゃがみ込んだ。


「俺を疑ってるんだろう? ならば俺の妻になり、気の済むまで探ってみろ。そして証拠を見つけたなら殺せばいい。それとも今すぐ俺に殺されたいか?」


私はぎゅっとメイド服の裾を握りしめた。


「母を殺した犯人と繋がってるかもしれない貴方と結婚するくらいなら舌を噛んで死んだ方がマシね!!」


「ふん、俺が本当に関与してると?」


「どういう意味?」


「それはお前自身が俺のそばで答えを見つけるんだな」


「……そんなことして、一体貴方に何のメリットがあるの?!」


ルーカスは形のいい唇から白い歯を見せた。


「ノース騎士団長の娘と婚姻したとなれば俺にとって強力な後ろ盾になる」


(──!!)


「お前も知ってるだろう。この世は弱肉強食。より強い力を持つものがこの世を支配できる」


私はその厭らしい笑みに嫌悪感を抱きながは眉を顰めた。


「……戦いにしか興味がないと聞いていたけど、野心家なのね。まさかこの国の国王を狙っていたなんて」


「なんとでも言えば良い。ただお前にとってもいい話だろう? 俺の妻という立場を利用して、王宮に仕える多くの者や更には武力を行使して犯人探しができるんだからな」


「いくら後ろ盾が欲しいからって……自分を殺すかもしれない女を妻にだなんて馬鹿げてる……っ」


「なんとでも言え。おしゃべりは終わりだ。返事を聞かせてもらおうか」


わからないばかりでうまく頭がまわらない。なぜルーカスが母のことを調べてるのか、犯人についてどこまで知っているのか、本当に関与してるのか? 


知りたいことも応えて欲しいこともたくさんあるのに目の前の悪魔王子は、まるで地獄にでも誘うかのように愉快そうに笑みを讃えている。


私はまとまらない考えの中、最大限頭をフル回転させる。


(確かに犯人を探すために第二王子であるルーカス様の妻という肩書きは助かるけれど……)


(でももし、この人が関与してなかったら? 一生、悪魔王子の妻……? そんなのごめんだわ……)


「答えろ」


「……期限は一年」


「なんだと?」


「期間限定ならいいわ。一年経ったら離縁してください。貴方が生きていたらの話ですけど」


「ふっ……いいだろう」


ルーカスが大きく骨ばった手のひらを私に差し出した。そして私がそっと乗せた手のひらを乗せればルーカスがすぐに力強く握りしめた。



この時の私は知らなかった。


彼がなぜこんな提案をしたのかも。


彼がなぜ私を妻にしたのかも。



そして──なぜ彼が私を愛していたのかも。


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