第1話 噂の恋文代筆人 ③
ヴィンセントが腰を下ろすと、少年は「少々お待ちください」と隣接するキッチンへと引っ込んだ。しばらくしてトレーに乗せた紅茶セットを運んでくる。
ソファーの隣に置かれたちょうど良い高さの丸テーブルに、少年は慣れた手つきでティーセットを並べ、カップに紅茶を注ぐ。
ヴィンセントは立場上、出先で出されたモノにはあまり口を付けないことにしている。
だが漂ってくる少し変わった紅茶の香りが気になり、カップに手を伸ばすと、唇を湿らす程度に口を付ける。
(嫌いな味ではないな)
庶民にも手が届く安物の茶葉だが、幾つかの種類をブレンドすることで味に深みを出しているようだ。
「これはキミがブレンドしたのか?」
「いえ、ユーディ先生が。些細なもてなししか出来ませんが、少しでもお客様に楽しんでいただければと」
ヴィンセントは少し驚いた。それは少年の言葉の内容にではない。
どこか仏頂面だった少年が、微かにだが愛らしく、年相応に笑ってみせたからだ。
その微笑には、口にした相手への確かな敬愛が感じられた。
ユーディ。
それが昨今、貴族たちの集まる社交界で密かに囁かれ始めた恋文代筆人の名前である。
15年前、現国王に助力したとされる、始まりの恋文代筆人。その威光を笠に着るように、このグラダリス王国では恋文代筆人という肩書きが市民権を得ており、今では自らをそう名乗る者たちが少なからず台頭してきている。
だがヴィンセントに言わせれば、そのような輩は胡散臭いことこの上ない。
別に王国による審査や資格がある訳でもなく、名乗ろうと思えば誰もが名乗ることができてしまうからだ。要はどこの馬の骨とも知れない有象無象。
これから会うことになっているユーディ何某に関しても、社交界で顔の広い未亡人の紹介というだけで、本当に役に立つかは怪しいモノだ。
とはいえ、藁にもすがりたい状況であるのもまた事実。贅沢は言っていられない。
内心そう考えるヴィンセントが紅茶のカップを置く中、少年が隣の部屋の扉をノックする。
「ユーディ先生。依頼人様がお待ちです」
少年の声に反応するように、扉がゆっくりと開かれた。
現れたのは1人の女性。
目を引くような美しさや華やかさはない。ただキリっとした瞳が印象的で、ピンと伸びた立ち姿からは凛とし佇まいを感じる。
聞こえてくる話では、彼女はヴィンセントと同世代の20代半ばとのこと。
貴族ではなく庶民とのことだが、それを感じさせたない垢抜けた雰囲気がある。
また特徴的なのが、その左手に杖を握っていることだ。心なしか歩みも少々ゆったりしている気がする。
(左足か?)
杖を付いて歩く恋文代筆人の姿から、ふとヴィンセントが連想したのは、かつてあったといわれる貴族たちの悪習だ。
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