純粋すぎた恋

子狸たぬたぬ

第1話

まだ秋だというのに、肌寒く感じる。

「もうすぐ冬ね」私は呟いた。


「ああ、そうだね」私の夫の薫は言った。

私たちは高校を卒業してすぐ、結婚した。

二人とも18歳だ。


私たちは病院の一室で、ひそやかに話していた。

夫は感染症で入院していて、ベッドに横たわっている。息が荒い。


「何だか僕は、もう長くは生きられないような気がする・・・」


「どうして、そんなことを言うの?」

私は驚いて、大きな声が出た。


「ただ、なんとなくなんだけどな・・・」

「冬は越せないような気がする」

薫は物憂げに言った。


「そんなこと言わないでよ。そんなわけないじゃない!」

私は医者から、夫が長くないということを言われていた。

でも、そんな事は信じられなかった。


そんな馬鹿な話があるもんですか。

一週間前までは普通にしていて、とても元気にしていたのに・・・。

だから、私は夫の口から、そんなことを聞きたくなかった。


「君は嘘をつけない人だね。なんでも、すぐに顔に出るんだから」


夫は微かに微笑んだように見えた。


思い出す。高校時代。

付き合って欲しいと、私から交際を切り出した。

薫は少し驚いたようだった。あまりに突然の申し出だったから。


薫は私が好きだということに、少しも気づかなかっただろう。

私は高校時代、何かといっては、薫に絡んでいってたように思う。

まさか私が交際して欲しいって言うなんて、思いもよらなかっただろう。


薫は成績がよく、教師からも一目を置かれる生徒だった。

対して、私はクラスの問題児だった。


薫に交際を申し込んだ時も、受けてくれるとは思えなかった。

でも、好きでたまらなくなって申し出た。


薫は強がって絡んでくる私のことを、可愛いと思っていたらしい。

だから、交際を申し込まれたときに、つい受け入れてしまっていたと言っていた。


そんなことから、交際が始まった。交際は1年続いた。

そして、薫から高校を卒業と同時に結婚して欲しいと言われた。


私は突然の申し出に驚いたけど、二つ返事で頷いた。

そして、結婚して半年が過ぎた頃、薫が感染症にかかってしまった。


薫は言った。「僕が亡くなっても、悲しまないで」

「でも、忘れられるのは辛いから、心の片隅にでも置いていて欲しい」

「それだけで、僕は満足だから」


「ひどいわ!あなたが死ぬなんて、そんな馬鹿なことがあるもんですか!」

「これからも、ずっと私のそばにいなさいよ!」


「ずっと、そばにいてやれなくて、ごめん。泣かないでくれよ」


私は自分が泣いていることに、まったく気づいていなかった。

「嫌よ!私をおいて、どこにも行かないで!」


「君は幸せでしたか?」ふと、思いついたように薫は言った。

私は涙が止まらなくなってしまった。


「幸せに決まってるでしょ!」


「そう言ってくれて、ありがとう」

それが薫との最後の会話になった。

そして、二日後あっけなく、この世を去った。


こんな死なれ方をして、簡単に忘れられないじゃない。

でもずっとふさぎ込んでいたら、きっと薫は悲しむわ。


まだ、薫が亡くなって数日だ。

そんなにすぐには立ち直れない。私には少し時間が必要だ。

まずは第一歩を進めるための、充電期間だ。


まだ、近くに薫がいるような気がする。

私は薫を胸に、一緒に歩んで行きたい。

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純粋すぎた恋 子狸たぬたぬ @tora5

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