おとぎの対義語

鷓綟 万園

御伽対義草子:バナナ娘 門外出の篇

ガチで今知らん場所で、若い男女が一つ屋根の下に暮らしておった訳だが。

時々、男のほうは地下の雀荘に、女のほうは海へ釣りに出掛けることがあった。


星の綺麗な四月の夜のことである。女が釣りをしていると、一際大きな獲物がバルバッサー、バルバッサーと釣り糸を揺らした。

女が力いっぱいに引き上げると、釣れたのは魚なぞではなく、それはそれはガタイの良い老婆であった。もちろんビチョビチョである。


女が驚きのあまり動けないでいると、老婆は口を開いてこう言った。

「我はバナナむすめである。」

どう見たってババアである。バナナババアである。

女がそう思っていると、老婆はまた口を開いた。

「我が肉体を見よ。この体の色と浮きいでし黒き紋様、これはまさしくバナナの証である。」

確かに、老婆の皮膚の色は黄色であり、黒い斑点のようなものがいくつかあるが、おそらくそれは病気による黄疸とただのホクロだろう。

女は医者を勧めた。


ともかく、老婆は自身をバナナ娘であると主張し続けるので、女はとりあえず彼女をバナナ娘と呼ぶことにした。

その後、せっかくなので家に持ち帰ったところ、男は腰を抜かして驚いたが、麻雀を教えると瞬く間に上達したので、男はバナナ娘を大層気に入った。

女のほうも、少し前に母が亡くなってからは寂しい心持ちであったので、バナナ娘を快く迎え入れた。


バナナ娘がやってきて一年が過ぎた頃、男女はバナナ娘に呼び出された。そして、バナナ娘はなにやら話しづらそうに語り出した。

「我は、天使殺し。通称エンジェル・スレイヤーなのだ。信じてはもらえぬだろうが…」

二人は、最初こそ眉をひそめたが、バナナ娘の真剣な眼差しと、武者さえ喰い殺すような形相、目を疑う量の岩のような筋肉を見て、すぐに納得した。

「我は、いかねばならぬ。我は悪魔の子である。我は天使に羽根をもがれたのだ。親も、羽根をもがれたのだ。」

バナナ娘の声にはだんだんと感情がこもり出していた。バナナ娘はさらに続ける。

「許せぬのだ。我が羽根を、父母が羽根を奪い地に落とした天使どもが許せぬのだ。我は仇を置いてきてしまった。取りにいかねばならぬ。」

バナナ娘の声は家を揺らしていた。既に家の全ての家具は倒れ、食器が床に散らばっている。

「我の肉体がバナナのようであり、バナナ臭いのもその為だ。それによって、二人には随分と迷惑をかけてしまったな。」

バナナ娘の体臭は、どちらかというと焼いたハマグリのようであったが、それはそれで臭かった。

それに、男からすれば、そんなことより安い役であがられることの方が迷惑だった。

「今まで、世話になった。天使の首を取った暁には、お二人に御礼として捧げよう。」

女は、それは嫌だったので、道中でほどよく野垂れ死んで欲しいと思った。


二人はバナナ娘の事情を大方把握したものの、一つ気になっていることがあった。

それは、バナナ娘が自分を悪魔の子であると言ったことだった。

確かに、バナナ娘は地獄の鬼のような形相ではあるが、とても心の優しいババアだった。とても悪魔などとは思えなかったのだ。

それを聞いたバナナ娘は、多少思案したのち、服を脱いで背中を二人の方へと向けた。

二人は、思わず息をのんだ。

バナナ娘の背中には二つのコブのようなものがあった。それは、まるで羽根の付け根のようであった。

「これで分かったであろう、我が悪魔であることが。」

部屋は静まり返っていた。


それから一時間後、バナナ娘は旅の支度を整えていた。

女は、一度買って以来着ていなかった大きな着物を着せ、消費期限の分からない八ツ橋を持たせた。

男は、すぐに鳴かずに高い役を狙えと念入りに言い聞かせた。バナナ娘はポンと返事をした。

「では、いってまいる。重ね重ねありがとう。必ず、かの天使の羽根をもいで帰ってこよう。」

そう言って、バナナ娘は家を出て行った。


去っていく後ろ姿を見ながら男女は思った。やはり、バナナ娘は悪魔ではないのだ。

なぜなら、彼女の背中に生えていたのは、純白の、紛れもない天使の羽根の残りであったからである。


なんだこの話。

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