第2話 闇夜の提灯

謎のゲームが開始されて二日目の今日、気付けば放課後になっており二回目の質疑応答タイムが強制的に始まった。


「でー?質問まだー?はーやーくー。」

「………。」

「和樹ぃー?質疑応答タイムが肩パンタイムになっちゃうよー?」


なんでそうなるんだよ…。そう思いつつ、音川に話しかけられるまで謎のゲームの事をすっかり忘れていた俺は一ミリも質問を考えていなかったので軽い雑談をしつつ質問する時間を引き延ばそうと試みることにした。


「…ありきたりな質問しても答えに辿り着かないだろうし。そもそも、あと四回ってきついだろ。」

「仕方ないなー。ヒントはね、和樹が知ってる曲だよ。…忘れてなければ。」

「えー。俺そういうの疎いんだが。…って、何で"俺が知ってる"って事を知ってるんだ?」

「それ、質問って事でOK?」

「っ!………ち、チガイマス。」

「和樹の顔、凄い事になってるけど。笑えるー。」


危うく策士、音川結衣の策略に嵌る所だった。危ねぇー、マジで。


今、隣の席で楽しそうにいつもの鼻歌を歌っている音川は靴下を脱いで足の爪に茜色の塗料を塗っている。ちなみに足の爪に塗る事はマニキュアではなくペディキュアと呼ぶそうだ。



先程まで時間を引き延ばすために始めようとした雑談は思いのほかスムーズに事が進んだ。


女性には化粧の話題がいいとネットに書いてあったのを思い出し「最近、顔の乾燥が凄くて…化粧水とか使ってみたいんだが、どれがいいか分からん」などテキトーな話題を振ったら食いついてきたのでひとまず安心する事が出来た。

…しかし、その後怒涛の説明会が始まったので後悔する事となる。たった数十分が地獄のようだった。メーカーとか成分とか皮脂だテカリだ言われてもチンプンカンプンなので「お金渡すから音川セレクトで頼むわ」とお願いして話題を終わらせることに成功した。…いや、説明会のせいで質問が全く考えれなかったのである意味失敗な気もする。


そうしていると音川は何か思い出したかのように、ポーチから小さな瓶をいくつか取り出し「どの色がいい?」と問うてきた。

学校に化粧品等持ってくるのは校則違反だと言ってやると「これは化粧品じゃなくて、爪を保護するためのアイテムだからいいんですー。ほら、先生に見つかったら没収なるから早く選んでよー」と俺を急かしてくる。


没収になるって分かってるなら出すなよと言葉にはしなかったが、さっさと終わらせたいと思う気持ちが勝ったので面倒だと思いながらも第一印象で綺麗な色だと思った茜色の小瓶を指さした。


音川は「へー、意外。青とか黒を選ぶかと思ったー」と言いながら靴下を脱ぎつつ片手で器用に瓶の蓋を開けて足の爪に塗料を塗り出した。


思っているより淡く落ち着いた雰囲気のある茜色は桜のような落葉のような温かみのある色合いで、どことなくキラキラと輝いていたので「思ってたより綺麗な色だな」と感想を述べると「…見んなよ。えっち」と小さく罵倒される。…解せぬ。



真剣に塗っている音川を夕陽が染めている。…何も飾らなくても充分綺麗だと思うのだが『鼻唄ノスタルジック吊り橋効果』なので気にしない事にした。



「…俺が知ってる曲って事は…俺が歌ったことがある曲って事か?」

「その質問でいいの?…そうだね、和樹が歌った事ある曲だよー。」

「俺、おまえとカラオケとか行ったことないけど、いつ聞いたんだよ。」

「質問は一回までー。…だけど、今日は気分イイから教えたあげる。…和樹が子供の頃に歌ってたよ。」

「…は?子供の頃?…俺ら高校で初対面だろ?いつ会ったんだよ?」

「はい、質問タイムしゅーりょー!…速乾性あるから、もう渇いちゃったー。さて、今日は帰るかなー。んじゃ、ばいばーい。」

「えっ!?お、おい!!…ってもう居ないし。」



音川はいつの間にか靴下を履いていて帰る準備をしたかと思うとすぐに教室を出て行ってしまった。


気分屋な所があるので猫みたいな奴だなーとは常々思っていたが、足早に帰られると思っていなかったので少しだけ寂しく感じてしまう。

女心と秋の空と言うし、気にしてもしかたねぇーなと思いつつ先ほどの回答を思い返す。


…俺が子供の頃に歌った事がある曲かぁ。


「…全く心当たりがねぇーな。子供の頃っていつだよ。よく考えたら今も子供だし。」


カラオケは高校になって光貴と数回だけ行ったことはあったが他の人とは行った事がない。


「…謎が謎を呼ぶゲームになってしまった。光貴、どうしてくれんだよ。」



その光貴と言えば、校庭でサッカーボールを追いかけ回している。1年でレギュラー入りしてるという話だったので運動神経が抜群に良いのだろう。

特に何も考えずに光貴の親友のようなポジションに居させてもらってる訳だが、あいつも音川と同じ陽キャ寄りの人間だ。



入学してすぐのあたり、光貴から「和樹は俺の親友だな」と言われて酷く動揺した事を覚えている。当時の俺は「おまえ、沢山友達居るじゃねーか。陰キャな俺に優しくせんでも…まぁ、親友ポジは嬉しいけどぉ?」なんて照れ隠しをしたが「…おまえは気付いてないかもしれないけど、俺も和樹が居て助かってんだわ」と言われたのでよく分からないが少しだけ鼻高々になった記憶がある。


そんな話をした時も淡い夕陽が射していた夕方だったなぁーとぼんやり昔を思い出す。


「そーいえば、あの時の光貴"俺も和樹が居て助かった"って言ってたな…。」


"俺も"って何か含みがある言い方だなぁと思っては居たが、普通に考えたら光貴以外にも俺のお陰で助かってる人が居るって言い方だと気付いた。


そもそも、この曲名当てゲームは光貴からの発案なのだから曲名を知ってて当然な訳で…。


「音川に聞くべきじゃなくて光貴にヒントもらえばいいんじゃね?…盲点だった!」


光貴はまだ部活中なので夜にでもヒントを乞うメッセージを送るかぁーと考えつつ俺も今日は早めに帰る事にしたのだった。

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夕陽に歌う君 沓木 稔 @krm_no_003

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