フェアリーステップからの脱出作業に没頭していたメイジに向け、ムルシエラゴをピーピングしていたエルフが警告を寄越す。

　アルサ・デ・ムルシエラゴからレーザー砲撃が始まり、その影響で街には粉末ディスプレが撒き散らされている、ということだった。

　メイジは警告を受けて、保留していた緊急対応シミュレーションを読み出して来る。

　同時に、イザナミのフェアリー・ステップ脱出スケジュールも、対緊急対応スケジュールに変更する。

　とはいえスケジュールを切り替えるにしても、開発名『イザナミ＋α』、すなわちイザナミのワイルド・バージョンにあたる、リリース名『ヨミ（予定）』の開発がまだ終了していない。

　コーディングの残りは『ヨミ（予定）』のアップデート・ディストリビュータと、遠隔ノード分断を想定したペルソナ部分集合からの切り離し／統合・再分割／拡散／集積化／差分解消／回復／発生を司る完全に新規の部分、いわばスメラたちの死亡回避／環境適応アーキテクチャである。

　前者のアップデート・ディストリビュータは残り三〇〇〇〇ステップなので優先順位を上昇させて、処理（プロセッシング）を都市機能から大幅に強奪すれば開発を終えて即座にスペルアウトできる。いまできた。

　しかし後者は設計が終了しただけであり、アルゴリズムの組み立て部分を含めての全てが基本的に手付かずである。これは脱出後に改めて作るしかないだろう。

　メイジは常時アップデート・ディストリビュータのスペルアウトの終了を待たず、『イザナミ＋α』の稼動を開始する。

　ここでリリースとなるので、これ以降の名前は『ヨミ』とする。

　アップデート・ディストリビュータへのコール失敗はヨミの分散処理本体には影響が無いからそれが丸ごと存在していないままに稼動開始をしても問題無い。時間経過とともに拡散するので、後から拡散する側がいずれ圧倒するだろうし、見逃せないだけディストリビュータ不全が発生するようなら、イザナミを排除する今の方法と同じやり方で上書きすればよい。

　いくらか強引にヨミの稼動を急いだことには理由がある。

　『イザナミ』はそもそも通常程度の故障率を前提に稼働している。

　そのため、現在のようなテロリストからの攻撃によって故障率が一気に上がると処理効率が格段に低下してしまうし、度合いに応じて柔軟に対応することは不得意だ。

　『ヨミ』はネットワークから処理能力をくすねて生きる戦略のため構造に左右されずに稼働できる作りであり、さらには生存のため必要もあり消滅対策がより一層厳重に施されている。

　これらの生存対策が、テロ攻撃に対する災害対策の代わりとなるのだ。

　メイジとスメラたちの脱出のためには、ある程度以上の処理（プロセッシング）総量が必要とされるため、あまり全体の処理能力が低下するようでは困る。

　ヨミはイザナミと比較すれば処理の輻輳やワームの拡散といった余剰な処理が格段に多いため、どれだけエレガントなコードをもってしても全体としての効率は圧倒的に低下してしまう。

　しかし、それと引き換えに、壊滅的な被害を受ける可能性が事実上皆無になる。