高貴なお嬢様たちのちょっとエッチな仁義なき恋の戦い

神泉朱之介

一話

1

 カサ。

 

 という柔らかな芝が擦れる音が耳に届いて、春輝はゆっくりと目を開けた。


 視界を彩る鮮やかな緑の芝を押し潰している右手の、すぐ横。


 本当に、ちょっと指が震えば触れてしまうんじゃないかという至近距離。


 そこに、ギュッと硬く目を閉じた少女がいた。


 一目で異邦の血が混ざっていると分かる西洋風の顔立ちで、驚くほど睫毛が長くて、小顔なのに鼻筋が高く整っている。


 白くきめ細やかな肌と桜の淡い色の唇とが互いを引き立て合っているその容姿は、有り体な言い方になるけど、絵画や彫刻でも滅多に見られないようなレベルの、否応なしに意識させられてしまう強烈な美しさだった。


 見ていると時間が縫い止められてしまいそうで、それが分かっているのに視線は外せなくて、結果として何もかもが動きを止めていて。


 いやそれが錯覚なのは分かっている。


 けど、流れの中に自分がいる実感がなくて、呼吸すらしていないような気がする。


 ただし、そんな気がしていたのは、少女の長い睫毛が震え、唇が微かに動くまでの間だった。


 彼女が身動いだことで、春輝は反射的に「起き上がらなければ」と思った。


 この体勢はかなりマズイ。


 仰向けになった美少女に覆い被さるようにしている同年代の男というのは……なんというか、警察に通報されてもおかしくない。


 むしろ第三者としてこの現場に遭遇したら、自分なら通報する。


 それくらい絵的にマズイ。


 この女が目を開ける前にどうにかしないと人生が終わりかねないと、春輝は慌てて自由の利く左手で地面を押して上体を持ち上げようとして、ふにゅん、と指先が呑み込まれるような柔らかな感触が。


「んぅっ……」


 それとほぼ同時に桜色の小さな唇から悶えるような擦れた声が漏れて、ただでさえこんがらがっていた思考が吹っ飛ばされた。


 恐る恐る、己の左手が『どこ』に置かれているのかというのを、視線を下にずらして確認する。


 いや本当は何がどうなっているのかなんてとっくに理解しているんだけど、何かの間違いであって欲しいと願う理性の一部が現実の受け入れ拒否をしているので、一棲の望みに賭ける感じで、確認を。


 視界の中、眉間に皺を寄せて微かに表情を歪め、ノースリーブの純白ミディアムドレスが眩しいほどに映えていた。


 その中でも仰向けに寝ているのにも拘わらず、なんかこう、張り出すように自己主張をしている二つの膨らみはかなり目立っている。


 そんな、強烈な存在感を醸し出している豊かな胸元に、しっかりと、言い逃れ出来ないくらいに左手が埋もれていた。


 というか、指先から常に渡ってふみゅふにっと柔らかい、なのに容器から出したばかりのゼリーのような、高速道路を爆走中に窓から手を出すという危険極まりない行為に及んだ……時の風圧と同じくらいと噂のあの弾力で押し返そうとする感触が現在進行形て伝わってきているから、見るまでもないんだけども。


 いやでも布地越しとは思えないさわり心地だし、だからこそ夢か幻覚で済ませたい。


 けど、視覚と触覚の情報は双方一致で『やっちまってるのはお前の手だよ』と半ば強制で伝えてくる。


 素直に現実逃避をさせてくれない。


 自分の手が同じ年頃の少女、しかも至近距離で顔を見たら体が硬直してしまう程の美人の、明らかに同年代、というかむしろワールドクラスでも平均以上は確定っぽいボリュームのある胸を掴んでしまっているこの状況を、認めろと訴えかけている。


 ……まあどー見ても問答無用にわっしと掴んでいるし、というかそんなつもりはないのに指が本能に従ってやわやわと動いているような気もしないでもない敗訴確実な状況だし、そもそもこんな場所でこんな……


 と、そこで春輝は気がついた。


 いつの間にか、閉じていたはずの少女の目が開き、透けるような空色の瞳が覗いていて……


 バッチリと目が合ってしまっていた。


「……っ!?」


 慌てて飛び退こうとするが、そんな意思とは裏腹に体は完壁に硬直してしまっていて、なら謝罪をと思ってパクパクと口を開閉するけど、カラカラに乾いた喉は声を出すことを拒絶して、言うことを利かない体に混乱は倍加。


 なんだ、本当に自分の体なのか、コレ。


 自分の体に決まっているけど、そんな自問をしたくなるくらい絶望的に声は出ないし、足も動かない。


 だからもう春輝は見続けることしか出来なかった。


 少女の表情が驚愕に染まり、蒼い瞳が熱っぽく潤み、桜色をした可憐な唇が開かれ、


「キャアアアアアアアぁぁぁ!?

 ち、痴漢っ!

 変質者!」


「だあああっ、やっぱりそうくるか?!」


 予想通り響き渡った悲鳴に春輝は反射的にそう叫び返して……




 そうして、『地獄の鬼ごっこin乙女の園』は始まった。

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