第3話 表情筋
「それで、イコはどうして幽霊になったの?」
『うん、自分でもよく分からないんだ』
でも一緒にいられるのは嬉しい。
けど幽霊ってこの世にいていいのかな。
少し心配を覚えて僕は言いよどむ。
『どうしたの? 表情筋よく動くね』
「うん。顔の体操だよ。ほらお年寄りになると頬の筋肉が緩むからね。今のうちに鍛えておこうと思って」
『じゃあ、わたしも体操する』
変顔を繰り返すイコ。
笑っちゃいけないのかもしれないと思うほど、笑いがこみ上げてくる。
『もう、本気で頑張ったのに!』
ぷくーっとふくれっ面を浮かべるイコ。
「そういえば、そのアバターはどうしたの?」
『はい。昔わたしがつくったアバターが勝手に動いたのよ』
「へー。どんな仕組みだろう」
気になりスマホを揺らしてみる。
『……えっち』
「ん?」
声が小さくてよく聞こえなかった。
『アオトのエッチ! 変態!! バカ!!!!』
今度はよく聞こえた。
でもなんで?
「全然脈絡が分からないのだけど!?」
『だって、わたしの仕組みを覗こうとしたじゃない』
「うーん。機械的処理がどうなっているのかが気になったのだけど……」
『それが変態っぽいじゃない』
「???」
よく分からないな。
僕には当たり前の疑問だと思うのだけど。
なんでだろう。
『もう、アオトってば女心が分からなすぎ』
呆れたようにため息を吐くイコ。
『もういいよ。身体を覗きこもうとしなければ』
「あ、うん。ごめん」
きょとんとしていると今度はイコが吹き出した。
『もう。謝るなら、もっと誠意を込めなさい』
「誠意? どうやって?」
『ええと。ほら頭を下げる、とか?』
これあれだ。
自分でもよく分かっていない感じだ。
でもやるしかないよね。
僕は頭を下げて誠心誠意謝る。
「ごめん。イコ」
『あ、うん。はい』
なんだかぎこちない返しがきた。
『いや、なんだかこっちが悪いみたいじゃない』
イコが困ったように頬を掻く。
「そうなの?」
『もう、アオトってば純粋すぎ!』
純粋なの。僕。
よく分からないけど、級友だもの。
気持ちが落ち込むことはないでしょう。
『もう。いいよ。許す』
「許された……」
よく分からないけど、女心を傷つけた経歴は削除されたらしい。
良かった。
一安心だ。
ほっと胸を撫で下ろしていると、イコがちょっと頬を赤らめる。
『で、でも、わたしのこと、ちょっとは知ってほしい……かな?』
なんで疑問系なのだろう。
「じゃあ、今日の天気を教えてよ」
『ぶー、なにも分かっていないじゃない!』
ふくれっ面を浮かべて赤い顔をする。
たぶん、この顔はあんまり見たくないかも。
「ご、ごめん。ご趣味は?」
女心と言われたので、精一杯女の子扱いをしてみた。
『なんだか、おみあ――なんでもない』
ふるふると首を横に振るイコ。
まるで何かを追い払うように。
恥じらう姿は可愛いけど、若干違和感がある。
なんで恥じらったのだろう。
僕には分からない。
『そうだ。今日の天気はこれから大荒れだよ』
「そうなんだ。じゃあ、もう出かけない」
『うん。その方がいいよ』
「僕は引きこもりだし」
自虐を言ったらイコは悲しい顔をする。
『もう自分を傷つけるの、やめよ?』
「……」
僕はイコを守れなかった。
一番大事な友達を、救えなかった。
今度はイコを救えるのだろうか。
救う? 何から?
イコをどうすればいい?
幽霊なのに?
疑問がふつふつと浮いてきた。それもたくさん。
『アオトはアオトのままで充分すごいんだよ?』
「うん。でも、僕は……」
言葉に詰まる僕。
そんな僕を悲しげに見つめていたイコ。
僅かに頬が緩むとイコはにこりと笑みを浮かべる。
『それなら、これからずっとわたしを楽しませてよ。いつまでも一緒にいたいって思わせてよ』
「そ、そっか……」
イコは未来を考えてくれた。
僕が考えていたのは過去の話。
ずっととらわれていた。
過去から抜け出せずにいた。
でもイコはいつまでもネチネチと過去にこだわっていない。
いつまでも明るく、前向きでかっこいい。
僕にはない力だ。
「ありがとう」
『え。どうして?』
「ん。僕は情けないね」
『?』
イコは分からないといった様子で小首を傾げる。
『アオトはすごいじゃない』
「毎日、部屋でゲームしているだけなのに?」
『そうじゃないよ。過去と戦い続けている。ずっと想ってくれている』
ああ。全部知っているんだ。
僕は少し気持ちが報われたような気がした。
僕の想いが誰かに伝わっていた。それも一番伝えたかった相手に。
こんな気持ちになれるのなら、過去と向き合ったことも悪くない。
「ありがとう」
『ふふ。大丈夫よ。アオトはアオトのままで』
「でも、このままで終わるのは悔しいかも」
そう。
僕だって少しは前に進みたい。
イコのように前向きになりたい。
前進したい。
月に行った宇宙飛行士も、大きな一歩を踏み出したように。
だから、僕も月の砂に足を残すんだ。
『どう、するの?』
「そうだね。……学校行く」
『――』
イコは言葉を失う。
『いいね! 学校いこ。わたしも付き合うし』
「……そうだね。行くよ」
僕は久々にクローゼットから制服を取り出す。
『えっ!! 今から行くの? もう四時だよ?』
「あ。いや、アイロンかけないと……」
久々にクローゼットから出したから、少しよれている。
アイロンを取り出し、ゆっくりと真っ直ぐ伸ばしていく。
『アイロンかけて大丈夫なの?』
「……さぁ?」
よく分からないまま、手を動かす。
「しわが伸びるからいいんじゃない?」
『そうなんだ。わたし、詳しくないし』
身体は成長しているっぽいのに知識はそのままなんだね。
アイロンがけが終わると、僕はハンガーにかけ直す。
『明日。行くの?』
「そうだね。僕も頑張る。頑張りたい。だって月の一歩だから」
『月の一歩?』
「うん。僕は前に進みたい」
『そっか』
「そうだ」
くすくすと上品に笑うイコ。
そんな彼女を見ていると胸の奥がぽかぽかする。
くぅう~と腹の虫がなる。
「そろそろ夕食にするか」
『ふふ。わたしレシピ紹介するよ。何がいい?』
「うーん。さらっと食べたいかも」
『じゃあ、そうめんだね!!』
無邪気に笑うイコを見てふと頬が緩む。
「そうだね。お母さんも帰り遅いし」
僕は台所に立つと鍋に水をそそぎ、火にかける。
そうめんとお皿を用意。
鍋に塩を軽くふる。
さっと茹でて三分。
ザルで水気をきると、皿にもりつける。
ミニトマトを隣に添えて薄めためんつゆを用意する。
机において食べる。
『わたしも食べられたら良かったのに』
「そうだね」
幽霊に食事は必要ないか。
うん。一緒に食べたいね。
そう心の中で呟く。
ずるずると麺をすする。
『そうめん。いいなー』
だらーっとよだれを垂らしているVアバター。
「うーん。どうにかできないのかな……」
僕は考えながら食べ進める。
『気負う必要なんてないよ。わたしも幽霊だし。幽霊に味覚なんてないから』
「ちょっと残念だね」
『うん。でもわたし、幸せだよ』
意外な答えに戸惑う。
だって幽霊ってこの世に未練があって残るものだと思っていたから。
『うん。アオトのそばに居られて嬉しい』
「~~!!」
僕にとって、その言葉は最高の褒め言葉だった。
『やっと二人になれたもの』
「……」
ギュッとしたいと思ったけど、それは叶わない。
だってスマホの中にいるのだもの。
イコと一緒にいたい。
それは僕も同じだ。
どうしたら僕は彼女を抱きしめることができるんだ。
そればかり考えてしまう。
だって、こんなに大好きだもの。
僕は彼女とずっとそばにいたい。
いたいよ。
いたいけど……。
でもなんだか不安を感じる。
この関係がずっと続かないような気がしてならない。
僕はどうすればいい?
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