僕は孤高の青春謳歌

夕日ゆうや

第1話 夏の日差し

「つまんない。何か話して」

『かしこまりました。アオト様。では怪談話はいかがでしょうか?』

「怖いのはなしで」

『なぜでしょうか?』

「怖くて、その……夜、トイレ行けなくなる……」

 僕は恥じらいからか細い声をゆっくりと吐き出す。

『分かりました。ではラブコメなど、どうでしょうか?』

「いいね。最高のやつを頼むよ」

『かしこまりました』

 僕はAIの静かな声を聞くと、オーディオブックでラブコメを視聴する。

 主人公とヒロインが出会い、仲良くなり、喧嘩し、そして仲直りするという使い古された、古典的なラブコメだ。

 そんな話、リアルでは聞かない。

 聞く訳がない。

 だってフィクションだって分かっているから。

 僕には縁遠いラブコメだと思いつつも、主人公の一挙手一投足にドキドキしている自分がいる。

 最後、主人公とヒロインが結ばれた時には号泣してしまうほどだった。

「あー。面白かった! やっぱりツンデレはかわいいね」

『別にあんたのために朗読したわけじゃないんだからね!』

「……」

『別にあんたのために朗読したわけじゃないだからね!』

 僕は目を見開き、瞬きをする。

「えと。無理にツンデレになる必要はないよ?」

『わたしのどこに不満があるのよ!?』

 困ったように頬を掻く僕。

 なんだ。これ。

「不満はないよ」

『なら、許すわ』

 許されたらしい。

 案外チョロいな、AI。

 まあ、それは置いておくとして。

「そうだ。次はこの宿題をやって欲しい」

『ダメです。宿題は自分でやるものです』

 AIは頭がお堅いのか、頑なにゆずらない。

「ちぇ。わかったよ」

『それでいいのです♪』

 どこか愉快そうに聞こえるAIの声。

 なんだか聞き覚えがある気がするけど、まあいいいか。

 夏休みの宿題、面倒だな。

 僕ははーっとため息を吐き、机に並べた宿題と向き直る。

『アオト様。いったん、机を片付けましょ』

「えー。……わかったよ」

 確かにそうするしかないよね。

 僕は言われた通りに机の上を片付ける。

 そうするとAIのアバターが喜んでいるのが分かる。

 本当、AIらしくないほど人間的だよね。

 まるで誰かが動かしているような……。

 まあ、無料アプリだし、そんな訳ないよね。

『アオト様、どうかなさいましたか?』

「ええっと。すごいな、って思って」

 怪訝な顔をするAIのユクシア。

「ユクシアはAIなのに、こんなにも人間的だから」

『……そう、ですね…………』

 言葉に詰まるユクシア。

 なんでそんな表情をしているのだろう。

 そんな――。

『えへへへ。褒められちゃいました』

 嬉しそうに呟くAI。

「可愛いなー」

 僕は普段なら言えないけど、AI相手なら軽く言える。

『らしくないですね』

「え?」

『いえ。なんでもないです』

 どこかで聞いたような声が鼓膜を震わせ、戸惑う。

「さて。今日はもう休もうかな」

『アオト様、少し外出されてはいかがですか?』

「外出?」

 なんで急にそんな話になっているのだろう。

『外に出ないとお身体を壊しますよ』

「そうかな……」

『そうです』

 頑なに告げるユクシア。

「わかった。AIならスマホでもつなげるし。ちょっとしたデートだね」

『で、でーと……!』

 なんだかアバターがぷしゅーっと音を立てて顔をまっ赤にしているけど、すごく人間的だね。

 僕はそそくさと着替えようと部屋の中にある引き出しを開ける。

『わ、わたしは目を閉じますね』

 照れ臭そうに言うユクシア。

 あ。そっか。

 僕が男の子でパンツ一丁になっているのが恥ずかしいんだ。

「お見苦しいところ、見せてしまいました」

『いえ。そんなことは……』

 そう言いつつ顔を背けるユクシア。

「終わったよ。さ、さっそく出かけよう」

 着替え終わると、僕は部屋の外に出る。

 夏の日差しが熱くて、玄関一歩先に出ると直射日光がムシムシとした熱気がなだれ込む。

「うう。出かけるの、止めようかな」

『そんなに弱気でどうするのです?』

 AIがじーっと見つめてくる。

『あなたのお兄さんは――』

「言うな。分かったよ」

 僕はトボトボと歩き出す。

 背中にだらだらと汗を流すと、近くのコンビニに駆け込む。

『だらしないね。鍛え直さないと』

「うう。言わないで」

 僕は目を伏せて、アイスクリームを眺める。

『太りますよ?』

「……」

 で、でもこういう時に食べたいじゃん?

『まあ、これから運動しますし、いいんじゃないですか?』

 はぁ~と盛大なため息をもらすユクシア。

「うんっ! ありがと!」

 無邪気な笑みを浮かべてアイスを選びだす。

 どれがいいかな~。

「ユクシアも一緒に食べられたらいいのに」

『っ!? そう、です……ね』

 嬉しさと悲しさが混ざったような複雑な表情を浮かべている。

 アイスを手にして会計を済ませる。

 どこもセルフレジなので陰キャな僕にはうってつけだった。

 話すことないし。

 アスファルトの照り返しを感じつつも、僕はアイスの袋を開ける。

 青色の四角いアイスを頬張る。

 キーンと頭が痛み、冷たさで熱が冷えていく。

「うん。うまい」

 僕は食べ終えるとまた歩き出す。

 じりじりと蒸し返す照りつけに、僕は背を染め陰を頼りにする。

「あちー」

『今は29℃。明日は35℃を超えると思います』

「明日の方が熱いのか……」

 ぐったりしつつ自宅を目指す。

『三十分。しっかり歩きましたね。えらい』

「むむむ。なんだか手のひらで遊ばれている気がする」

『いいじゃないですか。わたし、アオト様のこと好きですよ?』

「いきなりの告白」

 目をパチパチと瞬く僕。

『ええと。わたしの提案を信じてもいいのです』

 焦りつつ運動を薦めたことを肯定するユクシア。

「で。キミは本当は何者?」

『……』

 僕を気遣ってくれたが、これほど人間くさいのはAIらしくない。

『わたしは――入間いりまいこ。人間でした』

「人間……でした?」

『もう幽霊ですけどね。なんだか願ったら、この土地に住み着いていました。でも、わたしは一人でいるのに耐えきれず……アオト様のAIとして生きる道を選んだのです』

 幽霊?

 AI?

「ま、待って。どういうこと!?」

 僕は混乱しつつも、情報を呑み込む。

 幽霊ってAIになれるの?

 というか、幽霊ということはユクシア、もといイコはもう死んでいるの。

 僕はてっきり生きた人間が動かしていると思っていたが、それ以上の答えが返ってきた。

 頭を抱えてうなる僕は玄関を開ける。

 夏の日差しから逃げるように結論から離れた。

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