ハガネ使いの殺し方
「速い…」
速射鉄砲で緋燕を攻撃する夢幻の操縦席で、黒衣の男が思わず呟いた。
緋燕はその正確な射撃に一瞬速く反応し、高速移動で射弾を躱わす。そして夢幻との間合いをジリジリと詰めてきていた。
(まるで生身の扶桑武術…)
迫る緋燕を見る男の脳裏に、扶桑攻めの記憶が苦々しく蘇った。だが次の瞬間、男はハッとなる。
(あの動き…まさか完全感応?)
男の背筋を冷たいものが伝った。
(正気の沙汰ではない…さすがは
「痛っ!痛っ!痛たっ!いったーいっ!」
ミヤビは思わず声を上げる。夢幻の攻撃を高速移動で躱わしてはいるが、放たれる射弾は緋燕の騎体を掠ったり弾いたりしていく。その度にミヤビは、全身のあちこちに痛みを感じるのだ。
(いったーいっ!全部返ってくるって、こういう事ですか!)
「でも…」
ヒリヒリする痛みに顔を顰めながらも、ミヤビは舌なめずりしてニヤリと笑う。
「この感じ…生身の立ち合いみたいで良いですっ!」
戦いの凄まじい緊張感の只中で、ミヤビは全身の血が滾るのを抑えきれない。
今や緋燕はミヤビそのものだった。地面を蹴る足から伝わる感触も、風を切り裂く騎体も、全てが自分の身体の様に感じられた。ミヤビはもう操縦桿を左右に倒す必要すらなかった。
(あと、三十秒!)
ミヤビは操縦桿を握り締め、蹴り出す両足を速めてさらに加速していく。
「ならば…」
黒頭巾で覆われた男の顔が残忍な笑みを浮かべる。その瞬間、連射鉄砲を放つ夢幻が右腕をダラリと下げた。すると前腕部がするりと抜け落ち、右肘から伸びる大太刀が露わになった。
「首を落とせば…終わりだ!」
男が叫ぶと同時に、夢幻が右腕の大太刀を低く構える。
「え?」
突然、夢幻の速射鉄砲の攻撃が止んだ。
「!」
次の瞬間、ミヤビの目に夢幻の閃く大太刀が飛び込んできた。
「飛び道具の次は、光り物ですか!」
夢幻が地面を蹴った。右腕の大太刀を構え、緋燕に向かって猛突進してくる。
「〈反則祭り〉上等ですっ!」
ミヤビはスゥッと息を吸うと、さらに操縦桿を強く握りしめた。緋燕は左右の動きをさらに増速し、一気に夢幻の間合いに飛び込んだ。
ヒュンッ!
空気を切り裂き、夢幻が大太刀を横薙ぎに振り抜いた。その刹那、緋燕が神速で騎体を下げ、放たれた大太刀の一閃を紙一重で躱わす。だが間髪を入れず、夢幻は左腕の大筒を緋燕に向けた。
「まだっ!」
ミヤビが叫んだ瞬間、緋燕は残像すら残さぬ動きで右腕を突き出した。
ズボッ!
男が夢幻の左腕を呆然と見つめる。そこには、大筒の銃口に深々と突き刺さった緋燕の旋棍があった。緋燕はすかさず、左の旋棍を夢幻の操縦席に振り下ろす。黒衣の男はそれを見ながらニヤリと笑い、操縦桿の引き金を引いた。
「死ね!」
同時に夢幻の左腕がボコボコと膨らんだ様に見えた。緋燕の旋棍で蓋をされた状態で徹甲弾を発射した夢幻は、その誘爆で閃光に包まれた。
ドオォォォォン!
轟音と共に爆発した夢幻から猛烈な炎が上がり、闘技場は一瞬で噴煙に包まれていった。
〜数日後〜
晴れ渡る青空の下、大きな八輪車の移動小屋が車体を揺すりながら山沿いの道を進んでいた。ミヤビの移動小屋である。その前後にも数台の移動小屋が隊列を組む様に進み、行手には巨大な城門が聳え立っている。それは隣国につながる関所だった。
「いよいよ次の領国ですね!ハガネ対戦を勝ち抜いた者は無条件で関所越え!楽チンです!」
移動小屋の運転席で、全身のあちこちが絆創膏だらけのミヤビが満面の笑みで言った。
「楽チンじゃない…」
ミヤビの隣の助手席には、顔の半分を包帯で覆われ、骨折した腕を吊った逗子丸がムスッとして座っている。
「それに勝ったというより、反則者を鎮圧したご褒美だろ?」
「それでも勝ちは勝ちですよ!報奨金と次戦への参戦権も貰えましたし!」
「まぁ…な」
逗子丸はそう呟くと、急に険しい表情になって言った。
「角兵衛は控え室で死体で見つかり、夢幻の残骸からは死体も何も見つからなかったそうだ…」
「そうですか…」
さすがのミヤビも真顔になる。だが、またすぐに満面の笑顔になって逗子丸に叫んだ。
「それにしても、あの爆発の瞬間に感応値をゼロにするなんて!さすがはズーさんです!」
コロコロ変わるミヤビの表情に呆れながら、逗子丸はボソリと答える。
「俺の調律じゃない。最初から安全装置として緋燕に備わっていたらしい」
「最初から?」
「ミヤビを絶対に死なせない為の装備なんだろう。親父さんに感謝しろよ」
「じゃあ、私は不死身って事ですね!」
「感謝だ!感謝!調子に乗るな!」
「勝ったんだから全て良しです!」
「緋燕の修理、大変なんだぞ!それに、かすり傷で済んだのは幸運なだけだ。二度とやらないからな!」
「不死身サイコー!これで思いっきり戦えますっ!」
「聞け!俺の話!」
「あ!関所を越えますよ!」
すっかり上機嫌のミヤビは、逗子丸の話など聞いてもいない。
「やれやれ…」
逗子丸は大きなため息をついて前を向いた。目の前に、大きな扉が左右に開かれた巨大な城門が近づいてくる。ミヤビの移動小屋が車体を揺すりながら、聳える城門をゆっくりと潜って行く。
「次はどんな相手と対戦できるのでしょう!楽しみですっ!」
目をキラキラさせて城門を見上げながら、ミヤビはワクワクが止まらない。
「まったく…」
無邪気にはしゃぐミヤビを見て、逗子丸は苦笑いするしかなかった。
二人の旅は、まだ始まったばかりである。
終
ハガネ使いの殺し方 天乃風 颯真 @s_amanokaze
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