夢で逢えたら

(ああ…シアワセだなぁ!)

 緋燕を調律する時、逗子丸は楽し過ぎていつも顔が綻んでしまう。ここはミヤビの移動小屋内部にあるハガネの格納庫だ。

(調律する度に新たな発見がある!この緋燕は本当に底が知れないハガネだ!無限の魅力が詰まっているっ!)

 ハガネオタク冥利に尽きるとばかりに、逗子丸はホクホク顔が止まらない。そんな多幸感に包まれながら、逗子丸はふと移動小屋の内部を見渡した。

「それにしても…ここは移動小屋と言うよりも〈小さな移動屋敷〉だな」

 ミヤビの移動小屋は他の移動小屋よりも一回り大きく、格納庫も余裕があり調律作業がやり易い。そして逗子丸は、移動小屋前部の居住区画に目をやった。この居住区画も、ミヤビの高貴な出自がうかがえる贅沢な作りになっている。

(よく眠っている様だ)

 時刻はもう〇時を回っている。ミヤビは自室で静かな寝息を立てていた。



「…これは貴女のハガネか?」

「え?は、はい」

 声の方を振り向いたミヤビは、最初子供かと思った。だがその身なりから、ミヤビを見上げるその男がハガネの調律師だと直ぐにわかった。

(本州人の殿方でも小柄な方ですね…)

 その調律師は、目をキラキラさせてミヤビのハガネ・緋燕を見上げている。

「素晴らしいハガネだ!少し見せていただいてもよろしいか?」

「あ、はい、どうぞ…」

 思わずそう答えたミヤビは、頬を紅潮させて緋燕を見つめる男を見守った。男は身を乗り出して、横たわる緋燕の騎体を隅から隅まで熱心に観察している。それは真剣そのものな瞳だった。

(なんて…真っ直ぐな目だろう)

 ミヤビは、余りに真剣な男にしばらく見惚れていた。

「これは〈南州ハガネ〉だな!」

 すると突然、男が高速でミヤビに向き直り興奮気味に叫んだ。

「南州ハガネは先の南州討伐で全て失われたと聞いていたので、まさか本物を見れるとは思ってもいなかった!本当に人の姿にそっくりだ!頭部も撮影機カメラが二つで人の頭そのもの!そして、この幾つもの装甲板を重ね合わせた微細な職人技と造形美!人と同じ動きを実現するための高度な技術の結晶!本当に素晴らしいっ!」

「え?は、はいぃ…」

 超高速の早口で熱く語る男に、ミヤビは圧倒されて固まってしまった。

(これは…噂に聞くハガネオタクですか?…)

 ミヤビの表情を見た男はハッと我に返り、ペコリと頭を下げた。

「あ、申し訳ない。つい興奮してしまって…某は、調律師の逗子丸と申す」

「え?あ、あのいえそんな!」

 殿方に頭を下げられた事が殆どなかったミヤビは、驚きの余りしどろもどろになった。

「私の師匠は南州で調律の修行をした方で、いつも南州ハガネの素晴らしさを聞かされていた。それでつい興奮してしまって。ご無礼を…」

 さらに深く頭を下げる逗子丸に、ミヤビは驚きを通り越して不思議な思いが湧き上がってきた。

「あ、あの」

「?」

「驚かないのですか?」

「え?」

 逗子丸が驚いてミヤビを見上げる。

「私、女ですよ?」

「は?」

 逗子丸は呆気に取られていたが、しばらくミヤビを見つめると至極当然といった様子で答えた。

「その通りだ。どこから見ても、とても綺麗なお嬢さんだ」

「きれいぃ?…あ、ありがとうございます…いや、そうじゃなくてっ!バカにしないのですか?」」

「バカにする?どうして?」

 ポカンとして答える逗子丸に、ミヤビは思わず叫んだ。

「女のハガネ使いですよ!みんな私を、女のクセにとバカにしますっ!」

 叫ぶミヤビに最初は驚いた逗子丸だったが、直ぐにミヤビを真っ直ぐに見つめた。

「ハガネ対戦の場では、男も女もないし身分も出自も関係ない。ハガネ使いも調律師も、腕がある者が認められる…そうだろう?」

 逗子丸の予想外の答えに、ミヤビは呆然と立ちすくんだ。

(私は女のハガネ使いだから、誰も相手にすらしてくれなかったのに…。こんな人、初めて会いましたっ!)

 ミヤビは、今まで感じたことのない胸の高鳴りを覚えた。

 すると逗子丸はまたペコリと頭を下げる。

「無理を言って申し訳なかった。今度は動くところを是非見てみたいものだ。では失礼する」

 そう言って立ち去ろうとする逗子丸に、ミヤビは思わず叫んだ。

「あ、あのっ!」

「?」

 逗子丸は驚いて振り向いた。

「う、う、動くところ…見ませんかっ!」

「え?」

 するとミヤビは、驚く逗子丸に向かって深々と頭を下げて叫んだ。

「おお、お願いします!わわわ私の調律師になってくださいっ!」



 その瞬間、ミヤビは寝床の上でガバッと起き上がった。

「…夢?」

(今、叫びましたよね、私…)

 自分の寝言の大きさで飛び起きたミヤビは、キョロキョロと周囲を見回す。そこは移動小屋のミヤビの部屋だった。部屋は畳敷で、小型だが上等な家具が設えてある。移動小屋にしては広い部屋だ。

「ん?」

 薄暗い部屋に、入口の隙間から光が差し込んでいた。ミヤビは寝床から這い出すと、草履を履いて狭い廊下に出る。すると、廊下の先にある格納庫から人の気配がした。

(ズーさん、まだ起きてる?)

 ミヤビは格納庫に向かって歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る