七枠目 真から始まる恋の兆し

 あれからアヤさんと一度も直接会って話をできていない。

 かけられたあの言葉の真意を本人に聞くことは怖くてできなかった。私が突っ走ってどうにかできる筈もないと思ったからだ。二人が揃っても気まずい沈黙が流れるだけだった。

 事務所ですれ違っても会釈する程度の関係性になってしまったような気がする。

 待ち伏せて話しかけようとした。

「あの、アヤさん、少しでいいから話しませんか?」

「えっと、ごめんね、今ちょっと急いでるからまた後で⋯⋯」

「お願いです彩さん、ほんの少しでいいんです!」

「⋯⋯ごめん、もう行かないと」

 取り付く島もない状態だった。

 遠くなっていく背中を見守るしかなかった。

 その後、彼女とは壁以外で会うことはなくなってしまった。

 自分の雑談枠でもリスナーから心配され始めた。

「いやいや何でもないよホントに。たまたまだって」

 最近アヤさんの話しなくなったよね

 余計なお世話かもだけど心配

 レイちゃん元気ないよね

「気にしすぎだって、アヤさんとは昨日会って話もしたんだよ」

「だから大丈夫。心配してくれるのはありがたいけどね」

「まぁ、何かあってもなんとかするけどね」

 自分に言い聞かすように大丈夫だよと配信中に何度もリスナーに言った。

 でも、どうしたらいいんだろう。

 今日みたいに強引に行くのは良くなかったなぁ⋯⋯はあ、何やってんだろう本当に、私らしくもないことをしでかしてしまったと思う。

「⋯⋯みんなさ、悩みごとがあるときってどうしてるの」

 お、おう⋯⋯

 誰かに相談するとか

 悩みの内容によるかな

 よく分からないけど一度冷静になったほうがいい

「そうだよね。焦ったって仕方ないもんね」

「自分の話じゃないけどね、知り合いがね、悩んでてさ」

「もう一回その子に話してみるよ」

 憶測を呼ばないように話はここまでにした。

「明日は石動とメロちとで大会の練習でランクマ潜りまーす」

 配信を終えて、ある人に連絡を取った。

 私はアヤさんと親しい人物に声をかけることにした。

 その人物とは、一期生の唱子先輩だった。

 フリースペースの部屋の椅子に腰掛けていた彼女に声を掛ける。

「ええっと、レイちゃんだよね。アヤから話は聞いてるよ」

 先輩に、私のことをアヤさんはどう思っているのか聞くことにした。唱子先輩はアヤさんの知り合いであるということは周知の事実となっていた。

 唱子先輩にメッセージを送ったら事務所で会ってくれた。

 会って一言目に言われたことがある。

「⋯⋯やっぱり、アヤと何かあったんだね?」

 いきなり核心を突かれた。

 ここで怯んではいられないと思った。

「喧嘩をしたとか、そういうんじゃないんです。ただ⋯⋯なんというか⋯⋯」

「ああ、意味ありげなこと言われた感じだ」

「そうですね、細かい事は言えないんですけど、そんな感じです」

 先輩はすこし考え込むと口を開いた。

「そっか⋯⋯アヤ、レイちゃんが思ったより相性が良くて、一緒にいると自分の嘘偽りない本当の部分を見せてもいいかなって言ってたな⋯⋯」

「は、本当ですかそれ!」

 前のめりすぎるとは思うけど仕方ないよね。

「レイちゃんって、やっぱりアヤが好きなんだねぇ」

「⋯⋯はい。私は、アヤさんのそばにずっと居たいくらい、好きなんです。まあ、こっちからの一方的な一目惚れなんですけどね。アヤさんは迷惑かもしれないですけど」

 唱子先輩が急に真剣な顔をする。

「あのさ、本当にアヤが好きなんだったら、真剣にあいつと向き合ってあげて。ああ見えてそれなりに苦労してきたのを見てきたからさ、アヤのこと大切にしてやってほしいんだよね」

 心のどこかで軽く考えていたのかもしれない。

 私はアヤさんとお付き合いがしたいという意思をもう一度確かにした。

 唱子先輩もアヤさんのことを大切に思っているんだなと思った。

「その覚悟はあります。世の中からどう思われるかなんて関係ない」

「あ、まああくまでも仮にそうだったらの話ね。私達は活動もあるし、せっかくやるんだったら上手く立ち回ろうよ。アタシもできることは手伝うからさ」

 そうだった。

 もっとちゃんと考えないと。

 好きだからこそ、彼女にも迷惑はかけられない

「ありがとうございます⋯⋯!」

 もう一度アヤさんに気に入ってもらえるように決意をし直し、部屋から退出した。

 今度先輩に何かご馳走させてもらおう。

 

 春が過ぎ去って、夏がやってきた。そして今日、GL台詞枠の日がやってきた。


「最後のゲストはこの方です⋯⋯って⋯⋯え、レイちゃん!?」

「えへへ、ちょっと内緒で来ちゃいました⋯⋯」

 チャンスはここしか無いと思った。

 熱量なら伝えられる。

 いや、もう伝えられるのは「自分は女性の貴女を愛せる人間だ」という情熱だけだ。

「はいはい、MCは唱子ですよーっと、言うわけで、全員揃ったんで始めましょう」

 石動とメロち指名の台詞があったが、二人は真剣に取り組んでいた。

「うわああああああ!めっちゃ恥ずい!」

「あたしだって緊張したって⋯⋯でも、悪くなかったよ、メロ」

「うん、そうだね⋯⋯」

「ね、うん⋯⋯」

 かなりコメント欄が盛り上がっていた。

 石動のパスで空気が温まっていた。

 アモ様、白百合さんもノリノリだった。

「じゃあ、トリはレイちゃんです。じゃあ準備しようか」

 相手は決まっていた。

 勿論事前に話はつけてあったが、約束はできないと言われていた、

「あの、アヤさん、お相手お願いできますか⋯⋯?」

「⋯⋯うん、やろっか」

 アヤさんが、やっと、勇気を振り絞ってこっちに振り向いてくれた。

「ありがとうございます、アヤさん」

「しばらく会えなくてごめんね、私、言いっぱなしで逃げちゃった」

「今日会えたんだから良いじゃないですか」

「そう言ってもらえてうれしいな。じゃあ、台詞、心こめて読もうね」

 二人で一本ずつマイクの前に立った。


 やっぱり好きだな。これは真の気持ち、嘘じゃない本当の⋯⋯



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