コンビニで拾った女の子がヤンデレじゃないと思ってた?

紫時雨

第1話 浮気者に制裁なの

ジリリリリ…ジリリリリ…


セミの鳴き声が俺の耳を直接ではないが、攻撃するのを止めない。


俺の知らぬ間に、日本の季節は春を捨てて夏に乗り換えていたらしい。

流石に3ヶ月の間、地下室に監禁されてたら季節の細かい変化などに気付ける筈もないか。


3日前。やっと奈乃は俺の自由を邪魔する拘束具を外して自由にしてくれたのだが、久し振り過ぎて歩き方を忘れて立てない俺にナイフを突き付けた挙げ句、言い放った言葉が…


「何か言うことはないなの?…早く言うのね!」


って、脅されて無理矢理『大好き』って言わされたのだ…。

て言うか何だよ…『のね』『なの』ってマジなんなんだよ!?

自分の名前が「奈乃」だからって、語尾まで名前にしなくてもいいんじゃないのか?


「いらっしゃいませ~」


ありゃ??…どうやら俺は考えすぎて気付かぬ内にコンビニの中に入っていたようだ。


俺はふと財布の中身を見る。諭吉でも入っていればいいのだが…。


俺の僅かな希望は裏切られ、入っていたのはたったの500円だけだ。


そういえば思い出した…。

奈乃に「無駄遣いしちゃいけないから、この一週間は500円で過ごせなの!」って殴りたくなる程の笑顔で言われたなの。


俺は肉まんでも買って帰ろうと思ったが、今が昼時なのと、此処のコンビニの肉まんは最高級に旨いというブーストがかかったおかげで、食品類は全て売り切れていた。


「じゃあ何買えば――いいヤツ発見なの…!」


俺は基本的に本当に欲しくなった物しか買わない主義だ。

あと100円の買い物で限定のお皿が貰えたとしても、俺は100円を使わないだろう。


駄菓子菓子だが、しかしッ!今日の俺は一味違う。


この3ヶ月の間、俺は可愛い女の子の画像が見れなかった…。ずっと奈乃の自画像で埋め尽くされた地獄の様な部屋で過ごしていたのだ…これくらいは許してくれるよな?


この俺。衣笠歩夢の手元には、会計済みのエロ本が入ったレジ袋があった。


この時の俺はまだ知らなかった…。


こんな絵本一冊が、俺の人生の内で忘れられない出来事のトリガーとなるなんて…。



気分ルンルンな俺は、スタコラサッサと足早にコンビニを離れて我が家の玄関のドアの前に立ったのだが…。


ドアノブに手を掛けたはいいものの、いざ扉を開けようとなると怖気付いてしまう。


「もしこのエロ本バレたら殺されるぞ…?本当に買って良かったのかよ!?衣笠さんよぉ!?」


誰かが近くにいる訳でもないのに、俺は小声で呟いてしまう。

小さい頃の癖が治らない…。昔から俺はすぐに思った事を口にして相手を不愉快な気分にさせてしまう。


例え。正論だとしても、それを聞いた人が傷付くのなら、それは正論ではないのだ。


「ああ!!…煮え切らねぇな!!さっさと入ってさっさとエロ本隠せばいいだけの話だろ!?ウジウジしてないで早く入れよ…衣笠さんよぉ!」


あまりにも煮え切らないので、俺は腹を括り、覚悟を決め、いざいかんとドアノブを握った途端…


俺がドアノブを引くよりも早く、俺の家の中に居た誰かがドアを引いた。


「何してるのなの…?さっさと入ってなの」


「い…いや、今から入ろうとしてたんだよ!本当だよ!?俺、嘘付いた事ねぇもん」


「まぁいいの。昼御飯出来てるから、早く手洗ってきて、なの」


危ない危ない…。


危うく心臓が止まるかと思ったぞ…。


そう。俺の目の前に居る小学生のガキが、俺を散々苦しめている女。奈乃なのだ。


一緒に暮らしてきて二年立ったが、この娘のヤンデレ度は止まるどころか、年々加速してきている


いつ殺されたっておかしくはない。何なら未だに生きているのが不思議な位だ。


このエロ本が見付かれば俺は確実にオーバーキル不可避なの…。


俺は警戒心レベルをマックスにさせて我が家に入った。

手は面倒だから洗ってないが…。


「あともうちょっとで出来るから、先に座っててなの」


嫌々俺は机につき、待ってもいない料理を待ち続けた。て言うか…出来たって言ってたじゃん…。


俺のお袋もよく使っていた技法だ。


自室に引き込もって漫画を読み耽っていた俺を早めに呼ぶのだ。


何でわざわざそんな事をするのか、気になった俺はお袋に直接聞いてみた事もあったが、お袋曰く、「家族の顔を早くみたいから、ご飯って言うのは建前で、本当は早くみんなとお喋りしたい」

という理由らしいが、果たしてこいつは何を考えているのだろうか?


出来れば…今日は異物の入ってない料理が食べたいなの…。


因みに俺が度々奈乃の真似をするのは表立って反抗出来ない為、影に隠れてこそこそ馬鹿にしているだけである。


心の中で悪口など思い浮かべたりしたら…終わりだ。


何故か分からないが、俺は考えている事が顔に出るらしく、奈乃は俺が毎日、食べたいと思った料理を的確に当てて魅せるのだ。


どうやら奈乃は調理を終えたらしく、俺の目の前に大盛のご飯と卵スープ、メインディッシュのサバ味噌が置かれていた。


「何してるの?ボーっとしてないでさっさと頂きますするなの」


「そうだな…。じゃあ」


二人一緒に「頂きます」と言う。それはこの家のルールに近い。幸せな瞬間は一人占めするのではなく、誰かと共有するのが奈乃の信念らしい。

一言で言って終えば、奈乃が俺と会話したいだけである。


一途なのはいいのだが、て言うか実際…奈乃は小学生でも群を抜いて可愛い。


当然、奈乃のヤンデレっぷりは学校でも留まる事はなく、俺が監禁されてた時の話だが、「歩夢が心配だから」と言う理由で早退する日もあった程だ。

しかし、クラスメートから見れば、『黙ってたら可愛い』程度にしか思っていないだろう。


この前なんか…。


「ねぇ。奈乃の話聞いてたなの?…聞いてなかったら…お仕置きなの…!」


どうやら奈乃は俺に話をしていたみたいで、一切聞いていなかった俺は一瞬だけだが、苦虫を噛み潰したような顔になったと言うのは自分でも分かった。


「あ、あぁ…。聞いてたぞ?エンゲル係数の話だろ?最近、よく腹が減るようになったんだよ」


「違うなの!!…て言うか。話聞いてなかったでしょ?なの。まぁ、いいの」


いきなりスープを一気飲みし、深く深呼吸してから奈乃は机に何かを置いた。

どうやら見た感じ、本の様だ。表紙には沢山の女の人が描かれていた。


言うまでもない。さっき俺が買ったエロ本だ。


「説明して。早く。今すぐ」


奈乃の表情は笑顔だったが、目だけは笑顔ではなかった。目の奥の光は消え、猫の目みたいな…目の前の獲物を確実に仕留めようとしてる様な顔だった。


早く答えないと…。さっきから空気がピリピリしていて辛い…。このままじゃ俺はストレスで吐きそうだ。


俺は平常心を保つと(つもり)、何もないかの様に、奈乃に笑顔を見せつけて言った。


「それエロ本じゃないよ?ただの漫画だよ。これ俺の部屋置い…」


「嘘。なの。そんなバレバレな嘘つくなんて…、歩夢は奈乃の事が嫌いになったの?それとも…浮気…?」


俺は慌てて言い返す。このままじゃまずい。完全に奈乃のペースだ。


一度、立て直さなければ…。負けてたまるか!!


「落ち着けよ!俺は浮気なんてしてな…」


ガチャリ…。


突然、家の扉が開いた。玄関の鍵は閉めていた筈だが…。まさか…!!


「ちゃおちゃお~。歩夢。来ちゃったよ~」


俺の胸の中に小学生くらいの少女が飛び込んで来た。俺は咄嗟に背中に手を当てて支えてあげた。


穂乃琉々ほのるる!?何で此処に居るの?

歩夢とはどんな関係なの!?」


俺の「おい、ちょっと」と言う静止に聞く耳持たず、穂乃琉々は俺に詰め寄る奈乃を挑発する様に言った。


「歩夢はね、将来あたしと結婚するんだよ~。

見てみて~、このアクセサリー。歩夢が選んでくれたんだよ~」


そう言って髪に付けていた三日月のヘアピンを軽くつつく。


紹介が遅れたが、栗栖穂乃琉々くりすほのるるは俺が昨日、一目惚れしてそのままの勢いで告白したらOKを貰ったのだ。

ついでにポケットに入ってた適当なヘアピンをあげたのだが、案外穂乃琉々は気に入ってくれたらしい。良かった良かった…。


と、言いたい所だが。肝心の奈乃は黙っていなかった。


「は?結婚?お前が?冗談は顔だけにしろよ。この雌豚が…。同級生だからって言っていい冗談と悪い冗談があるだろ」


「ひえ~。歩夢ぅ助けてー、奈乃ちゃんがいじめるよ~」


穂乃琉々はふえぇぇんと言わんばかりに、演技じみた声で歩夢に抱き付いたが、穂乃琉々の可愛さも相まって、俺は簡単に騙された。


「歩夢も何か言ってよ!俺には奈乃が居るんだとか…」


「謝れ」


「…え?」


俺は少し強めに奈乃の言った。


いくら奈乃とは言え、流石に見逃せなかったのだ

人を傷付ける事を言うのも言われるのも、聞くのも俺は嫌いなのだ。


「穂乃琉々に謝れ」


当の言われた本人は生きる喜びを失ってしまったかの様な、子供が事故で死んだ母親の様な顔をしていた。


「……歩夢に……嫌われた……」


奈乃は包丁を取り出し、迅雷の様な速度で穂乃琉々に向かい…。


「おいッ!!冗談キツイっての…ッ!!」


奈乃は激昂する穂乃琉々の喉に突き刺した。喉に穴が空いた穂乃琉々は空いた場所から血を垂れ流しながらぶっ倒れた。

穂乃琉々は確実に助からないだろう。


俺は逃げなかった。少なくとも二人の人生を狂わせてしまったのだ。


穂乃琉々は俺に関わらなければ死なずに済んだだろうに…。


奈乃が馬乗りになっても俺は抵抗しなかった。


今なら俺は奈乃の愛を全て受け入れられる。


今まで俺は当たり前に明日を迎えられると思っていた。


だけど…。ダラダラと過ごしている今日は、昨日の誰かが死んででも護りたかった物なんだ…。


ごめんな…。奈乃。お前の愛に気付いてやれなくて…。


俺の意識はシャットアウトされた。




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