戦士『ああああ』の冒険譚~どこかで見たような懐かしい見た目でも油断しないように~

@5000type-R

第一章

 「起きて……目を開けなさい……『ああああ』よ」




誰かが自分を呼ぶ声がして瞼を開けるとそこは自分が住んでいる村、トタス村の教会であった。目の前には年老いたシスターと神父がおり、どうやら彼女が自分を呼んでいたらしい。




 「気が付いたのですね、今日旅立つあなたの旅の無事を祈っていたところです。自分に課せられた使命は勿論、分かっていますね?」




シスターからの問いに、少し考えた後首を縦に振る。




 「『ああああ』、お前には『こちらの世界に転送された人間と本を悪の手から守り、正しい方向に導く』という使命があるのだ。旅の途中ゆめゆめ忘れずに」




『転送された人と本』その話は何度も聞いたことがある。違う世界で死んだ人間が本と一緒にこの世界に転送されて来るのだ。




 「最近『ズムド教』という、本の力を良からぬ事に使おうとする教えが広まっているようでな、それにも気を付けてくれ。それとこれは餞別だ」




神父が手渡したのは軽い装備一式と少しのお金だった。それらを受け取って早速教会から出ようと後ろを向くと思い出したように神父が声を掛ける。




 「そうだ、それともう一つ。くれぐれも力尽きることのないように気をつけて行くんだぞ」




その言葉に頷くと、神父とシスターに背を向け教会を出る。トタス村はどこにでもあるような小さな村で、人口も少なく施設も商店や教会のような最低限のものばかりだ。畑仕事をしている人やすれ違う人と挨拶を交わしたら住み慣れた場所を後にして、まずは近くにある森を抜けて行こうと歩みを進める。








 数十分程歩いてトタス村が見えなくなった頃、蜘蛛の巣だらけの森、通称「蜘蛛の森」の入り口へ立つ。取りあえずその辺りに落ちていた木の棒を拾い、白い糸をかき分けて行く。途中で小型犬~中型犬サイズの蜘蛛が現れ続けるが、それらを棒で叩き付け倒して進むと、しばらくして足元に灰が散らばっているのに気付く。辺りに何かを燃やした跡も無いのに不思議に思ったその時、森の奥から若い女性の悲鳴が響き、急いで向かう。






 何故か悲鳴の方に近づくにつれ灰の量が増えているような気がするが、これはこれで道が分かりやすくなる為、声と灰を頼りにどんどん進んで行く。森の中に少し開けた場所があり、大きな蜘蛛の巣が張ってあるのが見えた。そこに見慣れない服を着た少女が捕らわれており、声の主は彼女であることが分かる。その巣の近くに大きな蜘蛛の化け物が立ち、何やら彼女と会話をしている様子らしく、隠れて様子を伺うことにした。




 「早く本を出してくれよお嬢さん。そうすればさっきのことは水に流してやるから。このタンカタ様は心が広いんだ」




と蜘蛛の化け物、タンカタは複数ある自分の目を指差す。彼女が奴の目に何かしたらしい。




 「嫌よ! っていうかこんなんじゃ出すものも出せないじゃない!」




彼女は雁字搦めにされており、文字通り手も足も出ないようだ。もう少し様子を見ようと身を乗り出すと足元にある木の枝を踏んでしまったようで、ポキっと折れる音を出してしまう。




 「誰だ!?」




タンカタと少女がこちらに振り向く。その視線の先にはドットで描かれた二頭身の人間のような戦士、『ああああ』がいた。




 「ええええぇぇ!?」




タンカタと少女の驚きの声が同時にこだまする。両者共に『ああああ』の見た目に驚きを隠せないようだ。




 「な、なんだお前は!?人間か?はっ、さては本の持ち主か?……っておい!何食ってんだよ!」




『ああああ』は体力回復の為に草のようなものを食べつつ答え、タンカタはそれを指摘する。少女は二人のやり取りに呆気に取られているようで開いた口が塞がらない。




 「本と持ち主を守る戦士だと?ふざけたこと言ってんじゃねぇ!」




草を食べ終わった『ああああ』とタンカタとの戦闘が始まる。『ああああ』は木の棒でぺちぺちと叩くが大したダメージにはならず、逆に棒を折られてしまう。が、すぐに別の棒を取り出して叩く。




 「こいつ……舐めてんのか!」




怒ったタンカタは『ああああ』を殴り飛ばすが、すぐに起き上がりまた草を食べつつ向かってくる様子に怒りを募らせる。




 「これでも食らえ!」




『ああああ』の足元に蜘蛛の糸が撒かれ、動きが鈍ったところを仕留めようと突撃するその時、タンカタの体に刃物が突き刺さる。それは『ああああ』が隠し持っていた銅の剣で、木の棒ばかり使っていたのは剣を持っていることを隠す為だったのだ。タンカタが驚いているその隙に、『ああああ』は何度も剣を突き立てる。




 「え?……そんな……馬鹿……な」




剣で刺されたタンカタはショックと痛みでひっくり返り、気を失ってしまう。




 「ね、ねぇ?倒したの?これもなんとかならない?」




蜘蛛の巣に捕われたままの少女が声を掛けてくる。『ああああ』は剣を回収してから彼女に近づき、糸をほどいて巣から解放することにした。




 「はぁ、あ~助かった~……ありがとう。えーと、あなたの名前何だっけ?そうそう『ああああ』。私は真田レイラ。で、ここ、どこ?」




彼女は地面に座り込み、自分の服にまだ付いている糸を払いつつ尋ねてくる。




 「蜘蛛の森?トタス村の近く?って言われても……それにあなたの格好は?」




『ああああ』は自分が先程と同じように、本とその持ち主を守る使命を背負う戦士であることを告げる。




 「本?本ってどんな本?もしかして……これ?さっき気が付いた時から持ってたんだけど……」




レイラはある一冊の本を取り出して見せた。それは『シンデレラ』の絵本だった。まさにそれは『ああああ』が守るべき本の一つであり、レイラはその持ち主であった。




 「え?やっぱりこれなの?で、これを狙ってさっきみたいな奴が襲ってくる?」




『ああああ』は頷いて、レイラを悪の手から守ると言うが彼女はそれを一旦遮り、立ち上がる。




 「ちょっ、ちょっと待って……私、モデルの撮影があるから急いで向……かう……」




レイラは自身が読者モデルであり、その撮影の為にスタジオに行かなければならないことを伝えるが、それを口に出すことで何かがフラッシュバックする。




 「そうだ……誰かに刺されて、手が真っ赤になって、体が冷たくなって……で、目が覚めたら森の中で……」




彼女は自身が刺されたことを思い出し、慌てて確認するも傷跡も血痕も無く、やはり自分は死んだのかと思うと同時に『これは悪い夢ではないのか』とも考えパニックになる。


そこで『ああああ』は落ち着かせるように隣に座り、ゆっくりこの世界の構造を話し始めた。






 『ああああ』の説明によるとこの世界は時々、死者が生前強い思いを抱いていた本とそれに因んだ能力を身に付けて転送される場所で、そこに住む人々は大きく分けると本の力を悪用しようとする者とそれを阻止する者とで別れるという不思議な世界であり、自分は悪事を阻止する側で、本とその持ち主を守る戦士であることを告げる。レイラは情報量が多すぎたのか座り込み目を伏せて考え込んでいたが少ししてから口を開く。




 「……ねぇ?私は死んだの?元の世界に帰ることはできないの?……やっぱり無理だよね……」




レイラは悲しんでいるのか悩んでいるのか声が震えている。しかししばらくしてから顔を上げ、立ち上がる。




 「分かった!私、この世界で生きる!」




彼女はあまり悩まない性格みたいで、死んだ後の世界で生きることを受け入れ決めたようである。




 「で、シェルターみたいなのは無いの?……無い!?じゃあついていくしかないってこと!?」




本の持ち主を守る施設や共同体のような都合の良いものは無く、各々守るしかないようで、レイラは渋々『ああああ』と旅へ出るのだった。








   『真田レイラが仲間になった」

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