第30話 JC3 御茶ノ水

   JC3 御茶ノ水


 ダンダン ツトゥルツ ドン ツ ドーン ドドン

 ダンダン ツトゥルツ ドン ツ ドーン ドドン

 シャーン、のあとに、管楽器とピアノ

 ツッ ツー ツッ ツー ンツッツ ツッツッ ツッ ツ ツー

 ツッツッツー ツッツッツツー タラ タラタラタラリラン

 右 少し上げてから まえっ うしろっ まえっ うしろっ

 四回繰り返して手をつけて ウエストひねりながら 手と足 逆っ


 片足がバッと上にあがるとき、平均的なステージの広さなのに、なんだか狭く感じるな、とここなは、目の前の段差を気にする。前面のあたしたちはまだ空間的にゆとりがあるけれど、うしろは混みあっちゃってる。

 十二月二十四日、代々木公園の野外ステージ。

 八名のダンスガールズの中央には、一年生がふたり。ここなはのっちゃんとともに左右の一番はじっこ。だから比較的余裕を持って、周囲を観察することができた。

 最終ステージといっても高校生の出し物で、ファンのいるプロの人たちとは違うから、客席もそこそこ空きがある。でも十分だ、とここなは心なしかほっとする。

 子ども連れやカップル、焼きそば食べながら見てるおじさんや、外国人らしき人たちもいる。それから真ん中より少し右に、おかあさんとおとうさんが並んで座っているのに気がついたとき、ここなは、何年ぶりだろう、両親が肩並べてる姿、と、なんだか感慨深かった。

 照れくさいし。だけど今日、このステージに立ててることだって、信じがたいことだ。だから精いっぱいやる。みんなに励まされて、ここなはそう心に決めていた。

 扇形のステージ奥の、いちばん狭い空間に、ビッグバンド部の男の子たち十三人がひしめきあっている。

 最後列にはドラム。一曲目、「シングシングシング」演奏のリード役。そのドラムの、客席から見て右側に、サックスやクラリネットの管楽器。そして左側に、電子ピアノの佐々木さんとギターふたり。

 バンドの手前正面にもみの木があって、厚川くん含めた三人の花いけメンズが、木にかくれるように作業をしている。

 正面もみの木と、左右ビッグバンドが客席から見えるような位置で、ステージの両翼りょうよく部分にそれぞれ竹筒が七本、計十四本。

 あとから母親にそのときの様子を教えてもらった。自分でも動画を確認して、へええ、こんなふうに活けてたんだー、と、ここなは感心することしきりだった。

「はじめにさ、一番長い竹筒のまんなかくらいに、あれ、竹を縦に裂いたものなのかな。長い『ひご』みたいなのをなん本も、輪っか状にして止めるんだけど、金具で止めるのが難しいらしくてさ、佐藤くんともうひとり、左側の子も苦戦してて、おかあさん、手伝いに行きたくなっちゃったよ」

 もみの木の左右に、自転車スタンドを改造した竹筒たてが配置され、その上にはそれぞれ七本ずつの、太い孟宗もうそうちくが、屹立きつりつしていた。左右どちらも、中央から三番目の竹が一番長く、あとは内側二本、外側四本が、山なりに短くなっていく。

 どの竹にもあらかじめ「窓」が切ってあって、そのなかに、水を含んだオアシスが入れてあるらしく、花いけメンズはそこに花を活け入れていた、と、母親が解説してくれた。

「竹ひごが大きな花びらみたいになったときは、思わず拍手しちゃったよ」

「ダンスで見えなくなかった?」

「見えてたし。あ、ごめん。ダンス無視してた。見飽きてたし」

 まあな、あたしも見たかったしな、と、ここなもいからない。

「右側の佐藤くんと、左側の…」

「ゲーム男子」

「名前知らんのかいっ。まあ、いいや。そのふたりが司令塔で、バケツリレーか手術室の器械出しみたいに、しだれやなぎっ、とか、ピンポンマムッ、みたいに指示出すと、脇のみんながどんどん手渡ししていくの。あれは見ごたえあったわ」

 母は事細かに解説する。

 三番目の一番長い竹の上部から、白く塗られたしだれやなぎを中央へ向かって流すように活ける。同じ孟宗竹の竹ひご花びらの中央から、これも白く塗装されたキウイづるを手前に向かって活ける。

「すごい立体感なのよ」

 あとは、おもとやクマザサの葉を、竹の窓に差し込んでいって、そこからポンマムや千両、万両をのぞかせるって、渋くない? 赤ポン、白ポン、緑ポン、ポンッ。

 母は高校生男子たちの技に、大いに感銘を受けていた。

「ああいうの、センスなのかしらねえ」

「設計図描くって言ってたよ」

 ここなはこたえながら、あたしはそのあいだ、いっしょうけんめい踊ってた、と、思い出す。ときどき、あの女の人の顔が、目の前に浮かんだ。だから、力の限り、手足を伸ばして、その人に届くように踊った。

 がんばって。がんばって! 絶対元気にならなきゃだめだ! 

 あたしのために天国に行くなんて、そんなの絶対に無理!

 受け入れられない。耐えられない。そんでもって、許せっこない。

 だからお願い、がんばって!

 あたしのためにも、もう一度だけ、お願いします、がんばって!


 ダンスガールズたちは、衣装を黒に統一していた。動きやすいスウェットでも、レギンスにスカートでもよかった。でも、リバーシブルの前開きベストだけはそろえた。佐々木さんの分も。

 カンミーナノ レ オーレ   時間は進むよ

 ノン スィ フェルマノ イ ミヌーティ   時は止まらない

 二曲目の歌詞にあわせて、女の子たちは時計を模した両手で、大きな円を描く。

 青春の一コマみたいな歌詞に、キュートな振りをつけたのはここなだった。イタリアンクールな曲に、人々が少しずつ足を止めだした。

 大きな花柄のスカートの女の子が、いっしょうけんめい電子ピアノを弾いている。その音を背に、男の子がベースをならしている。

 おとうさんはそのベースがとても気になって、あとからケータに声をかけていた。

「そしたらなんつったと思う? 彼、おれら世代の界隈でそこそこ知られたバンドの、ベーシストの息子だったよ!」

 みんな、おじさんになったんだなあ。父も感慨深げだった。少年、少女たちよ、時を無駄にするな。時は進んで、止まらない。日曜日のあとは、月曜だよ。

 サトチは最後のピンポンマムを、差し終えた。


 ドン ド ド ドン ドン ド ドンド ドン

 ドン ド ド ドン ドン ド ドンド ドン

 バスドラムが響くなか、女子たちは上手と下手の左右に分かれながら、ベストを裏がえす。現れたのは花模様だ。花いけメンズとビッグバンド部も、ツリーの三人を残して、中島先生が手渡す、袖のない半纏はんてんを羽織る。表の黒色のまま。内側は女子と同じ花模様で、ひるがえったすそから、花々が見え隠れする。

 最前列のダンスガールズに挟まれた形で、男子四人が中央に入る。計十二人。二列目は、ここなの左うしろに佐々木さんと、中央にサトチとゲーム男子含め、十人。三列目はケータが入って八人、

 そして最後列には、最初三人。

 シャーン、とシンバルをならしたドラムの男子が、その列に滑り込んで、計四人。

「かまえっ」

 男子の掛け声がする。

「皆さんもご一緒にっ!」

 のっちゃんの声を合図に、三味線の音が響きだす。メンバーは腰を落とした姿勢で、いっせいに右腕と右手をつかって、波を作り出す。波がお客さんにも広がって、その波のなかで、メンバーは網を引っぱりだした。

「どっこいしょー」の掛け声で、片足を伸ばしては沈み込み、一糸乱れず網を引く。

 練習の成果だ。都心の狭い校舎の運動場で、毎日練習をしたそうだ。サトチが珍しく、「しっかり沈み込むんだよっ」と、ゲキをとばしていたという。成果が出てるし、と、ここなは思う。

「ハイ、ハイ!」、で、男子と佐々木さんの「基本チーム」と、ダンスガールズの振りが分かれる。

 天に向かって全力で網を引く。どっこいしょっ。

 届けっ。どっこいしょっ。

 最後のサビ振りのところで、男子全員と佐々木さんが、そろって半纏とベストを脱ぎ、宙でバサッと花模様を広げ、それを手前にぐっと引くと、会場から、おおっ、と、どよめきが起こった。その花柄を表に着用して、彼らは踊りに戻る。

「中島先生、脚立きゃたつ持って、うしろ走ってたよ」

 クリスマスツリーのてっぺんへ、脚立にのった厚川くんが星を取りつけたところで、ジャンッ、とソーラン節が終了した。

 大きな拍手が起こるのだが、終了ではなかった。ザーッとダンスが両際りょうぎわにはけると、クリスマスツリーが姿をあらわす。常緑のうしろ姿だった。その根元のポットの部分を、厚川くんとほかのふたりが、腰をかがめた状態で回す。

 すると、白いユリやアマリリス、赤白のバラなどの花々で彩られた前面があらわれた。真ん中、左上から右下にかけて、PEACEと読める、綿花の飾りが施されている。

 途中そのAの部分の、綿花のひとつがぽろっと落ちて、厚川くんが慌てて拾って差し直した。拍手とともにそれは、会場の笑いを誘った。

「ラブ、はないのかよ」

 おとうさんは言っていたそうだ。

「ピースときたら、ラブ、だろ?」


 たくましい子たちが、町中華を食べている。

 昼の部閉店間際の「やまだ」に、「すみません、すみません」と言って、入れてもらった。御茶ノ水駅聖橋口からすぐそばの、創業より八十年以上たった地元老舗。

「自分たちで払います」、と言った高校生たちに、「いいよ、いいよ。だってこれ、昭和の値段だよ!」、と、えりなは全額先払いをした。

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