たとえその我儘を口にしなくとも

狛咲らき

愛の言葉は届かずとも

 ごきげんよう。今日も来てくれたのね。

 これで3年とちょうど半年連続皆勤賞ね。といっても、手渡せるものは何もないけれども。


 逆に貴方はいつもお花を用意してくれるわよね。今日はハルジオンかしら。でも何度も言ってるけど、毎日持ってこなくても良いのよ。ほら見て。昨日のミモザどころか一昨日のキンセンカもまだ綺麗に咲いてるわ。しかもこれ、屋敷の庭のでしょう? いくらあの庭が広いからって、ずっと摘んでたらもう土しか残っていないんじゃないかしら。


 それにしても、3年半もこうして貴方を見てると、あまりの変わらなさにビックリだわ。良い歳したおじさんなのに、頑張って若作りでもしているの? 散々私が振り回してきたから、眉間の皺くらいは増えてても良いのに。それでも心しか、白髪が目立ち始めてる気がするのは、皆には黙っておいてあげる。


 まぁ、お母様もお父様も、他の召使いだって全然来ないのだけどね。貴方くらいよ。毎日会いに来てくれる物好きは。


 いくらお転婆で有名だった私の世話焼きがなくなったといっても、貴方は優秀だもの。屋敷の仕事はまだたくさんあるはずでしょう? それでもきっと、私のために頑張って時間を作ってくれているのよね。

 まさかサボってなんかいないわよね? もしそうならお父様に言いつけてやりますわ! ……ふふっ。冗談よ。



 ……もう。いつも貴方はそんな顔を浮かべる。毎度ながら取れる時間も短いのでしょう?

 たくさん話してよ。昨晩のこととか、今日のこととか。貴方が満足するまで聞いてあげるから。



「────」

 うん。



「────」

 うん。



「────」

 ふふっ。そうね。



「────」

 もう、お母様ったら。貴方と同じくらいの歳なのに、私以上にお転婆なんだから。





 ……やっぱり、貴方の話を聞くと、なんだか昔に戻ったような気分になるわ。


 懐かしいわね。貴方に勉強教えてもらった時とか、お母様が誕生日にダイヤのネックレスをくれた時とか。「淑女としてちゃんと振る舞いなさい」って毎日のようにお父様に怒鳴られたのも、今となっては良い思い出よ。


 本当に、本当に楽しかったわ。貴方にたくさん迷惑かけた自覚はあるけれど、なんだかんだで大抵の我儘を通してくれたし、とっても感謝してるの。こんなことになるなら、普段から口に出していれば良かったわね。


 あーあ。20歳になったら、月でも眺めながら貴方とお酒を酌み交わすって密かな願いがあったのに、それすらも叶えられないなんてね。晩酌の中で感謝とかいろいろ伝えようと思ってたのに。


 けれどまぁ、これも全部私の自業自得よね。分かってるわ。





 ……それでも。独りになると考えちゃうの。

 もしあの時、あんなことをしなかったらって。


 ほら、ちょうどあの日って、初めてのお見合いの日だったでしょう? それで私がいつもみたいに嫌だって駄々こねて、家から飛び出して。

 もしあの時、ちゃんとニコニコ座って待っていたら、こんなに寂しい思いはしなかったのに。



 もしあの時、車に轢かれなければ。貴方にそんな顔をさせないで済んだのに。



「────」

 うん。



「────」

 うん。



「────」

 ……そうね。

























「──名残惜しいですが、そろそろ」


 あら。もうそんなに時間が経っちゃったの。今日もあっという間だったわ。

 本当はもっとお話しを聞きたいけれど、私と違って貴方は忙しいものね。確か、最近来た新人の子の教育もあるのよね。


 わざわざありがとう。いつかその子も連れてきてよね。


「貴女をお慕いしております」


 知ってるわよ。じゃないと律儀に毎日私のお墓を掃除しに来たりしないわ。

 お花だってそう。いつも庭のお花を摘んできてくれるのは、私があの庭園を散歩するのが好きだったのを覚えているからでしょう? 春も夏も秋も冬も、いつも一緒に回ったものね。


 でもそれはただの口実。もちろんあの庭園は好きだったけれどね。


 貴方の大切な時間を、ほんのちょっぴりでも私のものにしたい。

 それを知ったら、貴方は驚いてくれるかしら。


 だから今も、貴方との会話なき会話に胸を躍らせているのに。

 こんなにも別れの時が名残惜しく感じるのに。


「また明日」


 寂しげなその背に何もできないのがもどかしい。


 もし私が生きていたら、貴方とどんな会話をしていたのかしら。どんな毎日を過ごしていたのかしら。


 もしも、貴方の背に触れることができたなら。

 もしも、俯く貴方の傍らに立つことができるなら。

 もしも、貴方と目を合わせることができるなら。



『愛しているわ』



 小さい頃からずっと。そして死んだ後だって、貴方への想いが溢れ出して止まらない。


 けれども私は仮にも高貴なお嬢様。歳の差だってたくさんあるのに、今や年々広がるばかり。こんなことをお父様やお母様に聞かれたら、きっと貴方は屋敷から放り出されてしまうでしょうね。


 だから、そんな言葉は言ってあげませんわ。

 ただその代わりに、今日もこう言って手を振るの。


「またね。また明日」


 それでも貴方は振り返ってくれないけれど。

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たとえその我儘を口にしなくとも 狛咲らき @Komasaki_Laki

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