プロトタイプ・マイブロック・クラフト



 ――報復者による全体チャットでの告白――


 僕の本名は『那由多宗二』。メグヲは、僕の祖父だ。祖父が人攫いにあっていたのは事実だ。戦争が終わり、日本が復興してから戻ってきた。ヲタクイーンが祖父の不老説を指摘していたが、僕にはその真偽が分からない。祖父の部屋には入ってはいけない事になっている。だから直接会ったことは一度もない。


 でも、話をしたことはある。


 僕の脳髄には景色が染み付いている。目を閉じると、思い出してしまうのだ。


 鼻をつく新築の木の香りや、書斎の窓から射しほほを焦がす朝陽の熱さ。


 鼓膜を震わすミンミン蝉の大合唱と、それが一瞬聞こえなくなるほどの、ゴッ、ドシャー! 


 という、土砂崩れのような轟音――5歳の僕が、の本棚を倒しちゃった音だ。


 目に映るのは、床に散らかった書籍の山。


 いつもなら手の届かない高所の本が、今は足元にある。


 幼い僕はワクワクして、飛び込んだ。科学専門誌や歴史図鑑や漱石全集の山を、モグラの気分で奥へ、奥へと掘り進んだ。

 そこに『映画人間7月号』があった。


 表紙のイラストに、僕は惹かれた。

 白いワンピースを着た少女が、ラピスラズリ色の王国に向かって、空中歩行する水彩画の表紙。


 この絵についてもっと知りたいと思い、僕は夢中で本をめくった。見つけた36ページ目に、僕は釘付けになる。


 ――カーニバルの夜。少女が巨木の枝に乗って、仮面伯爵と剣戟を繰り広げるイラストと共に、こんな告知が載っていた。


 【新作情報!那由多メグヲ監督による最後の長編アニメーション映画、『夜ノ文化祭』鋭意製作中!】


 5歳の僕は、漢字を読めない。


 だが、映画のイラストと、『那由多メグヲ』という比較的見慣れた文字を見た瞬間、父があんまり家に帰って来ない理由とか、難しい本で溢れたこの書斎の秘密とか、そんな事、全部分かった。


「あーっ!また散らかして!」


 と叱りに来た母にページを見せて、僕は言った。


「パパは、おじいちゃんと映画を作ってたんだね」


 本棚を元に戻して、朝食の甘いミルクトーストを食べた僕を、ママは軽自動車のチャイルドシート乗せた。


 家を出て……向かったの大きな自然公園の裏。『スタジオ・アルベール』。


 そのオフィスだ。


 今にして思えば、ただの質素なオフィスだったと思う。数十台の机に、大きなコピー機。そこに申し訳程度にコーヒーメーカーが添えられているだけ。


 ただ、普通のオフィスと少し違ったのは、入り口に柴犬がいた事と……部屋にある全ての紙に、竜や剣士に魔法使いなど、ワクワクする絵が描かれていた点だろうか。


 僕は目を輝かせ、今にも飛び跳ねそうになった。


 それだけじゃない。遠くに見つけたパパの背中が、机に向かって垂れている。


 慌てたママが、僕に(しーっ!)をする。そして一緒に抜き足差し足で、通路を横切った。まるで異世界の工房に潜入したような気分だった。


 事務の人に案内され、たどり着いたのは、地下の試写室。


 二人だけの客席。防音設備のおかげで、暗闇の水面が背中を撫でるようなゾクゾクするほどの静けさがあった。


 隣に座るママはスクリーンをじっと見つめて、何も言わない。僕は何か話しかけようかと思ったけれど、やめた。


 そしてスクリーンに映し出されたのは、たった3分間のアニメーション。


 映画製作のための、パイロットフィルム見本用映像。


 音もなく、色も所々抜けている。それでも、心躍った。


 ……その夜。


 仕事中の父の心臓が、静止した。


 社長からの電話に出た母の顔が、黒い釘に打たれたようだったのを、僕はよく覚えている。


 その後の葬式の様子も、よく覚えている。


 特に、いつもより少し小さくなって、唇が紫がかっているお父さんの棺に、みんながお花をたくさん入れるもんだから、とても綺麗だったのをよく覚えている。


 この世は、那由多メグヲの世界観を絵で再現する最高のアニメーターである僕の父を失ったのだ。


 それから6年が経った父の命日、祖父から郵便が届いた

 封筒の中身は、一枚のチケット。

『箱庭記録館』という施設の年間パスポートだった。

 地域の民間伝承とか工芸を雑多にまとめた、よく分からなくて暗い博物館だ。

 展示通路には、化け物の戦争を描いた血なまぐさい絵がひたすら並んでいた。宝石で着飾った天狗が宇宙を飛んで、異星に住む小さな人間を殺したりしている絵だ。それが迷路のような通路に並んでいた。

 まるで映画の『簡易宮殿』に繋がる洞窟だ。

 僕は陰鬱な気分になっていた。どうしても正面を向く気になれない。

 なぜ祖父は、父の命日にこんな場所に僕をよこしたのだろう?


 その歳になれば、だんだん分かってきた。父は、祖父のために働いて過労で倒れたのだと。



 祖父が何者なのか僕には分からない。ネットで書かれているような怒りの感情も正直沸いてこない。

 ただ困惑して、ずっと下を向いて歩いていた――だからなのかもしれない。

 壁沿いの、何も飾られていない展示ガラスの下にあった『隠しトンネル』に気付けたのは。

 床と接する壁の一部の箇所が、赤色の暖簾のような布で隠されているのを発見したのだ。

 それだけなら、修理中の場所をこの布で隠しているのか?と思って気にしなかっただろう。

 しかし僕は気になった。布の端に油性マジックの雑な字で、こんなことが書かれていたのである。

 『めくっても?』


 なんだ、それ。と思った。

 『も?』ってなんだよ。

 見つけてしまったからには、気になって仕方がない。


 結局、僕はその場にしゃがんで、めくって見た。

 すると、奥には、ぽっかり空いたアーチ状の奥まで続く小さなトンネルがあった。

 ますます、なんだこれ?

 さらに覗くと、奥から光が射している。

 いったい何のための穴なのだろう? 

 不思議に思って眺めていると、穴を隠していた布の裏側にまた雑な字が書かれていたのを発見した。

 『せいなるつるぎ このおく ねむる』

 せいなるつるぎ?

 顔を上げて、周囲を見渡す。

 誰もいない。

 そ日の入館客は僕たちしかいなかった。

 僕は背中を屈めてトンネルに入ってみた。

 穴があったら入りたいなんて心の中で唱えていて、本当にあったもんだから、入らざるを得ないだろう。


 時を超える勇者のゲームにこんな場面があった事を思い出した。

 あるいは、親戚のお兄さんがやっていたステルスアクションゲームのようでもあった。

 そして埃で膝と肘を汚し、抜けた先は、電話ボックスのような狭く高いスペースだった。

 四方をコンクリートの壁に囲まれている。

 天井に吊されたランタン型の電灯が、優しいオレンジ色の光で部屋を満たしている。

 『せいなるつるぎ』は、一見するとない。

 代わりに中央に置かれていたのは、当時最新モデルのテレビゲーム機だった。

 ゲーム売り場の体験コーナーのようない、テレビと一体型のラックに置かれている。

 もしや、これが『つるぎ』ということなのだろうか?

 ゲーム機のあちこちに、聖剣を模したような装飾が施されている――本体はまるで剣を置く台座のように石色に塗られ、そこから伸びる銀色のケーブルはさながら刀身のように煌めき、その上に繋がれたモニターの縁には柄を模した突起が付いている。

 コントローラーは蝶の羽の柄になっているけれど、これは勇者と行動を共にする妖精を表現しているのだろうか?

 誘われるように、コントローラーを手に握る。

 緊張してきた。

 11歳の僕が所有していたゲーム機といえば、全年齢向けの携帯機くらいで、このようなゲーマー向けのハイエンド商品を触ったことは友達の家か親戚の家くらいしかない。

 だから起動スイッチの場所すら分からなかったけれど、色々触っているうちにコントローラーの中央を押せば良いことに気づく。

 ヴィーーーーーンーーーーー 

 CDロムの回転音が、狭い部屋なのでよく響いた。

 ゲーム会社のロゴが画面にいくつか浮かんでは、消えてゆく。 

 そして、一瞬の静寂の後、ファンファーレが鳴り響く。

 現れる、タイトル画面。


 『マイ・ブロック・クラフト(試作版)』


 タイトルバック(背景)に映るCG映像――鳥瞰した大自然が、まるで超音速飛行機から見下ろした景色のように過ぎ去って行く。

 地球をぐるぐると周回しているようで、朝、昼、夕、夜は何度も繰り返される。

 過ぎ去る森の木や、火山からパラパラと吹き出すマグマなどの形をよく見ると、それらがブロックによる組み合わせで表現されている事が分かる。

 草原や砂漠も、ブロックを敷き詰められて形を成しているようだ。

 まるでこの世界の全てが、ブロック遊によって表現されているかのよう。


 タイトル表記の下に、『Start to A!』と文字が出ている。


 僕はその通りにAボタンを押して、ゲームをスタートさせた。

 いつもやるゲームとは、全然違った。


 画面に現れたのは、暗い部屋の中でただ一つスポットを浴びて佇む、昔ながらの『タンス』だった。

 それと、手の形をした白いカーソル。

 おれは、適当にタンスの真ん中辺りにカーソルを合わせ、Aボタンを押してみた。

 すると、抽斗がガラッと開かれ、表示が出る。


 『まだ箱庭はつくられていません。新規作成しますか?』

 なるほど、これはセーブデータ選択画面か、ステージ選択画面のようなものらしい。抽斗の数が全部で12なのは、これが容量の限界ということだろうか。

 そして僕は、もしかして?と思い、開けた抽斗をBボタンで閉じた。

 もしかして、どこかに作成済みの箱庭がある?

 そう考えると、もっとわくわくしてくる。

 抽斗を左上から順に開けてゆく。まるで隠された赤点テストを探す母親のような怒濤の勢いで「ガッシャン!ガッシャン!」と開けてゆく。

 そして、一番下の二つ分繋がった大きな抽斗――ここだけ容量の大きな箱庭をつくれるらしい――を開けたとき。

 『夜ノ文化祭』と出た。

 これだ。

 Aボタン。

 ゲーム開始のムービーが挿入された。これもたぶんロード時間を短く見せるための工夫だろう。CGで描かれた人間の手が、ブリキの人形を握っている。開かれた抽斗の中にそれが置かると、視点が人形に近づき、触れた瞬間に暗転。真っ白になった直後、一瞬にして世界が創造されていった。


 そして画面いっぱいに映ったには、切ないほどの夏空だった。 

 ひまわり畑の間で自転車に乗って見上げたような、青空と太陽。なんでだろう。胸がいっぱいに鳴る。

 コントローラーを動かして視点を動かしてみた。このゲームは一人称視点のようだ。操作キャラクターの姿は、手しか見えていない。

 そして立っているのは、海岸線を通る道路のようである。

 横に広がる海は、青色ブロックによる波が同じ形で固まっている。

 その海の上には、大きく長い橋がかかっている。その先には、まさに伝説の剣が眠っていそうな森が生い茂り、さらにその向こう側に、螺旋状に高く伸びる巨木と、その中に包まれた白亜の塔が青空の彼方まで伸びている。塔はどこまでも、高く伸びている。

 なんなんだ、ここは?

 ブロック遊びなんてレベルじゃない。優れたモザイクアートを写真と見紛うように、本物を感じる。どきどきする。

 心の底の神秘とわくわくの風船が、熱く存在を膨らませてゆく。

 ここは――『夏の魔法大冒険映画』のイメージそのもの、いや、それ以上だ。

 こんな所に来てみたかった。

 この橋の向こうには、必ず、何かがある!


 好奇心の風船が、ぶちん!と破裂した。

 プレイヤーキャラクターの走力よりんも速い気持ちで、コントロールスティックが壊れそうなほど前に倒す、橋を駆ける。ワクワクが飛び出そうだ。

 波の音、カモメの鳴き声、星と繋がる風の音。

 両脇には海。眼前には、冒険の島。

 止まる理由などない。 



 次第にはっきりと見えてくる橋の先――山に面した『校舎』の古さが、ノスタルジックな美しさに演出されている。



 映画『夜ノ文化祭』の冒頭とまったく同じだ。


 僕は歩きながら無意識のうちに、映画のカメラワークを真似して、海面を滑空する鳥から、空、太陽、そして島の頂上へと視線を移動してみた。


 そんな事を考えていたら、あっという間に橋を渡り終えた。


 島のつくりは昔のゲームマップのように単純で、学校へ続く階段が真っ直ぐに伸びている以外には、草木が生えているだけだった。


 僕はそれを登り、時折振り返って町並みを確かめた。広がるパノラマ。海辺の穏やかな街。


 校舎は、戦後の西洋病院のような木造だった。


 開けられたままの玄関。夏休みだからか、どこにも上履きのない靴箱。


 汚れた窓ガラスを午後の芝生のようにやわらなか西陽が照らしている。


 今にも抜けそうな床が、踏むとギシギシ鳴った。 


 誘導の案内なのか、矢印の書かれたコピー用紙が壁に貼られていて、それに従って階段を登る。


 『1年2組』のプレートの前。


 そこで、「どうぞ」と声が聞こえた。



 教室の中には、一匹の天狗がいた。夕日を受けて、黒い翼がオレンジ色の光を放っている。


 「初めて話をするね、宗二」


 その声は、父とうり二つだった。でも、父じゃない。


 「・・・・・・おじいちゃん、ですか?」僕はコントローラーの中央のマイクに声を吹き込んでみた。


 「ああ、そうだよ。こんな形でしか話ができなくて、本当にごめん」


 「どうしておじいちゃんは、ここに僕を呼んだの?どうして、みんなの前に出てこれないの?」


 「私はね、呪われてしまったんだ」


 「呪い?」


 「ああ、自分を幸せにしなくちゃいけない呪いなんだ」


 ――もうずっと昔のことだ。子供だった私は、『洞窟』を発見した。その洞窟の道の壁には『箱庭』が壁画的に敷き詰められている。チラチラと入り込む太陽光が『箱庭』の宝石に反射し、灯りになっている。

 洞窟内の道順が、そのまま何かの物語を表しているように見えた。

 その奥で、魔女王と出会った。装飾の過剰なドレスを着て玉座に腰掛けた魔女王と名乗る人。

 夏の真昼の太陽光が最大に洞窟内に差し込み、壁面を覆うサファイアに反射した瞬間だけ、魔女王の美しい顔がはっきりと覗えた。

 「人がいる」と気づいた瞬間はまだ見えなかった。

 顔の見えない一瞬は恐怖した。

 単純に「洞窟の奥に誰かがいるというシチュエーション」の怖さではない。

 それを超えた、「今引き返さなければ、自分はとても深く傷つく事になるかもしれない」という根拠のない直感があった。


 しかし光は届いてしまった。美しい姿が「恐怖心」など消し去る。

 魔女王がいったい何者なのか?いつからそこにいるのか?いつの時代から生きているのかも私には分からない。


 魔女王は私を見ると玉座から立ち上がり、社交ダンスの手を取るように私を箱庭の方へエスコートする。体に触れると自然と私も動く。自分が自分の意思で動かす以上に、そう動くべきだったという具合に、私は箱庭を手に取った。

 「これがあなたの箱庭」と魔女王は最初に声を発した。

 そこから授業は始まっていた。


 魔女王は私の友として、師として、あるいは恋人として関わっていった。私の創作的才能を引き出していく。

 その「授業」の内容は、魔女王が神話を語り、それを考察していく事だった。

 「わらわの命が尽きる前に、君に全てをあげる」

 私の目標は当然、「魔女王」のような存在になる事だった。素晴らしい箱庭の芸術を理解し、それを守護し、鑑賞し、作り続ける存在に。 そして最後の儀式の日がやってくる。洞窟内がやけに明るい。壁を覆う箱庭郡の、暗い中ではインパクトの薄かった「戦争の表現」の部分がやけに輝いている。

 最奥に「石造りの寝殿」が用意されている。ステンドグラスのように洞窟内が複雑に反射し、その熱が眩しい、熱いほどに。

 「寝殿」の上で私は魔女王に、体を拘束され、麻酔のない手術をされた。痛みで何度も気絶した。

 術後、魔女王は献身的に私を看護した。

 しかし全快すると、「魔女王」は箱庭を磨きながら、なぜか一言も私の言葉に返事をしない。

 いると分かっていながら、無視をする。私が邪魔をすると、私の方からどくまで無言で立ち続けた。

 そんな日々が続いた。私の精神は疲弊し、消耗していく。

 私は、洞窟を出た。

 魔女王の教育で知ってはいたが、それ以上に、日本の姿は変わっていた。世界観そのものが変わっていた。

 私は、驚愕する家族に、洞窟から取ってきた宝石を渡して「とにかく部屋で一人にしてほしい」と願い、家に閉じこもった。


 あるとき、その地域で文明が発生してから最大規模の大雨が降る。洞窟は下へと進む形になっているので、私は心配して観に行こうとするが、家族に止められた。

 晴れてから行くと、洞窟内は水で満ちていた。水面から中を覗きたいが当然見えない。さらに、以来洞窟内の水は引かなかった。

 だが、私は心配していなかった。私の元に、「箱庭手紙」が届いたからだ(その古代文明は文字の代わりに箱庭を用いる)。

 そこには「心配しなくて良い、自分は安全な場所に避難している」と書かれていた。なぜ無視をしたのかは書かれていなかった。

 そして季節が巡り、私がはじめて魔女王と出会った時期になった。私は洞窟に通う頻度を減らしていたが、ふと予感がして向かった。

 そして【あの日と同じ時間】になると、水底から乱反射して、魔女王が何者かと抱き合っている姿が浮かんだ。魔女王は恍惚とした笑みを浮かべている。

 その光景を生涯に渡って、何度、どのような努力をしても忘れることができなかった。

 私は意を決して水に潜った。まるで硝酸に入ったかのように全身が燃える痛みに包まれた。

 水中を泳いだまま私は「二人」の元にたどり着く。魔女王をこの手に取り戻そうとする。しかし、水をかくだけで、何も取り戻せない。すべてが映し終わると、不思議と水は消えていた。残されたのは輝きを失った箱庭宝石たち……。


 それから、私の「痛みを伴う洞察の人生」が始まった。


 魔女王と目指した理想の世界を作り上げようとした。滅んだ王子とソナチネの悲願を、成し遂げようと。

 魔女王の教えでは、心の世界は現実に等しい。

 だから、映画や、ブロックを駆使して心の世界に理想を叶えようとした。


 自分を幸せにするために、自分の大切な人達の命を吸い取ってしまう。それを止められなかったんだ。そして、君のお父さんの命まで吸い取ってしまった。このゲームは、私が自分に幸せな夢を見せるために作らせた。まだ未完成だが、完成すれば、君の世代の命を吸い取ってしまうかもしれない。


 だから選ぶんだ、君たちの世代が。演劇を続けるか、やめるか。 


 ――そして、僕は続けることを選んだ。祖父と父が生涯をかけて実現しようとした神話世界をより忠実にするために製作に参加した。

 数年が経過し、ゲームが完成に近づくと、祖父は膨大なデータを会社に送ってきた。そこに『古代王国イトゥエ』が入っていたのだ。

 ゲームをリリースすると、祖父は、アニメーターを酷使して過労死に追いやった蔑称である「破壊者」の名でログイン。監督として、作業を開始した。


 祖父や父が夢に描いた世界でみんながただ楽しく遊んでいる姿を見たかった。こうなることは、分かっていた。祖父の世界観の魔力に勝てなかったんだ。抗っても無理だった。でも、ここから先は君たちに決める権利がある。祖父は、僕だけではなくその世代に託したのだから。



 

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