黎明1【夜ノ文化祭、落札】

 オークションの結果、ゲームのセーブデータが999億円で落札された。

 「安すぎる」

 プレイヤーは皆そう呟いた。

 たったの999億円。

 売れたのは「マイ・ブロック・クラフト」のデータである。キャッチコピーは『ブロックを組み合わせて世界を創る。』


 だが、誰もその『ソフト』の方は気にしていない。名前を聞いても「パクりか?」と認識する人がほとんどだ。

 注目されていたのは、やはりそのプレイデータだった――ファイル名【夜ノ文化祭】。


 「999億?まるで子供の冗談か」「馬鹿げている」「ただのデータにそれほど?」


 とゲームに縁のない者はオークションに疑問を呈した。


 しかし、ゲーム史に名前を残したブロッククラフトゲームの『始祖』や、伝説的なRPGシリーズのスピンオフとして発売された『ビルダーズ』を親しむプレイヤーにとって、「ゲーム内ブロック作品」が2030年時点で芸術としての地位を確立していた事は常識だ。


 ・ネット上に投稿された実況動画とその再生回数は天文学的な数を記録していた。

 ・個人が作成したデータに有料でアクセス可能とするサービスの誕生も権威化に繋がった。

 ・私立小学校では「わたしの街作り」として授業に導入されている。

 ・もっとも優れた『ブロック作品』に贈られる『ダイヤブロック賞』を三年連続で受賞したプレイヤーに騎士侯の位を授ける国もあった。

 しかし、999億という世界的な大ヒット映画ほどの売り上げを記録したのは『夜ノ文化祭』が初めてだった。


 そのデータの何が特別だったのか?


 最初期にサーバーでプレイしていた少数のプレイヤーの『狂気』が世界を肥大させたのだ。


 『夜ノ文化祭』は、日本の長編アニメーションと同名のタイトルである。

  ネット上で共有されたブロックの世界で、プレイヤー達は映画の世界観を再現していたのだ。

 むろん、ブロッククラフトゲーム内でアニメや漫画の世界を再現する活動は珍しくない。

 だからそれだけがデータの価値を高騰させたわけではない。


 そもそも映画『夜ノ文化祭』は、ソフト化もされていないマイナーな作品だった。

 だから、アニメの知名度でプレイヤーを集められたわけではない。


 ブロック世界の『夜ノ文化祭』も、ごく少数のマニアが集まって建築していたに過ぎない。


 もっとも、当初からクオリティに目を見張る作品はあった。


 今でも残されている『洋館」は初期の代表作といえよう。


 ――作品紹介1『洋館』制作プレイヤー名『洋館管理人』――


 映画の「夜ノ文化祭」は高度経済成長期の日本の田舎が舞台だが、西洋神話の要素も取り入れている。日本の古き良き田舎と西洋神話――その演出面でのバイパス役としての機能を果たしていたのが、劇中で主人公が宿泊する「洋館」である。洋館が序盤に登場したからこそ、映画の中盤に登場する西洋的な『モンスター』の存在が違和感なく受け入れられたのだ。


 ブロック世界の『洋館』も、映画と似た役割を果たした。スタートエリア近くにある『洋館』は、プレイヤーが最初に訪れるスポットになっていた。

 まず『本館』の応接間から入り、『調理室』『蔵書室』、『書斎』を一通り回った後に庭から入る『温室』、そして封印された『離れの塔』を見てまわることになる。


 外観と入り口は、現実に存在しても違和感のないクオリティで作り込まれている。(実際に宮城県に記念館が作られたときにはブロックの洋館も参考にされた)


 それが奥に進むにつれて、造形がファンタジーの領域に踏み込んでいく。


 『通常の建築技法ではありえない螺旋階段』

 『本棚に飾られた人間が読むには大きすぎる本』

 『温室の奥で目立つ【茨の鎖で縛られた女神像】


 プレイヤーがまずリアルな外観に関心したからこそ、徐々に魔法の世界になる点が他のエリアとの橋渡しとなる効果があった。


 特に人気なのが『温室』だ。花や木の表現が優れているように見えるのには、天井のガラスブロックに工夫がある。ガラスの中に発光する「蛍光岩ブロック」を混ぜ合わせ、植物が最も美しく太陽光に照らされる時間帯が表現されていた。


 今回のインタビューに参加して頂いた制作者の『洋館管理人』は、幼少期から宮城県に住む主婦である。


 洋館管理人「映画の舞台が家に近いんです。小さな記念館があって、同じ街に住む私が夜ノ文化祭を作るのは、自然な流れでした」と彼女は言う。


 彼女は、ブロック世界の最重要人物の一人だ。

 ダイヤブロック賞も一度受賞している。

 彼女は「自然な流れ」と言っているが、映画を初見した小学生当時からまず『洋館』に着目したセンスが評価されている。

 映画の『洋館』登場シーンは総計10分に満たない。代表的なシーンに『竜の渓谷』や『機械城』『巨大宇宙船』『薔薇海』が登場する。

 それなのに彼女が最初に注目したのが『洋館』だった。


 「だってそれを作らないと、他の建築の魅力が出てこないでしょう。言語化できたわけじゃないけれど、そういう事は感じていましたね、当時から」


 彼女は後年になって自分の作品のアピールに必死になっていた。

 それは世間が彼女の最大の仕事を『洋館』とは見なさなかったからである。

 『洋館』はたしかに優れた作品だ。しかし彼女はそれ以上に大きな影響を夜ノ文化祭に与えた。


 サーバー初期の彼女の行動は、後のオークションに繋がるターニングポイントの1つになっている。


 彼女は、最も価値のあるブロック作品を『発掘』したのだ。


 そのきっかけは、創作ではなく破壊だった。


 洋館管理人「またあの話ですか……いいですけど。あれを発掘する前の夜ノ文化祭は、ちょっと荒れていたんです。最初は、みんなが自由に作品を作って遊んでいました。他のゲームと同じようにね。でも、ある日『破壊者』が現れたのです」


 彼女は話し慣れた様子で当時を語った。


 洋館管理人「その頃はまだ、アクティブユーザー数が100人かそこらだったと思います。ちょっと人気のある配信者が来る日に300人くらいとか、そんな程度です。だから全体チャットを使うプレイヤーもほとんどいなかったんです。だからびっくりしましたよ。チャット画面いっぱいに『ブロック作品の酷評レビュー兼犯行予告』があった時は」


 管理人は『破壊者』の最初の被害者だった。当時の『犯行予告』は全文が画像として保存されている。


 ――破壊者による最初の犯行予告チャット―― 


 破壊者『突然の犯行予告失礼いたします。座標18768876を中心に展開されている【洋館を再現したエリア】の作者へ。あなたの作品はとても素晴らしい!見事だと感嘆せざるを得ません。上空から見下ろしたとき、設定集にある地図イラストと同じように見えながらも、実際に入場客の視点から観ても違和感のない構造にはあえて上部の表現を歪めているなどの手法が見られます。このような手法は独力で発見したのでしょうか?そうでないとしても実践できる技量は素晴らしい。特に『調理室』の解像度が高いですね。地下のスタッフ用通路を通じて温室の裏側に行けるアイディアが面白いです。しかし、破壊します。ごめんなさい!本当に申し訳ない!あなたの作品は破壊に値する!調理室のクオリティに対して温室のいい加減さはなんですか?あなたは映画の何を観たんですか?実物をそのまま再現するのでは意味がないのです。実物を見た感動を再現しなければブロックで作る意味はないのです。オリジナルのアレンジがあるならまだしも、これでは巨大なビニールハウスにしか見えません!イチゴでも育てたいのですか?あの世界観にイチゴは出てこない!出てきたら緻密な世界観がぶち壊しだ!あなたに尊厳があることが私は苦しい。しかしあなたの尊厳を認めます。だから、破壊」


 上空から投下された大量のTNTブロックによって『洋館』は爆破された。


 現在残っている洋館は、管理人が自ら再建した物である。


 「本当に驚きました。1時間くらい、ぼーっとしていたと思います。そもそも、人に見せようと思って作っていませんでしたから、批評されるとはとても想像していませんでした」


 彼女が呆然としている中で、オープンチャットには次々と破壊者による新たな「犯行予告」で埋め尽くされていった。


 そして至る所で爆音が聞こえたという。


 「あの時点で既に映画『夜ノ文化祭』に出てくる場所の他にも、世界観を共有するスタジオ・アルベール社が作った他の映画の世界にも行けるようになっていました。でも、破壊者によってほとんどが破壊されてしまいました」


 当時既にそれなりの広さがあった『夜ノ文化祭』だが、『破壊者』は半日足らずで壊して回っていた。


 レビューの数と破壊行動の周到さが、計画的な犯行であった事を表している。


 「爆発が止んでしばらくすると、仲間達がオープンチャットで話し始めました。あいつは誰だ?なんでこんなことをする?って」


 破壊者は、それまでも度々現れていた『荒らし』とは一線を画す存在だった。それまでは他人の作品を壊す者がいても、子供がじゃれ合うなどの遊びの範疇だった。


 そもそも『公開サーバー』で夜ノ文化祭は作られているので、暗黙のマナーはあっても守る義理はない。悪戯に壊す者がいても、全体チャットで咎めたり、サーバーの主に『出入り禁止措置』を求めるケースは少なかった。


 プレイヤー達は、事態の受け止め方が分からず話し合った。


 「おれ、もうやめようかな、馬鹿馬鹿しいし」


 「わたしは被害箇所が少ないから、とりあえずこのまま直すわ」


 「そもそも、破壊者は操作上手いよな。見かけたから倒そうと思ったけど動きが速すぎて邪魔もできなかった」


 「子供で破壊者にやられた子はかわいそう」



 最初はそんな通り一遍の会話だった。それが次第に――



 「おれは正直、ちょっと嬉しかったです。一所懸命に作って、完成したらそのまま終わりだったのをあんなに真剣に見てくれてる人がいて。批評も、的確だったと思います。自分でもいい加減に作ってた部分は感じました」


 と、破壊者の長文の熱量に押される形で支持する者も現れた。


 一人が言い出すと、つられる形で破壊箇所が少なかった者ほど「自分の作品は他より優れていたのでは?」と共鳴していった。


 それまでほとんど誰も『他人の評価』を気にしていなかったが、製作に費やしたエネルギーが高い者ほど、他者の評価を得たい気持ちが強い傾向はあった。


 『破壊者』は、ブロックを壊す以上にそれを刺激していた。マイナーなアニメ作品のファンである彼らは、『スタジオアルベール作品』への情熱に対して、それを発散する手段に飢えていた。映画レビューサイトでも、感想数が少ない。


 『破壊者』のレビューには、そんな欲求不満を解消する効果もあった。


 洋館管理人「長年ファンをやっていますが、映画に関連する議論にまで発展した様子を見るのは本当に久しぶりで、それは嬉しかったですね」


 一方で、全てを壊されレビュー文も批判ばかりだった者にとっては面白くない。


 「ガキが粋がってるだけだろ?褒めると調子に乗るからやめろよ。てかお前が破壊者なんじゃね?」


 と、全体チャットが荒れ始めた。


 『洋館管理人』はというと、数日間ゲームを離れていた。ゲームができる限られた時間の中で、努力して作った『洋館』が壊された事実。

 頭から切り離そうにも、レビューの文章と『爆破された自分の洋館』の光景が頭から離れない。

 そして、もし指摘にあった『温室』をもっと良くしたら?


 想像が膨らみ、建築計画が芽生えてゆく。


 洋館管理人「複雑でしたよ。怒りもあったし、同時に、好奇心も沸いていました。なんだってどこぞの知らんやつに、一所懸命作った家を壊されなきゃ行けないんだ!そんな怒りとは別に、あの洋館がもっとわくわくする姿になる!という期待感。それで、久しぶりにログインしました。そこで見たのです、『破壊者』本人を」


 洋館の跡地に、なぜか『破壊者』はいた。プレイヤー名は設定時に他と被ると『このプレイヤー名は既に使用されています』とシステムに拒否されるので、本人意外ありえない。


 管理人に気づいた破壊者は、その操作スキルを活かして逃げた。


 「まて、こらっ!」と管理人も後を追った。


 破壊された『夜ノ文化祭』を駆け抜けてゆく。


 「ずいぶん長い時間追っていたと思います。少なくとも1時間は追いかけました」


 そして人が作成したエリアを抜けて、ゲーム開始時から存在する『自動生成エリア』へ。


 管理人は、いつのまにか『山林エリア』を進んでいた。


 そして、破壊者を探しながら動いていたからだろう――段差があった事に気づかず、キャラクターを滑落させてしまう。


 落下ダメージによる画面の明滅・・・・・・


 ドザザザザザ!と木や岩にぶつかりながら落ちてゆく。


 「なんとか着地まで生き残って、回復アイテムを使おうとしたけれど手が止まりました」


 画面に映る景色が様変わりしていた。


 どう見ても、自動生成されたエリアじゃない。


 そこが深い木々が生い茂る『山林』であることには変わりない。

 だが、明らかに使われているブロックが違った。


 『マイ・ブロック・クラフト』が他のブロック系ゲームと違うのは、プレイヤーが自由にブロックを作成したり、ネットで配布できる点にある。


 基本1メートル四方のブロックを、もっと小さくして、微細な表現で組み合わせることができる。(だからマイ・ブロック・クラフトというタイトルなのだ)


 洋館管理人は、いつの間にか超高密度のブロックが使用された人口の『山林』に迷い込んでいたのだ。

 それほどまでに高いクオリティのブロックは、それまで誰も配布していなかった。

 それこそ、夜ノ文化祭に登場する『山の神』が出没しそう。

 本当に、人が作ったとも思えないほどだったという。


 「怖い」


 管理人は、いつの日か祖父の家の裏山で迷子になった夕暮れを思い出していた。


 神々しいモノに浸っている緊張感。

 しかし、これはただのゲームだ。


 彼女は、ためしに近くの「竹」にカーソルを合わせて、その構成を見てみた。


 すると、ただの竹に129種類もの極小ブロックが費やされているではないか。


 「CGのプロが作ったのかな?」


 洋館管理人は導かれるように、森の奥へと進んだ。


 竹林を抜けると、巨大な『一枚岩』が現れた。視点を上に向けても頂点が見えないほど大きい。


 その巨大な岩は、誰もが最初から使えるただの「土ブロック」や「岩ブロック」を乱雑に組み合わせて形成されている。

 人為的に作られたと分かるきれいな「卵形」をしているが、遠目に見れば、周囲の山脈に紛れてただの岩山にしか見えなかっただろう。

 振り返ってみると、ここに至るまでの『神秘的な森林』も、滑落して初めて存在に気づいた。


 ――わざと隠れていたのだろうか?

 管理人はそう推理した。

 誰にも見せないつもりなら、『共有サーバー』で作らなければ良い。

 それを、簡単には見つからないように作ったのは、発見を前提にしているからだろう。

 神出鬼没の画家バンクシーのまねごとだろうか?と彼女は思った。


 それから、岩をよく観察してみた。


 近づくとブロック1つ分、穴が空いている。

 その寸前までキャラクターを移動させると、ヘッドフォンに、雨音以外の音が混じった。管理人は音量を少し上げた。


 ポタ、ピチャ

 と音がした。この岩の中からの音だ。

 びゅうるるるる――という吹き抜ける風の音もする。

 その他にも、何か、聞こえる感じがする――息子のお下がりの安いヘッドフォンだからあまり細かい音までは小音では再生できない。


 なので音量をMAXにした。耳を澄まして、小さな音を聞き取った。


 ワ

 

 タ


 シ


 ヲ


 ユ


 ル


 サ


 ナ


 イ


 デ

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