第1章⑤みゆきにはみゆきの理由があった その1

「あたしのうちは、1000年程度の歴史がある神社なの。主祭神さまは土地神さまの、ツキガイケノフシヒメさま。陰陽師とは別系統で、強い退魔師としてやってきたわ。いえ、普通の神社としての仕事も多いのよ? 結婚式とか、祭礼とか」

「俺んちは700年くらいの寺だな。修験道がルーツだ。檀家なしで、ほぼ退魔業と護摩業だけで、食えてきてるって言えば、なんとなく異端なのは、わかってもらえるか?」

阿夜はうなずいた。

つまり、1000年前と、700年前に、土地に根差した新興宗教が誕生したのだ。

強い霊能力者が生まれ、霊山の力も借りて、無双したなら、宗教も発生するだろう。


「あたしたちのうちは、先祖代々、同世代が組んで仕事をすることが多かったわ。結婚したふたりもたくさんいて、藤代家と後藤家は、血縁関係も深いのよ。ただ、あたしと征十郎は、母同士が一卵性双生児だから、ちょっとこどもは作れないわね」

「そうでなければ、周囲の期待がこわかったよな」

「あたしたちは、誕生日も同じで、母のおなかの中にいるころから、念を通じてふたりで会話していたわ。その時点で、たがいの両親が、ふたりまとめて霊能力の英才教育をはじめたの」

「生まれる前からですか」

「俺はみゆきに、ひっぱられたようなもんだけどな。おかげでどっちの両親も、妊娠三ヶ月で名前を決めなければならなくなったんだぜ。俺が女だったら、どうする気だったんだ」

卜占ぼくせんで、そこをはずすことはないとは思うわよ?」


◼️◼️◼️


主に教育の方針を決めたのは、みゆきの父の【神主さん】である。

自分の娘が、受精卵の時点で自我があり、母の腹の中からいとこに語りかけていると知ったときには、卒倒するほど驚いた。

母たる妻はなんとなく気づいていたというのに、父たる自分には、娘は語りかけなかったのだ。

「私も、腹にこどもを授かれるならば」

男泣きしたのは、親戚一同の伝説である。


それから、胎児の娘と甥に、溺愛をそそぎながら教育をほどこしはじめた。

妻にはおなかへのスキンシップをからめながら、妻のふたごの姉には、妻の夫からスキンシップをしてもらいながら。

広い意味での知識と歴史、意識の持ちよう、あやかしとの関係。

二組の夫婦は、語り合えば熱がこもった。

同じ時代の退魔師の言葉である。

みゆきも征十郎も、念話の会話しかできなかったが、だんだん日本語を覚えて、念話以外の会話を聞き取れるようになっていった。


ただし、出産の際に胎児が浴びる陣痛ホルモンは、胎児の記憶を喪失させる。

そして出産の強烈な刺激は、胎児をまっさらな赤子として、生まれ変わらせるのだ。

そしてその胎児の頃の記憶は、同じ言葉や思いの追体験で、ほんのりと取り返されていく。


神主さんは妻を連れ、寺の和尚さんと、ひとつの依頼を二家で受けて、赤子たちを退魔の仕事に同行させた。

「和尚さんは、気合いだけで瘴気を祓ったのがわかるかい?」

「神主さん、その動物霊は滅しましょう。もう、どこにも行けないモノになりはてている」

「終わったらお昼にしましょうね!」

哺乳瓶の用意も万端な、神主さんの妻であった。


藤代家の十八番おはこの結界に守られた赤子たちのうち、やがてみゆきが結界を使えるようになった。

征十郎は、あやかしとのバトルに興奮して、生後5ヶ月にして身体強化を覚えて立ち上がり、自分たちを守るはずの藤代の結界を殴って、ひびをいれてしまった。


「征十郎は、好戦的なようです」

和尚さんが我が子を抱きながら憂うように言う。

「男の子はそれゆえに、女の子より大怪我をすることが多い。みんなで気をつけましょう」

神主さんは、和尚さんがひとりで背負いこまないように、いたわった。

みゆきは、防御特化なのかと、この時はみなが思っていた。

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