第6話 カヲルくんの首

「あなたって何かの妖怪なんでしょ⁉︎」

 というわたしの叫びと、青い青い水中に長い髪をときながした美女の、

「お前、河童の小僧の仲間だったのか?」

 互いを疑いあった声が、水面みなもの上で衝突したのだ。



 でも、わたしのほうが分が悪かった(圧倒的に形勢不利の状況)。

 何せ、桜の花よりちょっと大きいサイズに縮んでいて、謎の大きな女の手の中にいる。まるで百億の阿修羅王が実は巨大ロボだったミロクの実体に囚われたような……いや、あれだ! アニメのエヴァンゲリオンのいちばんグロテスクな目に遭う、渚カヲルくんが死んじゃうシーン……紫色のエヴァに握りつぶされる直前のシュチュエーションじゃないの、これ?

 サトルのことがあったせいか、どうしてもわたしの発想は救いのない方へと向かってしまう……



 ちぎれて落水する少年の首がフラッシュバックして思わず叫んでいた。

「握りつぶすのは止めといて下さい!」

 いくらなんでもその死に方は勘弁してほしい。グロテスクなシーンは最低、想像してもう吐きそうだし……


「握りつぶすはずがない。ずいぶん顔が青い、桜のような色だったが──河童の一族ではなかったか」

 うなずく女は勝手に納得しているようだ。

 河童、河童ってさっきから……水沼漫画の妖怪少年を思い出しながら、怖がりながらもわたしはちょっとイラついていた。(全然、似てないし!)自分の顔面偏差値に特別自信もないけれど、妖怪系にシェアされるのは心外(かなり予想外)である。


「お前もさきほど、を妖怪と呼んでおったが?」


「へ、えぇぇ…ッ」わたしは激しく動揺した。言ってない! 今のは声に出して言った覚えはない。心に思い浮かべただけでなんで読まれてるんだ?

 妖怪──じゃないのなら、エヴァンゲリオンサイズのエスパーなのか、手に水かきのついたこの大女は。


「どうやら──」女はため息をついてから「わしを知らないと言ってみたり、妖怪と呼んだり、姿かたちはよく似ているがお前は……心の色やかたちからも、わしの逢った河童小僧とはちがうものらしい」とつぶやく。


 ところどころ話し方がおかしい。枝についた花の種類を言い当てるように、人の心の中も読みとれると言ってるようではないか。明らかに異常なことだ。

 そもそもわたしはハムスターより小さく縮んでいるし、南東北の四月の沼にずっと浸かっている女の白くなめらかな肌には鳥肌も寒えぼも寒冷蕁麻疹もはしってない。

 平然と裸で……あれ? 真っ裸で水泳なんてのが異常すぎ、何がどうなっているか少しでいいから事態を把握したい。


 令和の人間としての理性と好奇心が、加害されるかもしれない不安に打ち勝った瞬間だった。

「あなたの正体を教えて下さい! まず話はそれから」

 わたしはいつもの自分とそこも異質なボーイソプラノ(亡くなった弟に似た声)を張り上げていた。


「うむ、そうであるな。わしの境涯(一生の出来事)を語れば、思い出すこともあるやもしれぬ、何しろ百年会っていなかったのだ。生きとし生けるものに忘却はつきもの」


 いや、何年か経てば薄れる記憶もあるだろうけど、百年は長すぎだし、だいいち自分のことを忘れてるなんてありえないでしょうに⁉︎ と心の中でつっこみまくるのを、この妖しい女はそっくり聞きとどけたのか血玉珊瑚の唇に血をすったあとのような満足の笑みを浮かべ、宣った。


「わしは妙蓮という名じゃ。父が付けてくれた名は千夜だがその父が亡くなり預けられた門跡もついえてから妙蓮比丘尼として、仏の教えを説きながら多くの寺院をたより百年二百年と旅するうち──八百比丘尼と呼ばれるようになった」と、女は深く沁み入るような美声で手の中のわたしに語った。






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