俺の健康診断の結果ww

紫野一歩

俺の健康診断の結果ww

 健康診断の結果が返って来たので軽く目を通す。A~Eの五段階評価で、C以下を取ってしまうと個別に再検査が必要になるため面倒だ。しかし、俺は今まで悪くてもB判定で済んでいる。今年も大丈夫だろう。

「…………」

 俺は目を擦り、検査結果を三度見つめた。

 肝臓と腎臓の判定がWだった。

 W。

 Wって何だ。

 診断結果の説明欄を改めて読んでみるが、『E=直ちに再受診が必要です』以下の説明は書かれていない。Fの説明すらないのに、Wの説明があるわけなかった。

 再受診が必要なのかすらわからない。

 とりあえず病院に電話を掛けてみると、柔らかい声の女性が出た。

『はい、こちらA市健康管理センターです』

「あ、すみません。ちょっと診断結果で聞きたいことがありまして」

『はい。どのような事ですか? 肝臓の数値なんかは気になりますよね』

「細かな数値も気になるんですが、それよりも肝臓と腎臓の判定がWで」

『判定がW』

 繰り返されると、自分が間抜けな質問をしている気分になる。しかし現実に書かれているのだから仕方がない。

「どういう意味ですか? これ」

『Wは【笑い】の略のWですね』

「わら……え? 『ウケるww(わらわら)』みたいに語尾に付けて表現するあのWですか?」

『あのWですね』

「ネットスラングですよね? 診断結果に使うんですか?」

『言葉とは常に変わっていくものですから……』

 移ろう時代に対応するのは結構だが、こちとら自分の身体が心配なのだ。そんな前衛的な事をされても困る。

「それで、Wとはどういう意味ですか?」

『正常化バイアスってご存じですか? 大災害や大事故を目の当たりにした時に、笑ってしまう症状の事です。躁的否認などとも呼ばれたりしていますが』

「ああ。僕も交通事故を起こしそうになった時に、笑いが込み上げて来た事がありますよ。なんででしょうかね、あれ。死が目の前に来てるのに」

『それです』

「それ?」

『ええ。あなたの肝臓と腎臓を見て、医者が思わず笑っちゃった、という事です』

「……そんなに悪いんですか?」

『ええ』

「さ、再検査ですか?」

『というか早く病院に来てください。入院です』

 それから手続き関連の説明を二、三受けて電話を切った。

 もう一度、自分の健康診断結果を眺める。

 見間違いではなく、そこにはWの文字が刻々と記されている。

「嘘だろ……」

 呟いたあと、何故だか笑ってしまった。

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