第11話 たった1つの方法
「聡に余計なことを吹き込んでくれたね。おかげで計画が台無しだ」
そう言って、崇はしげるの前に立ちはだかった。言葉こそ丁寧だが、表情は苛立ちを隠しきれていない。幼い怒りを肌で感じながら、しげるは鼻で笑う。
「そりゃあ悪かったな。随分お粗末な計画だったから、つい」
「ひどいなあ。僕はただ、人をいじめるようなやつに裁きを与えているだけなのに」
「──森本の命を犠牲にしてか?」
悪霊の依り代になるというのがどういう危険性を持つのか。当然、崇は分かっていたはずだ。最悪人としての生を手放す結果になるのも。分かっていながら、聡の心の隙をついた彼を、しげるは許せなかった。
しげるの追及に、崇はやれやれとでも言いたげに肩をすくめた。物分かりの悪い子どもに教える時の調子で、彼は言う。
「正義を遂行するには、尊い犠牲がつきものなんだよ」
「正義? エゴの間違いだろ」
「まさか。僕が正義だよ。だって、強い者が語ることが正義でしょ? 僕の正義では、僕をいじめるやつも、僕の邪魔をするやつも、みーんな有罪だ」
崇の手がしげるの頭上にかざされる。衝撃に備えて、しげるはあおと聡を抱き寄せた。
「バイバイ」
崇は自身の霊気を思いっきりぶつけてきた。至近距離の攻撃に耐えられず、全員の体がフェンスの外まで投げ出される。
旧校舎は4階建てだ。このまま落ちれば、良くて全身骨折。悪ければ、死。窓ガラスを割って中に入ろうにも、距離が離れすぎている。しかも、聡と遊馬がかなり遠くに飛ばされてしまった。このままだと、全滅は免れない。考えている間にも、地面が迫ってくる。しげるは焦った。
「しげる!」
近くで名前を呼ばれ、冷静さを取り戻す。しげるはあおの手を引き、頭を庇うような形で抱きしめる。自分達のために命をがけで戦ってくれた彼女だけは、何としても守りたかった。
「しげる、聞いて! 皆が助かる方法が1つだけあるわ! 力を貸して‼」
「力を貸すって何を⁉」
「いいから! 手をよけて、私に顔を近づけて‼」
「こ、こうか⁉」
半ばパニックになりながらも、あおの指示に従う。すると、彼女もまた顔を近づけ。
えっ。そんな声は柔らかな唇によって制された。反射的に逃れようとしても、あおに両手で顔を抑えられる。
心地よい感触に、束の間しげるは状況を忘れてのめり込んだ。訪れたのは少しの官能と、すごい勢いで何かが失われる感覚。そこで初めて、しげるはあおの意図が分かった。
彼との口づけを受けて、あおの体はどんどん変化していく。手は大きく、胸元は豊かに、体は女性らしい曲線を描く。
唇が離れた時、あおは子どもではなかった。本来の鬼女の姿に変わっていたのである。
彼女は一瞬しげるに微笑むと、屋上から行燈を呼び寄せた。あおはしげるを連れて飛び乗ると、行燈を超スピードで動かした。地面にぶつかる寸前の聡と遊馬を、何とか受け止める。
全員の無事を確認すると、行燈は屋上まで一気に浮上した。こちらの様子を窺っていたのだろう。崇は信じられないという顔で、あおを見ている。
「霊気が増している⁉ 一体どうやって……!」
「あなたが森本くんにしたのと同じ。しげるに生気を分けてもらったのよ。おかげで、本来の姿に戻れたの。まあ、一時的だけどね」
黒く染まった空が鮮やかな青に塗り替えられる。形勢逆転。不利を悟った崇が後退するも、あおは許さない。
「人の命を、心を弄んだ罪を、その身で受けるがいいわ」
あおが宙に手をかざす。かつて彼女を見て生き残った者はいないと恐れられた、威厳のある声が唱える。
「我は青行灯。九十九の怪談を制する者」
その声に応えるように、九十九本のロウソクがあおの周りで円を描くように出現した。現れるそばからロウソクの炎が消え、彼女の右手に鬼火と化して集まってくる。「待って!」と崇が止めようとするが、止まらない。怒りを孕んだ声が命令を下す。
「悪しき怪談よ、去れ‼」
その言葉を合図に、鬼火が崇を飲み込んだ。彼は断末魔の叫びをあげながらもがくも、逃れられない。ジュッという音と共に、崇の体は灰となって崩れ落ちる。
壮絶な最期に、しげるは見つめることしかできなかった。改めて、今まで自分が接してきた相手が、強力な妖怪だと思い知る。
「……しげる」
遠慮がちに名前を呼ばれて、しげるは隣を向いた。澄んだブルーの瞳が物語るのは、しげるに対する気遣いと、ちょっとの不安。
親に叱られる前の子どもみたいな姿に、しげるは状況も忘れて吹き出した。姿が変わっても、何も変わらない。あおはあおだった。子どもっぽくて、妖怪のくせに人間よりも優しくて、しげるを誰よりも大切に扱ってくれる。
「あお、ありがとな」
しげるは自分にできる最大限の笑みで、彼女の健闘を称えた。あおは数秒ほどぽかんとしていたが、次の瞬間にはとびきりの笑顔を浮かべて見せる。
「どーいたしまして‼」
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