第7話 鍵は机上の花

「犯人は剛力達をひどい目に遭わせるのが目的だろ。だったら、犯行予告なんかしないで、不意打ちを狙う方が確実じゃないか。そこまでして花を飾る理由は何だ?」


 まるで盗み先にわざわざ予告状を送る怪盗のようだ。わざわざ標的に警戒を促すような真似をするのは不自然である。


 しげるの指摘は、あおにとって目から鱗だったようだ。何度も目を瞬かせていたが、ややあって彼女は答える。


「相手を怖がらせるのが目的、とか」

「それにしてはやり方が回りくどい気がするんだよな。怖がらせたいなら、他のやつがいる目の前で襲う方が簡単だし。しかも、俺が知っている限り、森本が花を置かれる嫌がらせをされたことはない」

「だとすると、花に関係があるのは森本くんじゃなくて、木内崇くんになるわね」


 その言葉を聞いて、しげるの脳に嫌な発想が浮かんだ。数ある嫌がらせの中で、花を供える行為が選ばれた理由。


「木内崇も嫌がらせの一環で、机の上に花を置かれたんだ」


 あおの顔がショックで歪んだ。か細い声が最悪な展開を言い当てる。


「……じゃあ、それを苦にして死んじゃったってこと?」

「少なくとも、死を選ぶ大きな要因にはなったんだと思う。わざわざ森本に指示を出して、復讐に組み込むくらいに」


 あおが唇を引き結んだ。瞬きをする度に、青い瞳に貼られた膜が揺れる。


 見ていられなくて、しげるはあおの肩に触れた。ポンポンと叩くと、こわばった体から少しずつ力が抜けていく。


 あおは「もう大丈夫」とでも言うように、しげるの手を肩から外した。次いで浮かべた表情には、悠久の時を生きる者特有の冷静さが宿っている。


「大体納得できたわ。ただ、新しい疑問が生まれたわね」

「新しい疑問って?」


 あおは人差し指を立てて説明を始める。


「幽霊も長い時間が経つと、自身の記憶が曖昧になってくるのよ。あれだけ強い怨念を抱いているってことは、復讐したいって気持ち以外忘れてしまっている可能性が高いわ。それこそ、自分を死に追いやった要因も」

「それなら、花を供えるってやり方にこだわっているのは」

「寧ろ、森本くんのはずよ」


 森本なら、自殺した木内崇の無念さ、怒りがよく分かるだろ。しげるが聡にかけた言葉が、脳内で現実味を増して響く。聡は崇に感情移入し、その無念を晴らすために、あえて花を供えるやり方を選んだのだ。


「でも、どこで木内崇の嫌がらせの内容を知ったんだ?」

「それが分からないのよね。新聞の記事には載っていなかったもの。何か別の情報源があるはずなんだけど」


 新聞の記事は文字数の規定がある分、要点を絞って書かれている。記事を読んだだけでは、いじめの内容までは分からなかった。となると、新聞よりも内部事情に詳しく、制限が少ない媒体から情報を得たのだろう。


「そんな都合がいいもの、どこで……」


 しげるは言葉を止めた。ドタドタと激しい足音が、真っ直ぐ書庫に向かってくるからだ。


 案の定、数秒後には勢いよくドアを開けて虎太郎が入って来た。片手にはなぜかファイルが握られている。


「ようしげる! こんな場所に引きこもってどうしたんだ! とうとう人間不信になったのか⁉」

「とうとうは余計だ。ていうか、どうしてここが分かったんだよ」

「森本に頼まれたんだよ。しげるがそこからずっと出てこないから、様子を見て来てくれないかって」


 聡の名前に、しげるの眉がわずかに上がった。虎太郎は気付いていないようで、「すげえ! 初めて見た!」と書庫の中を撮っている。持ってきたファイルは脇に挟まれていて、今にも落ちてしまいそうだ。


「トラ。そんな場所に挟んでいたら、ファイルが落ちるぞ」

「そうだな! すまんが持っていてくれ!」

「はいはい。友達使いが荒いことで」


 呆れながらも、虎太郎の脇からファイルを抜き取る。ファイルは透明になっていて、中身が透けて見えていた。ずらずらと並ぶ文字列を目で追うしげるに、虎太郎は得意げにガッツポーズを送ってくる。


「いいだろ? 今回のは自信作なんだぜ」

「「あーっ‼」」


 しげるとあおが同時に声を上げる。手がかりが今正に手の中にあった。

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