連れ歩ける仲間
小鳥の歌声と、人が行き来する音。
本日も、ミストルイン城下町は活気に満ちている。
道を行き交う人々。
果物を売り込む八百屋。
夜に向けて看板を準備する居酒屋。
カフェでコーヒーを嗜む私。
「世界は私がいなくても、変わらず回り続けるんだなぁ」
むしろシエル様に仕えている今、この街にとっては私こそが異物なのかもしれない。
シエル様は、私に傷付いてほしくない。
私はシエル様を助けたい。
なら別に、わざわざストーリーに絡む必要はない?
「いや、ストーリーを変えないと話にならない」
この後の展開を、攻略Wikiの内容を見て確認する。
『ハッピーエンド ルートのイベント発生場所と攻略チャート』
(中略)
『4.クエスト「要救助者の防衛」をクリアする
5.ミストルイン城下町のカフェで、子供を探す女性に話しかける
6.クエスト「校外学習の災難」をクリアする
※クリア後、魔王が登場するムービーが流れる
7.クエスト「魔王が住む地」をクリアする
8.クエスト「対魔王の装備開発 その1」「対魔王の装備開発 その2」をクリアする
※両方ともクリアする必要がある。どちらからクリアしても問題ない
9.クエスト「倒すべき相手」をクリアする
10.クエスト「堕ちた聖女」をクリアする』
(後略)
クエスト名に触れると、それぞれの攻略ページに飛ぶ。
だが、今は後回し。
「シエル様との衝突まで、まだ多少は時間が残ってるけど」
要救助者の防衛というのが、以前ラースベアーと対面したあの現場。
この後は
・校外学習に行った子供と教師が行方不明になり
・魔王が現れて
・魔王を倒すための防具を作り
・いざ魔王を倒しに行こうという段階で
シエル様が邪魔をすることになっている。
ゲームでは立て続けにクエストを受けられるが、ここは異世界。
多少のタイムラグはあるし、まだ魔王の出現は見ていない。
「私が見落としてるってことは、無いと思うんだけどなぁ」
一応、ラースベアーと戦って病院を出たあの日から、毎日カフェを覗くようにはしていた。
それらしい人は見ていない。
「いっそ聞き込みでもしたら?」
「いや、それじゃ不審者になる」
「そっかぁ。じゃあずっと待ってる?」
流石にそれは時間が勿体ない。
もういっそ、攻略Wikiの内容をシエル様に伝えてしまおうか。
今後起こることを全て話し、一緒に逃げてしまうのも悪くない。
「そうと決まれば」
「さっそく行動開始?」
「そうですね__?」
意見が纏まったところで、私は首を傾げる。
自問自答を重ねてたつもりだが、明らかに他の声が混じっている気がして……
「はろー」
「うわあああぁぁぁ!!」
右横に女性の顔が、吐息がかかるくらい近付いていた。
思わず椅子から転げ落ち、尻餅を付いたまま後ずさる。
「あっははははは! そんな驚く? ずっと居たんだけど」
「えっ、だ、誰、何!?」
黒いマント風のローブを背中にかけ、中には長袖の白いシャツ。
膝丈の黒いスカートにハイヒール。
ローブとスカートは、縁を飾るメタリックな赤色の装飾が施されている。
つばの大きな黒いとんがり帽子に隠れた、肩にかかるくらいのストレートヘア。猫のような瞳孔の瞳。
どちらも、燃え上がるような緋色。
「ゴメンごめん。人を探してるとか、独り言が漏れてたから。アンタ、あの聖女を追いかけてった物好きでしょ? すごい奇遇」
「ま、魔法使い様」
「お堅いねー。ライラでいいよ、アンタは?」
ライラトール・フレイニーズ。
愛称ライラ。
勇者に同行するキャラの一人で、炎魔法の使い手。
以前どこかで触れたが、この世界の炎魔法は最強クラスの火力を備えている。
そのため、それを主に扱うライラも最強キャラとして名を連ねていた。
この世界でも、町の人が噂するくらい活躍している。
何でも、勇者ですら手を焼く魔物軍団を一瞬で凪ぎ払ったとか。
「る、ルナです。ハルカナ・アノメル」
「ルナね! 覚えとくよ、出会った記念にはいピース」
「え、ちょ、ま」
慌ててポーズを決めようとするが、遅い。
ライラに肩を組まれ、内向きのカメラから光が焚かれる。
「勇者から話は聞いてるよ? 期待の新人なんだってね」
「そ、それはどうも」
「ところで何しにきたの? この店のオススメ教えたげよっか? 今日はいい天気だよねー」
「はっ、話の移り変わりが急すぎます!」
ルーレットを回したかのような話題のテンポに、思わずツッコミを入れてしまう。
「ははは、ゴメン! いっぱい喋りたくてさ、じゃあ最初は__」
ちょっとの制止では止まる気配がないライラ。
これは疲れると覚悟を決めたが、そこに救世主が現れた。
ライラの話を遮る、青年の声。
「そこに居るのはライラと、ルナか?」
「勇者様」
私たちの後ろから勇者が合流する。
ライラはそれを目視すると、一目散に勇者へ走る。
「あ、ブレイヴ! 今ちょうどルナと合ってさー」
「三行で説明しろ」
「来た! 見た! 仲良くなった!」
「そうなのか?」
「いえ別に」
「えー? ツーショット撮ったのに!?」
「ちょっとライラ、俺とお前のコーヒー買ってこい」
勇者に命令され、スキップで席を離れるライラ。
「よし。ルナ、今のうちに説明を」
「彼女の扱い、慣れてるんですね……」
結局、昨日から現在にかけての話を私から口にすることになった。
話を終えると、私に向かい合う勇者が考え込む仕草を見せる。
「ふむ、参ったな。ルナが戦わなくなるなら、取引の意味が無くなる」
私の右隣では、オレンジジュースに刺さったストローを囓るライラ。
コーヒーを買うよう言われていたはずだが、勇者は特に言及しない。
よくあることっぽい。
「あの女よく分かんないんだよね。ルミィの時も、仲良くなったと思ったら攻撃してさ」
「ルミィ……騎士様ですね」
シエル様と騎士の仲が良いというのは初耳だ。
生前のゲームでは語られなかった関係性が浮き彫りになり、少し興味がそそられる。
「アイツ、サイコパスだよ! 仲良くなった奴から順に、殴ったり見捨てたりするんだ!」
「ライラ、変な憶測を立てるな」
残念ながら、彼女から一つの話を集中して聞き出すのは無理そうだった。
「それで、どうしようか悩んでたらコイツに絡まれた訳か。悪いな、邪魔して」
「いえ、実際かなり煮詰まってたので。いい気分転換です」
「ふっふん、私ってば気が利く女」
勝手に活躍したことにして、勝手に胸を張るライラ。
彼女くらいポジティブなら生きやすいだろうな、と思う。
「それにしても、今がチャンスなんじゃない? ブレイヴもずっと引き抜こうとしてたじゃん、メイドのこと」
「おい、要らないことを話すな」
「あれあれ? お尻を狙ってるの、知られたくなかった?」
「マジでお前、一回黙れ」
勇者に睨まれ、ヒィンと悲鳴を溢しつつ両手を上げるライラ。
「あの、勇者様。私も何となく気付いてたので」
「見てねえよ!?」
「いえ、引き抜きの話です」
「あ、ああ。それな。うん、そうか」
どこか誤魔化すように視線を逸らす勇者。
私のケツを見ていたことも気付いてはいたので、特に言及はしない。
世の中の男性諸君、女性は気付いてるぞ。
「とっくにバレてるんだから、今さら去勢張らなくても__」
「テメエ…………」
ライラの隣まで行き両頬を引っ張りながら、勇者が苦笑いする。
「そうだな。もういっそ、俺たちの仲間になるのはどうだ?」
「いひゃい。ゆうひゃ、いひゃい(痛い。勇者、痛い)」
「このバカが言ったように、俺たちはお前を仲間にしたい。聖女から離れて俺たちと手を組むって選択も、ありだと思わないか?」
「本気ですか」
展開だけ見れば、悪くない提案に思える。
シエル様の敵となりうる勇者や、敵対のキッカケとなるクエスト。
それら全てに関わることができるのだ。
それでも、シエル様の元を離れないといけないのは辛い。
「そもそも、私なんかが入っていいパーティーではないでしょう」
「ふっ、謙遜するな。お前の実力は俺が保証するし、戦力だけで考えている訳でもない」
「と、いうと?」
「見ず知らずの人間を命懸けで助ける勇気。俺に教えを乞う向上心。そして教えを我が物にする才能。放置するには惜しい逸材だ」
勇者の褒め言葉にデジャヴを感じ、少し気持ちが暗くなった。
『貴女は優しい心の持ち主よ』
勇者より先に送られた、シエル様の称賛。
それでいて、私を咎める言葉。
(頑張るだけじゃ、シエル様の隣には立てない)
傷つかずに運命を変えられるほど、私は強くない。
どうするべきか悩んでいると、不意に声がかかった。
「あ、あの! そちらは勇者様で間違いないでしょうか?」
慌てた様子の女性が、勇者の肩を叩く。
「ああ。肩書き勇者だが」
「今日どこかで子供を見ませんでしたか? 十歳くらいの、小学生の子です」
眼鏡をかけたお団子ヘアの、四十代くらいの女性。
白いワイシャツにスーツみたいな材質のズボンという、フォーマルな印象を受ける服装。
「見てないな。今の時間は学校だろう、どうかしたか?」
「今朝、校外学習で西の森に子供達が向かったんです。そこで一人はぐれてしまったのですが、いくら探しても見つからなくて」
「何時頃から?」
「昼の四時に森の中で点呼を取った時には、もう」
街に取り付けられた時計へ目を向ける。
現在、午後の五時。
「西の森か、整備は進んでいたはずだが。ルナは何か心当たりあるか?」
「いえ、今日は朝からこちらで過ごしていたので」
それに、シエル様の隠れ家がある森は南だ。
西については、この世界ではほとんど行ったことがない。
「分かった、俺が捜索しよう。先生、その子の名前は?」
「ラスレジール・フレイニーズ。皆からはスレイちゃんと__」
「スレイ」
まだ頬を掴んでた勇者の手を払い、席から立つライラ。
その目からは、それまで見たことのない真剣さが滲み出ている。
「私の妹の名前。スレイ。今日、街の外に行くって言ってた」
「……そうか。ルナは?」
「同行します」
ここで行かないと、毎日張り込みをしていた意味がない。
それに、勇者の言葉を借りるなら、ここで彼らと会ったのも何かの縁だ。
勇者やライラと共闘することで、シエル様を救うヒントが見つかるかもしれない。
尤もそれは、私の未来を決定する選択でもあるが。
「決まりだな。先生、近くまで案内してくれるか?」
「はい! こちらです」
飲み物をその場に残し、私たちは女性の後を追う。
校外学習の災難、クエストスタート。
抗え、異世界に ~攻略Wikiを知ってる私は、バッドエンド確定聖女と幸せゴールインしたい~ ゲー魔ー導師 @zerosaza
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。抗え、異世界に ~攻略Wikiを知ってる私は、バッドエンド確定聖女と幸せゴールインしたい~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます