第五話 妖精との対話
■ 研究所の静寂
実験室の空気が、ますます張り詰めていく。
誰一人、言葉を発することができなかった。
実験室には、ブラックダイヤモンドが放つ淡い光だけが揺らめいていた。
桐生教授は腕を組み、難しい表情で呟いた。
「この現象は、これまでのどの研究記録にもない……」
「政府は、この石のことをどこまで把握しているんでしょうか?」
隼人の問いに、教授はゆっくりと首を横に振った。
その時――
ブラックダイヤモンドの表面が、ゆっくりと割れ始めていた。
「ッ……!!」
バキッ! バキィン!!
硬質な音を響かせながら、ひび割れが一気に広がっていく。
「後退しろ!」
桐生教授の叫びに、研究員たちは慌てて安全エリアへと避難した。
隼人と美咲も後ずさる。
そして――
次の瞬間、ブラックダイヤモンドが砕け散った。
その場にいた全員が、息をのんだ。
ブラックダイヤモンドの破片の中に、黒い霧が渦巻いていた。
霧の中から、ゆっくりと何かが姿を現す。
■ 目覚めた存在
研究室内は、張り詰めた沈黙に包まれた。
誰もが、目の前の光景に息を呑んでいた。
「……これは……」
隼人は、目の前の存在をじっと見つめた。
そこにいたのは、手のひらほどの小さな姿をした存在だった。
漆黒の髪と紫紺の瞳を持ち、繊細な羽をもつ少女だった。まるで妖精のようなーー
透き通るような白い肌。宙を舞う黒い霧。
ブラックダイヤモンドのように輝く羽をはばたかせている。
まるで、夜の闇そのものを纏っているかのような神秘的な姿だった。
しかし――
彼女の瞳には、まだ焦点が合っていない。
まるで、まだ完全に覚醒していないかのように、呆然とした表情を浮かべている。
「……まさか、本当に……?」
隼人は、信じられないものを見るように呟いた。
ブラックダイヤモンドの中には、生きた存在が封じ込められていた。
この存在が何なのかは分からない。
しかし――
確かに、そこに“妖精のような存在”がいた。
小さな妖精は、ふわりと光の中に浮かびながら、困惑した表情を浮かべている。
「ワタシ……ナニ?」
明確な言葉が、隼人の頭の中に響いた。
はっきりとした“言葉”だった。
「……!?」
「……話せるのか?」
隼人と桐生教授は顔を見合わせた。
「まるで、自分が何者か分かっていないような……?」
桐生教授は、慎重に観察しながら言った。
「この存在は、我々の言葉を理解しているようだな…」
「どうして、人間の言葉を話せるんだ?」
「…」
妖精は沈黙している。
隼人が思わず発する。
「……お前は……妖精なのか?」
妖精は、静かに首を傾げた。
「ヨウセイ……?」
どうやら、自分が何者なのかも分かっていないようだった。
隼人は慎重に問いかける。
「名前はあるのか?」
妖精は、一瞬だけ考えた。そして――
「……ノワール……」
「ノワール?」
隼人が、その名前を繰り返すと、妖精は小さく頷いた。
「ソウ……ノワール……」
■ 妖精ノワール
桐生教授は、興味深そうにノワールを観察していた。
「……どうやら、この存在は意思を持っているようだな」
「しかし、なぜ妖精が鉱石の中にいたのか……?」
隼人は、ノワールを見つめながら言う。
「ノワール、お前は、なぜここにいたんだ?」
しかし、ノワールは困ったように首をかしげた。
「ワカラナイ……ナニモ……ワカラナイ……」
「……記憶がないのか」
桐生教授は、静かに考え込んだ。
「この妖精は……もしかすると、長い間、ブラックダイヤモンドの中に封じられていたのかもしれない」
「でも、なぜそんなことが……?」
「それも、まだ分からん……」
隼人は、そっとノワールを見つめる。
小さな妖精は、不安そうにふわふわと浮かびながら、隼人の肩にちょこんと降り立った。
「……オマエ、ナニモノ?」
「俺がか?」
「ワカラナイ……ダケド……」
ノワールは、じっと隼人を見つめた。
「ワタシ……マモル?」
「……」
隼人は、驚きながらも、ゆっくりと頷いた。
「俺たちは、お前を守るよ」
ノワールは、小さく羽を震わせると、安心したように目を閉じた。
隼人と桐生教授は、改めてノワールの存在について考えた。
「この妖精の存在は、まだ未知数だな……」
「でも、彼女を研究対象にすることはできませんよ」
隼人の言葉に、桐生教授は微笑んだ。
「当然だ。これは、科学の枠を超えた存在だ」
ブラックダイヤモンドの謎は、まだ解けていない。だが、ノワールの存在により、“目覚め”は確かに始まった。
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