第2話

 とりあえず私は適当な言い訳を並べて逃げた。

 あのままだと間違いなく私は死んでしまう。

 実力に見合わないクエストを受注するのは自殺行為である。そんなの勇敢でもなんでもない。ただの馬鹿だ。推奨ランク『S』の依頼とかもってのほか。しかもドラゴン討伐って。私に死ねってか。もしかして私、弟子に嫌われてる? その説はある。ありまくる。


 ……あー、もうやだやだ。家に帰ろう。




 ギルドを飛び出した私はそのまま自宅へと足を踏み出す。

 一分くらい歩いたところだった。


 「…………」


 なんだか視線を感じる。

 最初は気のせいかなと思った。こんな私のことを見る物好きなんて私の弟子たちくらいなはずだったから。

 だけれど、この視線は気のせいとは言い難い、気のせいで片付けられるようなものじゃなかった。


 うーん、感じるな。視線。


 地面ばかり見て歩いていたが、仕方ない。

 顔を上げ、周囲を見渡す。


 近くにいる冒険者の大半が私のことを見ていた。

 ついに幻覚でも見えたかなと思って、目を擦る。目を瞑る。頬を叩く。なにをしてもやっぱり私のことを見ている。四方から見られていた。怖くて足を止める。なにこれ。もしかして命でも狙われてる? なんか恨み買うようなことしたかな。


 はぁ、と短いため息を吐いたのと同時だった。


 「ねぇ、あなたヴェルナー・エルデよね」「あっ、お前ずるいぞ」「抜け駆けとか卑怯な」「なによ。冒険者たるもの、他者を出し抜くのは当然でしょ」「ヴェルナーさん。

いやヴェルナー様。私も弟子にして〜」「はっ、俺も俺も弟子にして強くしてくれよ」「俺もAランク依頼達成したい!」


 私を囲むように冒険者たちは寄って集る。

 途中から声が重なり過ぎて聞こえなくなるほど、皆声を張り上げ、各々の主張を通そうと必死だった。


 噂を聞き付けた者たちが押し寄せてきただけ……ということがわかり一安心。命を狙われているってわけじゃなくて良かった。


 いや、でも。でもさ。


 「うぐっ……四方八方から押すな、押すな、し、死ぬ」


 片手を雲ひとつない澄んだ空へ向けて力なく突き上げる。

 そして埋もれていく私は徐々に突き上げた手を緩める。やがてそれは沈んでいく。まるで波に飲み込まれるように。


 あー、死んだわ。これ。死因、圧死。笑えねー。


 というか、待て。

 そもそもあいつら勝手に育っただけで、私なんもしてないんだってば。無関与である。あいつら適当なこと言ってるだけなんだよなあ。

 ってことで、逃げる!


◆◇◆◇◆◇


 とりあえずしっかりと準備を整えてどれくらい戦えるか、真の戦闘力を知っておくべきだろうと考えた。スライムと真面目に戦闘し、自分の実力を測ろう。


 最近は出来すぎた弟子のせいもあって、冒険者業をまともにやっていなかった。剣すら久しく握っていないという、冒険者に有るまじき惨状である。

 生きていく日銭を稼ぐために冒険者をやっていた。だが、お金は弟子たちが稼いでくるようになった。一応これでもここまで育ててやった。冒険者として育成した記憶は一切ないが、飯を食わせ、衣服を与え、屋根のある寝床を用意し、各々が鍛錬を積むのに不自由のない生活の場を提供していた。それは紛うことなき事実。そこに恩を感じているようで、稼ぎの一部を私に流していた。

 だからわざわざ危険を犯してまで冒険者をする必要はなくなっていた。お金が入ってくるのにそれでも冒険者を続けるのは相当腕のある者か、マゾスティックな性格の持ち主か、大規模な借金を抱えているかのどれか。無論私はどれにも該当しない。しがない弱小冒険者である。

 とにかくそういうわけで、自分の現状というものを見失っていた。弱いのはわかってるんだけど、どれだけ弱いのかがわからない。

 自分の実力を知らない状態で高ランククエストに無理矢理連れて行かれ、引き際を間違えて死ぬとか嫌だし。


 剣を腰に携える。


 「あれ、こんなに重かったっけ」


 ずっしりとした感覚。

 歩くだけで重心が剣のある方向に傾く。


 まだ街中にいるのにもう憂鬱になっていた。





 ギルドで薬草採取の依頼を受ける。

 一応これでも冒険者の端くれ。どうせ魔獣を倒すならお金になった方が良い。それが例え微々たるものであったとしても、だ。


 こんな弱小冒険者な私にも笑顔で嫌な顔ひとつせずに「お待たせしました」「それでは依頼を受注いたします」と懇切丁寧に応対してくれるギルドの受付嬢ち背中を見せて歩き出す。意味もなく虚構を貼り付けて。まるでこれから魔王でも倒しに行くような風格を醸し出しつつ。


 この前のスライムに対する敗北は……そう、準備整えてなかった故の敗走だ。うん、そう。あれはしょうがない。

 ちゃんと準備すれば、スライムに負けるわけがない。スライムに負けた冒険者とか聞いたことないし。駆け出し冒険者でも、冒険者資格のない子供でさえも勝てるのがスライムだし。


 負けるわけない。


◆◇◆◇◆◇


 森へとやってきた。数年前まではよく足を運んでいた森である。

 ここの森には魔素が多いらしく、薬草が自生している他の場所と比べて薬草が生えていた。だから、薬草採取のような低ランククエストばかり受注していた私にとってここの場所は故郷みたいなものであった。いや〜、懐かしいな〜とふらふら歩く。

 そんな私だからこそわかることがある。


――それは


 「森が悲鳴を上げている」


 違和感が私の中に芽生えていた。森に対する違和感だ。

 まるで森と会話している、みたいにかっこつけたが、この違和感には明確な理由があった。


 「おかしい。この辺にいるはずがないのに」


 地面にある足跡を眺め、しゃがんで顔を近付け、ボソリと呟く。そう、本来この場所にいるはずのない魔物の足跡があったのだ。

 この森の奥深くにはいるらしいが、こんな街と森の境のようなところに出てくる魔物ではない。


 「たまたま彷徨ってここまで来ちゃったとかかな。足跡は一匹だけだし、そう考えるのが自然かな」


 あまりネガティブな思考は働かせたくない。この場においてもっともマシである可能性でアンサーとする。




 薬草を採取しつつ、目的であるスライム探しをする。スライムは湿り気を好む傾向がある。いつもなら葉っぱの裏や、河原の近くに気持ち悪いほどいるのだが。今日はなぜかスライムがいない。まるでスライムだけ忽然と姿を消してしまったかのようであった。


 ある程度薬草を採取し終えた。

 これじゃあ薬草採取のクエストを受けただけになってしまう。本来の目的が達成できない。それは……困る。後日また来なきゃいけないとか、勘弁して欲しい。

 空を見れば、青かった空は薄暗くなっていて、鮮やかはは失われつつあった。

 タイムリミットも近い。


 「はぁ」


 嫌だなぁとため息を吐く。


 それと同時にぴょこんと目の前に現れた一匹のスライム。

 スライムには元気がなかった。ぴょこぴょこ跳ねてはいるが、いつもほどの跳躍力はない。なによりも不自然なのは単体で行動していることであった。スライムは基本群れる。単体で行動することは本当に少ない。はぐれたか、群れから追い出されたか、それとも仲間が殺されたか。


 「まぁ。いいや。手合わせ願おう」


 剣を抜く。重たくてそれだけでよろめく。踏ん張って、剣を大きく振りかぶる。そしてスライム目掛けて刃を振りかざす……のだが。振りかざした剣はさっきまでスライムがぴょこぴょこ跳ねていた地面に突き刺さる。スライムは軽々避けていた。


 「なっ」


 私はまた剣を振りかざす。だけれど、やっぱり避けられる。簡単に見切られてしまう。実力云々の前に攻撃を当てることができない。この展開はちょっと想定外だ。これじゃあ実力がよくわからん。いや、このよわりきってきるスライム相手に攻撃を当てられないようじゃ、その他の魔獣に勝つとか夢のまた夢。


 剣を振ればぴょんと避けて、剣を振ればまたぴょんと避ける。それを何度も何度も幾度となく繰り返す。惨めだった。たかがスライム。初心者冒険者が一番最初に討伐する魔獣だ。倒せて当たり前、そんな魔獣。それがスライム。


 その相手に……攻撃を当てることができず、四苦八苦している。なんて馬鹿げた話だと思った。


 「もういいや。私はスライムも倒せないクソザコナメクジってことで」


 なんかもう色々嫌になった。完全に投げ出す。


 てか、スライムって可愛いな。ぷるんぷるん震えてて。私の攻撃を懸命に避けて、だけれど攻撃はしかけてこなくて。

 よく見たら顔も可愛い。

 形だって気持ち悪くないし。


 「もしかして……仲間になりたい?」


 都合よく解釈して、近寄ろうとした。


 その時だった。

 私の後方から緑色の光が放たれた。それはとてつもないほどの高火力で。光線が通っていたであろう地面を抉っていた。光線が放たれた崎では大爆発が起こっている。言葉通りの大爆発。地面には隕石が落下したようなクレーターが生まれている。さっきまで飛び跳ねていたスライムは灰すら残らず消えてしまった。


 「あっあっ……あぁ」

 「ししょー! なにしてんのー! ばーんどーんってやんなきゃ!」


 光線が飛んできた方向からやってきたのは白銀色でウェーブのかかった髪の毛を上下に揺らすクラリッサであった。私の弟子の一人である。


 「いや、その、クラリッサ……」

 「ししょー、もしかしてスライムとあそんでたー? あそぶなら私と!」

 「いや〜、師匠っちごめんねえ〜」


 彼女の背中からひょこっと顔を出すのは青色髪ポニテのイルムガルト。彼女も私の弟子。


 「師匠っちがスライムとなんかまじやってんのはわかってたし。てか、多分スライムの生態調査とかしてたっしょ。まじあたし止めたんだけど、止まんなくて」

 「だって、ししょーきゅーにいなくなんだもん! なんかあったのかなってちょー心配してたらスライムとなんかしてたし、もしかしてピンチ!? って。そしたらばーんって殺すしかないじゃん」


 物騒な。誰ですか、こんな子に育て上げたの。私か。


 「ししょー、怒ってる?」


 クラリッサは不安そうに私の袖口をぎゅっと握って、上目遣いをしてくる。


 「怒ってないよ」


 彼女の頭を優しく撫でる。怒ってはない。むしろこの終わりのない戦いに終止符を打ってくれなクラリッサを褒めるべきだろう。


 「ほんと?」

 「本当、本当」

 「師匠っちさ、まじクラリッサに甘すぎっしょ」

 「そう? 皆を平等に愛してるよ、私は」


 しょうがないので、イルムガルトの頭も撫でてやる。そうすると満足そうに微笑む。「えへへ〜」なんて声をこぼしながら。こんなんで喜ぶのなら満足するまで撫でてやろう。


 「そーだ、ししょー」


 イルムガルトの頭に手を置いたまま、クラリッサに反応する。


 「どうした?」

 「グレタちゃんがね。ししょーの名前で依頼出してたよー」

 「……依頼って、あの、この前持ってたやつか?」


 推奨ランク『S』のドラゴン討伐。


 「うん。ししょーも一緒にドラゴン討伐〜! ししょーとードーラゴン〜」


 変なリズムで歌うクラリッサ。なに? 遠足でも行くの?

 というか出しちゃったんならもう逃げられないじゃん。


 「…………」


 いいよ。わかったよ。行くよ。付き合うよ。

 それで目に焼き付けろ。私の弱さを。布教せよ、私の弱さを。


 ……。


 って、強がってみたけれど。


 あー、死んだわ。


 私は多分今とんでもないくらい死んだ魚のような目をしている気がする。死んだ魚のようなじゃなくて死んだ人の目にならなければ良いな。

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