橋川くんに近づきたい!

田舎

橋川くんに近づきたい!



「なんか小学校の給食の時間みたいじゃない?」

 

 声を弾ませる菜々ななに、私は今、心底感謝している。


 4人分の机がひとまとまりになり、各々が次の動作へ移る中。


「あったな、みんなで机くっつけて食べるやつ」と笑う倉田くらたくんの隣、私の向かいの席へ腰を下ろす橋川はしかわくんへ、ちらりと視線を向ける。

 

 きっかけは、数分前に遡る。

 

 テスト一週間前の放課後。いつもテスト期間に通っている図書館が休館と知った菜々と私は、急遽教室で勉強をすることに決めたのだけれど。

 偶然にも先に教室でノートを広げていた男子2人に、菜々が「せっかくだから」と合同勉強会を提案してくれたのだった。

 

 私は、橋川くんのことが好きだ。

 

 菜々はそれを知っていて彼らを誘ってくれたのだろうけれど、菜々も菜々で、成績優秀な倉田くんに勉強を教えてもらう絶好の機会だと考えているらしく、既に倉田くんに相談を持ち掛けていた。


 ……菜々の行動力、私も見習わなきゃ。


 その意気込みのおかげか、橋川くんへアプローチするチャンスはすぐにやってきた。


「あ、シャー芯なくなった」


 カチカチとシャーペンをノックする橋川くん。すかさずペンケースの中から芯の入ったケースを橋川くんへ差し出す。


「私のでよかったら、これ使って」


 けれど、重要なことに気づいたのは差し出した後だった。


「ごめん、俺0.5なんだよね」

「そっか、ごめん……」


 私が使っているシャーペンの芯は0.3ミリだ。先週までなら橋川くんと同じ0.5ミリのものを使っていたのに、たまたま文房具屋で見つけたデザインの可愛さにつられて買い替えてしまったのだった。


 過去の自分に衝動買いはするなと一喝したい……けれどもうどうにもできないので、せめて少しは真面目に勉強しよう、と姿勢を正して数分。

 問題を解いている途中で、行き詰まってしまった。


「あの、橋川くん」


 ……わからないところを聞くくらいは、いいよね?


「この問題がわからなくて。橋川くん、わかる?」

「うーん……倉田の方が教え方上手いし、倉田に聞いてみたら?」

「えっ」


 言うが早いか、倉田くんを肘で小突く橋川くん。


梅原うめはらさんもわからない問題があって困ってるって。それ終わったら教えてあげて」


 その真剣な声を聞く限り、倉田くんの方が教え上手だと言ったのはきっと本心なのだろう。

 なのだろう、けれど。


 ……次こそは。

 と、ひとまず気持ちを切り替える。

 

 橋川くんのお墨付きの通り、倉田くんは板書も交えてわかりやすく教えてくれた。

 無事に問題が解けたところで、そろそろ帰ろうか、という雰囲気になる。

 トイレに行った倉田先生へのお礼も兼ねて、ということで、私は黒板消しを、残る2人は机を元に戻すべく動いていた。

 けれど長身の倉田くんが書いた文字は思ったよりも高いところにあって、背伸びをしてなんとか届く、という状態だ。

 助けを求めて振り返ると、ちょうど橋川くんと目が合った。

 

 これは、もしかして。


「椅子、いる?」

「えっ……?」

「橋川、そこはお前が黒板消し代わってやるところだろ」

 

 不意に聞こえてきた倉田くんの声にハッとする。

 掛けられた言葉が予想外過ぎて、思考が止まってしまっていた。


「そうか」


 別の意味で橋川くんもまたハッとしているようだった。


 橋川くんとしては、ちょうど椅子の移動中に視線が飛んできたから、私が椅子を使いたがっていると思ったのだろう。うん、きっとそうだ。


 結局、黒板は倉田くんが綺麗にしてくれて、勉強会は終了になった。

 今なら5分後のバスに間に合うかも、と早足で帰っていったバス通学の菜々と倉田くんを見送り、橋川くんと2人で昇降口へ降りた時には、既に外では大粒の雨が降っていた。


「そういえば今日夕方から雨だったっけ」


 傘立てから傘を抜き取った橋川くんに倣って、自分の傘を探す。


 けれど。


「梅原さん、帰らないの?」

「それが、傘がなくなってて……」


 傘立てに残っている傘を1本ずつ確認してみるけれど、そこに自分の傘はない。

 確かに朝ここに入れた記憶はある。派手な傘ではないから、きっと誰かが間違えて持って行ってしまったのだろう。


 こんな時に……。


 今ならまだ購買が開いているかも、と時計を見ようとした時。


「これ、半分使う?」


 橋川くんが掲げていたのは、さっき傘立てから取り出していた自分の傘だった。


「え、でも」

「梅原さんなら、いいよ」


 それはどういう……と考えかけて、はたと思い至る。


 橋川くんの言葉に、深い意味はないのだろう。多分、駅までの道が一緒だとか、購買で傘を買うのがもったいないとか、そんな背景に違いない。


 それでも、私にとっては特別だ。だってこんな貴重な機会、そうないだろうから。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 私の返事に表情を緩める橋川くん。


「やっと梅原さんに喜んでもらえた」

「え?」

「梅原さん、今日何回も浮かない顔してたから」


 思わず足が止まる。


 私、顔に出てたの?

 というか橋川くん、私のこと見てたの?!


「梅原さん、早くしないと雨止んじゃうよ?」

「あ、うん」


 促されるまま慌てて傘に入るけれど、情報の整理が追いつかない。


 ……ん?


 傘を差す必要がなくなるのだから、雨が止むのはいいことなのではないだろうか。


 橋川くんの顔を見上げるけれど、思ったよりもその距離が近くて息が止まる。


 そんな私の隣で、橋川くんは嬉しそうに傘を握っていた。


─終─

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橋川くんに近づきたい! 田舎 @i-na-ka

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