消したかった誤解
シアンのマシンガントーク、突然話を振られて少しばかり焦ってしまった。
虚空を見つめながら、よく通る声で、ブツブツとしかしハッキリ喋っていたので、ワンチャン独り言の線もあるなと思い、別の事に思いを馳せていた。
「ほう、その別の事とは何かね?」
幼馴染みとの小粋な会話を放棄してまでするなんてよ~、
さぞや深いいお話を聞かせて頂けるんですよねぇ~?
輩のような台詞を吐くシアンから視線を外す。
「別の事、って言うのはちょっと違うか……」
「俺が考えていたのも、引船さんの事だよ」
は? 引船?
「何よ、別の事って言いながら結局アタシの話聞いてたんじゃない」
逆張り?
良くないわよ、そーゆーの。
嗜めるように話すシアンに俺は言葉を返す。
「違げーよ、オマエのは引船さんのことが嫌いって話だろ」
「俺は、あの人の腹の中を考えてたんだよ」
その言葉を聞き、目を見開くシアン。
「腹の中(はらのうち)って、……何かエグめのエロ単語っぽいわね」
やるわね、ゼンタ。
俺の軽蔑の眼差しは、相当なモノだったらしい。
腰を直角に曲げた、見事な謝罪の姿勢だった。
「それで?」
「アノ女の思考なんて考えてどうするの?」
「アンタの見たまんま、ハーレム野郎との恋愛に関することしか考えてないと思うわよ?」
仮定の体を取ってはいるが、シアンはそうに決まっていると言いたげな口調で話す。
「まぁ、オマエはそう考えるよな」
でもな、
「俺は、ちょっと考えついちまったんだよ」
引船カレン。
前橋レンの幼馴染みであり、
前橋のハーレムメンバーのリーダー。
けれど、もしかして、
彼女は、
「引船カレンは、ひょっとしたら、」
「前橋の事を、」
「既に見限っているんじゃないのか?」
俺は、自分の考えを口にした。
騒がしく鳴く蝉の声が、その瞬間だけ止んだ気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「詳しく聞かせて貰える?」
「アノ女が、前橋を見限ってるなんて想像をした、その理由を」
アタシは目の前の幼馴染み、真盾ゼンタに対して問う。
アノ女が前橋を?
あり得ないでしょ、
いっつもアノ男の隣にべったりくっついてる粘着女よ?
「アタシにはさっぱり想像がつかないわ」
「別に確信がある訳じゃねぇよ」
「ただ、彼女が前橋の味方なんだとしたら、」
「腑に落ちない事がいくつかあったんだ」
ようやく陽が落ち始め、徐々に周囲がオレンジを帯びていく中、ゼンタは考えを口にする。
「俺が前橋の流した噂を解くために、話し合いをしようとした時、俺は放課後の空き教室で話をしようと提案した」
「あんまり大きい声で話したい内容でもないし、向こうだって寝取られたなんて話題、恥でしかないだろ?」
「でも、引船さんはそれをよりにもよって昼の食堂なんて場所で行った」
「アンタら二人の押しが弱いだけじゃない?」
「否定はしないが、場所を食堂にする理由がない」
「それに、前橋との問答でアイツがハーレム野郎だって明らかになった時、彼女は前橋に対して注意もフォローもしなかった」
「オマエの言うように、普段から引船カレンが前橋のために動いているのだとしたら、」
「あの時の彼女は、その行いを放棄しているように、俺は思う」
「むぅ……」
そう言われると、そうかもと思ってしまう。
正直、「アノ女、そこまで考えてないんじゃね?」と言ってしまえばそれまでなのだが、それはなんか、面白くない。
「それと、ちょっと聞きたいんだけど」
「ん? 何よ?」
「オマエが前橋の胸ぐらひっ掴んで振った時の話なんだけどさ」
「あぁ、ごねるようなら顎を砕くつもりだったわよ?」
「いや、当時の心情とかは聞いてな砕けるの!?」
「ボクササイズ教室、通ってるからね」
ニヤリ。
「オマエも通ってんのかよ……」
「そうじゃなくて、俺が聞きたいのはその時のハーレムの事だよ」
「ハーレム……、あぁ居たわね、アイツらの周りに有象無象が4人ばかり」
「急に口悪くなるじゃん……」
「いや、その4人の有象無象がどんな風だったかを聞きたいんだよ」
どんな風……?
「巨乳のチビ眼鏡、モデル体型の金髪ギャル、日焼けした体操服女、目の下に隈のできた不健康そうな喪女」
「まぁ、全員見た目はよかったわね」
綺麗とか、可愛いとか、エロいとか、マニア受けとかの違いはあるけど。
「約1名すごい癖の強いのが居たような気がするが、そうじゃない」
外見とか分かんねぇよ。
ゼンタが少し不機嫌に言う。
「雰囲気だよ、その4人は前橋に対して、どんな風に接していたかを聞きたいんだ」
雰囲気……、
そういえば……。
「……、4人とも、あんまり楽しそうにしてなかったわね」
「仲良さげに会話はしてたけど、携帯見ながらだったり、メモに何か書きながらだったり」
「……今思えば、好きで集まってるよりも、」
「義務感でそこに居るみたいな感じだった……かも?」
そうか……。
と、アタシの言葉を聞いて考え込むゼンタ。
「もう一つ聞きたいんだが、」
「前橋がオマエに告白した日」
「周りには2人以外に誰か居たか?」
続けて聞いてくるゼンタ。
「告白の日?」
「あ~、居たわね、結構」
あいつ、アタシの教室に来て呼び出しもせずにその場で告白してきやがったから。
勇気あるなぁ、と思ったし、初恋ですって言われたから、ついついOK出しちゃったのよね……。
「多分、その場に引船さんやハーレムの連中も居たんだと思う」
「その告白の日までは、引船さんも、ハーレムメンバーも、前橋の事が好きだったんだと思う」
「けど、前橋は引船さんでも、ハーレムのメンバーでもないシアンに告白をした」
「しかも、初恋なんて言わなくてもいい単語を付けて」
「普通に考えて、恋から醒めるには十分じゃないか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アノ女の恋が、とっくに醒めていた……?」
俺の考えを聞いて、シアンは考え込む。
「じゃあ、仮にそれが真実だとして、何で引船は、前橋の隣に居続けたの……?」
「引くに引けなくなってたんじゃね?」
身も蓋もないことを言ってしまった。
でも、俺の頭ではそれ以外の答えが思い付かない。
引船カレンは、前橋レンの幼馴染みだった、何歳からの付き合いかは分からないが、ひょっとしたら、生まれた時から、なんて可能性もある。
ともかく、彼女にとっては前橋レンの隣に居る事は当然のことだった。
だが、彼女は前橋の隣に居る事に苦痛を覚えるようになってしまった。
別の女の事が好きな男の隣などに、誰が居続けたいと思うのか。
けれど、長い間ずっと居た場所を離れるのは大変なことだ。
それが、人間関係に依るものであるなら尚更だ。
だから、彼女は理由が欲しかった。
ごく自然に、当然の事のように、
前橋レンの傍から離れることのできる理由が欲しかった。
ふと、もう一つの可能性が思い浮かぶ。
ひょっとしたら、あの告白の日よりも前から、彼女は離れたかったのかもしれない。
何せ、アノ男は気持ちが悪い。
だとすれば、彼女が前橋レンの事を好きだなんて認識は、
引船カレンにとって、
余りにも酷い、不名誉な誤解だ。
もしかしたら、引船カレンはその誤解を消してしまいたかったのかもしれない。
前橋のハーレムを作ったのも、
シアンへの告白を黙って見ていたのも、
シアンとの破局に介入しなかったのも、
寝取られなんて噂による、俺とシアンはおろか前橋本人にもダメージがある話し合いを、衆人環視のなかで行ったのも、
引船カレンが、前橋レンから離れるための理由作りだったのかもしれない。
「まぁ、全部想像でしかない訳だがね」
「台無しだよバカやろう」
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