話をした

 お昼時、腹を空かせた学生達でごった返している筈の食堂で、俺達の座るテーブルだけ相席を頼む人が現れないのは、恐らく俺達がこれから話し合いをするという雰囲気を感じ取り、遠慮をしてくれているのだろう。


 決して、俺の不名誉な噂が周囲の人々にまで広まっている訳ではない。

 その筈だ、そうに決まっている。


 「それで、だ……」


 俺は食堂に入る際に購入した野菜サンドイッチを脇に置き、 


 「君、誰?」


 目の前の《女子生徒》に尋ねる。


 「引船カレンといいます~」

 

 レン君の幼馴染みです~。

 

 そう言って柔和に笑う彼女は、自分の隣に座る人物に慈愛に満ちた、母性的な視線を向ける。

 

 前橋レン。


 黒髪黒目、童顔ぎみな面立ちの中肉中背の男子生徒。


 俺の幼馴染みの元カレであり、

 俺に元カノを寝取られたなどという噂を流した糞野郎であり、

 放課後に二人だけで話をしたいという俺をなぜか自分の幼馴染み同伴で食堂まで連れてきた訳のわからない男である。


 「……」


 本当に訳がわからない。


 何? コイツ何がしたいの?

 普通こういうのって根も葉もない噂を流された俺に話し合いの日時や場所の決定権があるんじゃないの?

 なんで昼なの?

 なんで食堂なの?

 なんで他人を連れて来ているの?

 て言うか引船カレンさん?

 この人もなんでここに居るの?

 二人で話がしたいって言ったじゃん、

 なのに、

 「それじゃあ~、もうお昼なのでぇ、食堂でお話しましょうかぁ~」

 ってこの人が決めちゃったし、

 俺もなんでか付いて来ちゃったし、

 あ~、もうメチャクチャだよ!

 

 あまりにも不可解な状況にマシンガン混乱をしながら、俺はとにかく話をすることに意識を向ける。

 っていうかさっさと話を終わらせてこの二人から離れたい。

 

 「まず聞きたいのはさ、」


 「なんであんな噂流したの?」


 とっととこの状況を終わらせたい俺は、単刀直入に答えを聞くことにした。

 もう場所とか時間帯とかどうでもいいわ。


 「? あの噂って?」


 殴ってやろうか。


 「……っ、俺と、あんたの、元カノがって話で、す、け、ど!?」

 

 歯を食いしばって話を進める努力をする。

 

 クール! ビークールよ!

 こんなヤツ相手に暴力事件なんてアンタのボクサー人生が終わってしまうわ!


 ……。


 あっ自分、帰宅部です。


 

 心を落ち着ける為、脳内で小芝居を展開している間に、引船さんが前橋に俺に関する噂を語ってくれた。


 ……、お前が流した噂じゃないの?


 「あぁ、そのことか……」


 「うん、言ったのは僕だね」


 お前が流した噂じゃねぇかよ。

 なんでリアクション薄いんだよコイツ。


 「別に、噂を流そうと思って喋った訳じゃないんだ」


 前橋が言うには、俺の悪評をばら蒔いてやろうというつもりは無く、彼女と別れたことを友人に愚痴っていたら、話の流れが下ネタへとシフトして行き、


 彼女と別れたのは彼女が経験済みだったから。

 ↓

 彼女には男の幼馴染みがいる。

 ↓

 ソイツと彼女はイタしたんだろう。

 ↓

 えっ!? 寝取られってこと!?


 という流れで友人と盛り上がっていたら、近くにいた人に聞こえてしまい、今に至るらしい。

 

 「そんな妄想、人目のある所で語り合うんじゃないよぉ!」 


 「えっ違うの!?」


 「信じてんのかよ!!」


 悪い意味でタダ者じゃないわコイツ。


 「改めて言うけど、俺は前橋、アンタの元カノを寝取ってなんかいない」

 「でも、マリが言うには……」

 「どちら様!?」

 「レン君の《オトモダチ》でぇ、新聞部の女の子です~」

 「あ、そう……」


 なんか今、引船さんの言葉が……。


 「それにミチルだって……」

 「誰だよ!」

 「文芸部の後輩ですね~、とっても《おはなし作り》が上手なんです~」

 「ユミさんも言ってて……」

 「誰よその女!!」

 「漫研の先輩ですぅ~、いつも漫画の《ネタ》を探してるんですよぉ~」

 「サヤカも……」

 「引船さん!!!」

 「待って、その人私も知らない」

 「「ヒェッ」」


 と、まぁ色々と聞いた結果、俺は1つの結論を確信した。


 前橋レン。


 コイツ、ハーレム野郎だわ。


 コイツの友人、女子しかいねぇもん。


 その事実を理解すると同時に、コイツと幼馴染みが破局した理由にも納得がいった。


 「アイツ、ハーレム系の話大っ嫌いだもんなぁ……」


 「あぁ~、やっぱりですかぁ~」


 思わず口から出た俺の言葉に反応を返す引船さん。

 

 「知ってたの?」


 アイツの嫌いなもの。



 「お友達、ですから~」



 そう言って、柔らかな笑顔を引船さんは見せた。

 お友達、というその言葉には、さっきの女子生徒達の説明に込められていた含みなど、欠片も感じられなかった。


 ハーレム嫌いなアイツが、ハーレムのメンバーと友達になるなんて。


 珍しいこともあるもんだと1人思っていると。



 「どっちかって言えば、《警戒対象から外れた》が正しいんじゃない?」



 そんな言葉が、後ろから聞こえた。


 「なんだ、来たのか」


 俺は振り向かずに声をかける。


 よく知っている声だった。


 「そりゃまぁ、来るわよ」


 子供の頃から一緒だった。


 今回の噂によって、俺と同じ、いや、俺以上の不名誉を被った人物。


 俺の幼馴染みにして、目の前のハーレム野郎、前橋レンの元カノ。


 剣条シアン



 「今日、お弁当忘れちゃったからさ」



 彼女は、俺にそう言った。


 



 

 

 

 

 

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