君との距離

安里海

君との距離

爆音を轟かせながら低く飛ぶ戦闘機。

Yナンバーのトラックが行き交う58号線。ドル表示の中古車屋。フェンスの向こうはアメリカ。

湿った空気の中、ごちゃごちゃと入り組んだ路地を抜けると、花ブロック塀の先に、熟れすぎたパパイヤが重たそうに揺れていた。


午後五時。

まだまだ陽は高く、刺すような光が肌を焼く。


俺は親友の勇樹と自転車を漕いでいた。

目的地は中部の岬。

「ペルセウス座流星群を見に行こう」

そう言って誘ってきたのは勇樹の方だった。

俺が断るわけがない。そんな誘い。


スポーツブランドのロゴが入ったリュックには、ブルーシートに寝袋、水筒、タオル、虫除けスプレー。

まるで小さな旅のような準備をして、俺たちはこの夏の夕方を走っている。


一時間ほど走った先、海に突き出した岬に到着した。

空と海の境界が、にじむように美しい。


「風、気持ちいいな」

勇樹が笑った。

その笑顔に、胸がきゅっとなる。


──いつからだろう。

ただの親友だったはずの勇樹に、こんなにも心が揺れるようになったのは。


「あ、そうだ。天体観測アプリ入れてきたんだ」

勇樹に笑いかけながら、スマホを見せる。


「見せてよ」

勇樹が覗き込んでくる。すぐ隣に。顔が、近い。


キスまであと5秒。

そんなことを思ってしまう自分が、情けなくて、でも止められない。


汗ばんだ勇樹の匂いが鼻をかすめた。


──俺、なにしてんだろう。


「このアプリさ、空にかざすと星座とか自動で表示されるんだ。GPSも使ってて……」


「北斗七星も?」


「北斗の拳じゃないんだから」


「じゃあ、M78は?」


「それ、ウルトラの星!」


勇樹が笑う。俺も笑う。

この時間が、ずっと続けばいいのに……。


けど、俺の想いを勇樹に知られたら、この笑顔は見られなくなる。

だから、言えない。

言わない。


ブルーシートを敷いて、寝袋を広げ、その上に二人で並んで寝転がる。


「なあ、お前、進学とか考えてる?」

ふと、聞いてみた。


「えー、まだ高校入ったばっかじゃん。お前は?」


「うん……県外に行けたらいいなって思ってて。バイトとかして、少し貯金とかしとこうかなって」


『この想いから、逃げるために』


心の中で続けた言葉は、唇からこぼれ落ちなかった。


「なんで県外? なんかやりたいことでもあんの?」


「いや、なんか……いざって時のため、みたいな?」


「なにそれ、意味わかんねーよ」

勇樹が笑うけど、その声が少しだけ寂しそうで、俺の胸に刺さった。


──ごめん。

お前の隣にいるために、親友のふりをしてるんだ。


手を伸ばせば、届く距離。

でも、届かせてしまったら……この関係は壊れてしまう。

だから、俺は手を組んだまま、頭の下に敷いて、夜空を見上げた。


ようやく空が暗くなり、星たちがひとつ、またひとつと瞬き始める。


「うわ、全然違う。来てよかったな」


勇樹の目が、きらきらと星を映している。


「ほら、アプリ。使っていいよ」


俺はスマホを差し出す。


「……一緒に見ようよ」


勇樹が、すぐ隣に来る。


「……うん」


もう、声が震えそうだった。


満天の星の中、尾を引くように流れ星が落ちていく。


「いつまでも、一緒にいられますように!」


勇樹が、願いごとのように空へ叫んだ。


「……なんだよ、それ」


俺は笑いながら、勇樹の横顔を見た。


「大好きだよ。俺と、いつまでも一緒にいてくれる?」


勇樹がそう言って、そっと顔を近づけてくる。


キスまで、あと5秒の距離を超えて……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君との距離 安里海 @35_sango

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ