第9話『夜になると、押入れのぬか床がざわつく』

 うちの家には、なぜか押入れにぬか床がある。


 祖母の遺言だった。


「ぬか床は生きてる。押入れで静かに育てなさい。冷蔵庫に入れるような、軟弱な育て方をしてはいけません」




 当時は冗談だと思っていた。


 ***


 でも、最近……夜になると、ぬか床がざわつく。


 ***


 最初は“気のせい”だった。


 でもある夜、「ポコ……ポコポコ……」という音に目が覚め、

 押入れのふすまを開けた瞬間――


 ぬか床が、こっちを見ていた。


 いや、“見ている気がした”じゃなくて、マジで目があった。


 ***


 翌朝。

 中に漬けていた大根が、足になっていた。


 2本足。スネ毛つき。絶対男物。


 ***


 それ以来、押入れのぬか床はどんどん自己主張してきた。


 勝手に糠を追加している(しかも高級なやつ)


 ぬか漬けの横に名札が立てられている(「ラディッシュくん」など)


 夜中、ラップ音とともに“野菜たちの集会”が開かれている気配がある


 ***


 僕は恐る恐る、ぬか床に話しかけた。


「……あの、何かご不満でも?」


 ぬか床はぷくりと泡を立て、ぬるぬるとメモを吐き出した。


《もっとキュウリを。あと、冷蔵庫のピクルスどもを追放せよ》


 ***


 ああ、ぬか床……

 おまえ、漬け物界の革命を企んでるのか。


 ***


 今日も、押入れのふすまの前にそっと小皿を置いて眠る。

“満足していただけますように”と願いながら。


 ***


 なお、今朝の朝食は、

“ぬか床が漬けたと思しき卵焼き”が出てきた。


 味はやさしい。でも、目玉焼きみたいに見てきた。


 ***


 完(そして今夜も、押入れからポコポコ……)

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