剣従のルベルク ――剣と始めるテイマー人生

フェイス

期待外れ

 身が、心が、魂が錆びて朽ちていく。


 居場所を失った者に救いの手は伸びてこない。


 誰も必要としていない。


 消費される物としての価値を果たすしかないというのに。


 あぁ――誰か、こんな……に……ための価値を……。


   * * *


「――ゴードラッタ、前に出て注意を引くぞ! ミレーネはその間に魔術の準備を!」


「「了解!」」


 パーティのリーダー・レオンは白く輝く直剣を構え、真っ先に今回の討伐対象――氷蜥蜴ひょうとかげの元へと駆け出した。


 当然、ただの蜥蜴ではない。人の数倍の大きさはある体躯に加え、背中の氷柱鱗による攻撃は一つでもまともに喰らえば必死は免れない。そんな代物を氷蜥蜴ひょうとかげは惜しげもなく放出してくる。


 雨の様に降り注ぐ氷柱鱗。当たった木々は風穴を空け、自重に耐えきれず倒壊する。


 そんな光景を前にしてもなお、レオンは飛来する氷柱鱗を何なく往なし、斬り落とし、その刃を鱗の隙間から突き刺した。


 痛みが気に障ったのか、激昂する氷蜥蜴ひょうとかげは氷を纏った尻尾を槍のように振るい、レオンのいた地面に亀裂を入れる。


 間一髪のところで回避したレオンだが、氷蜥蜴ひょうとかげはそのまま尻尾をレオンの喉元へ向けて放つ。


「うぉぉぉぉぉ!!!」


 割って入る様にして、ゴードラッタが氷蜥蜴ひょうとかげの一撃を自前の盾で受け止める。


「――『激情の焔ヴォルカニック・フレア』!」


 パーティの魔術師・ミレーネが開戦直後から詠唱していた炎魔術が放たれ、動きが止まった氷蜥蜴ひょうとかげを見事に捉えた。


 誰よりも前に立って戦うレオン。そんな彼をサポートするゴードラッタ。パーティの火力を補うミレーネ。皆が自分の役職通りに動き、己の役割を全うする。


 そうして続く激しい戦闘を俺はただ、後ろで見ているだけ。


 お飾りの杖を強く握りしめて――。


   * * *


 その後もいつも通りの戦闘が続き、最後はミレーネが最大火力の魔術をぶつけて氷蜥蜴ひょうとかげの息の根を止めた。


「これで依頼完了だ。素材を取って戻るぞ」


「あぁ、それなら俺がやるから。皆は出発まで休んでてくれ」


 俺は率先してモンスターの元へ駆け寄り、小刀を取り出す。


「そうか。なら、後は任せたぞ」


「よろしくね〜! あ〜疲れた〜」


 俺以外の三人は近くに転がる石の上に腰掛け、暫しの休息を摂る。その時、ゴードラッタが使う斧が鈍く輝くのが見えた。


「ゴードラッタ、後でその斧見せてくれないか? 今の戦闘で斬れ味が落ちてるかもしれない」


 ゴードラッタは背中に収めた斧を取り出して様子を確かめると、唸り声を上げる。


「確かに……言われてみれば、少し刃先が脆くなってるかもしれん」


「分かった。街に戻ったら直しておくよ」


「ん〜……。いつもとどこが違うのかさっぱり分かんないや。ルベルク、よく気づくよね」


 隣に座るミレーネが斧の刃先を不思議そうに眺める。


「……まぁ、これくらいしか取り柄がないからな」


 俺は氷蜥蜴ひょうとかげの素材を取り終え、袋に詰める。それを見たレオンが「そろそろ行くぞ」と一声かけ、俺達は街へと戻った。


   * * *

 

「こんにちは! こちらはギルド、依頼管理受付です。本日はどうされましたか?」


「氷蜥蜴の討伐依頼を受けたレオンだ。依頼完了の報告をしに来た」


 レオンが依頼内容の記された紙を提示すると、受付の女性はカウンターから控えを取り出して照合し始める。


「……はい。確認しました。それでは、討伐を証明出来るものを提示していただけますか?」


「分かった。おい、ルベルク」


 名前を呼ばれ、俺は背負っていた袋の中身をカウンターにぶちまける。氷蜥蜴の皮や鱗など、剥ぎ取れるものは全部取って持ってきた。


「ありがとうございます。少々お待ちください」


 受付の女性は拳二つ分ほどありそうな分厚さの本を卓上へと広げ、氷蜥蜴氷蜥蜴ひょうとかげの鱗を一つ手に取った。


「――『検索サーチ』」


 握られた氷蜥蜴の鱗が僅かに光る。


「…………情報、『氷蜥蜴ひょうとかげの鱗』と断定。合致率……九十五パーセント……」


 そう小さく呟いた後、受付の女性は目を開いて再度こちらへ向き直る。


「ありがとうございます。確認が取れましたので、これにて依頼は完了となります。こちらの素材はギルドで換金されますか?」


「あぁ、頼む」


「かしこまりました」


 受付の女性は氷蜥蜴の素材が入った袋を両手で抱えて奥へと消えていく。


 暫くして女性が帰ってくると、袋は片手で軽々持てるくらいに小さくなっていた。


「こちらが今回の報酬になります。ご確認ください」


 レオンは袋を受け取って中を確認するとその場を離れ、ギルドの一画に設置された酒場へと赴く。


「――おっ、リーダー。戻ったか」


「あ! 見て見てリーダー! 今の依頼でまたランク上がったよ!」


 先に酒を呷るゴードラッタと、自身の冒険者証を自慢げに見せるミレーネ。二人を相手しながらレオンは席へと座る。


「皆、まずは依頼ご苦労だった。まずは報酬の分配をするぞ。ミレーネも、ちゃんと席に着け」


「はーい」


 レオンに諭され、机に乗り出していたミレーネは椅子に腰かける。俺も座り、レオンが報酬を配るのを待った。素材も全て換金したから、合わせて三十万くらいだろうか。


「ルベルク、お前の取り分だ」


 そうしてレオンから手渡された報酬はいつも以上に重く圧し掛かった。


 明らかに額が多い。不審に思った俺は嫌な気配と共に顔を上げる。


「――今日限りで、お前をこのパーティから追放する。文句はないな?」


「…………」


「俺達のパーティも大分成長して、難易度の高い依頼も受けられるようになった。パーティへ入りたいって声を掛けてきた奴も多い」


「いくらテイマーとしての能力があっても肝心のモンスターがテイム出来ない。そんな無能を、いつまでも置いておく気は俺にはない」


 レオンの言葉は俺の心に深く突き刺さった。


 彼の言葉に傷ついたのではない。


 彼が語ったことは全て、嘘偽りのない事実。それが、何よりも耐え難かった。


「……分かった」


 俺は荷物の中に渡された金を突っ込んで、足早にギルドの外へと向かう。何も言い返せない無様な自分をこれ以上、皆の前に晒したくない。


 ――正直、期待外れだった。


 ギルドを出る直前、かつての仲間の口から出たその一言を俺はただ背中で受けるしかなかった。


   * * *


「…………ねぇ、ホントに良かったの? ルベルクのこと、あんな風にして……」


 ミレーネは気まずそうにしながらも他二人の顔色を伺う。


「今言った通りだ。アイツは俺の期待する程の実力じゃなかった。実力のない奴は、俺のパーティには必要ない」


「で、でも…………」


「よせ、ミレーネ。レオンの言う通りだ。下手に同情して実力の離れた相手をパーティに引き留めても、それはお互いのためにならん」


 ゴードラッタの発言、そこに含まれた意味をミレーネは察して口を噤んだ。


「……俺たちはもっと力をつけなければならない。お前らも、気を緩めるなよ」


 レオンの鋭くも決意に満ちた一言を受け、パーティメンバーたちは改めて気を引き締めるのだった。

 

   * * *

 

 昼間の晴れとは一転、雨に打たれながら街を歩く。


 今回のパーティ追放は何も唐突に起きた訳じゃない。レオンの言う通り、俺は無能――あのパーティでは明らかに役割のないお荷物だった。


 俺の職業「テイマー」はこの世界に数多存在するモンスターを使役テイムして戦闘を行う。


 モンスターをテイム出来ていないということは、剣士が己の振るう剣を握っていないのと同じ。ただの丸腰だ。そんな奴に価値があるなんて、誰が口にすると言うのか。


「……そうだ。仕方のないことだったんだ……」


 テイマーになって一年、俺は碌に結果を出せなかった。自分の価値を証明することが出来なかった。


 なら、こうして見限られ、捨てられるのも仕方のないこと――。


 ――ダンッ!


 立ち並ぶ家の壁に拳を何度もぶつける。拳の皮が捲れ、中の鮮血と肉が露出するが、それでも拳の痛みより胸の痛みの方が何十倍も痛かった。


 この地域に生息しているモンスター全員にテイムを試した。他のテイマーに頭を下げ、テイムの方法やモンスターについての知識も出来る限り頭に叩き込んだ。


 やれることは全部やった。だが、それでも結果はこの様だ。


「なら、俺はどうすればよかったんだよ……」


 俺の心を大振りの雨が冷ましていく。


 絞る様に出した怒声も雨音の中へと無価値に消えていった。


   * * *


 いつまでそうしていたのだろうか。雨が鬱陶しいと感じた辺りだろうか。フラフラと行く当てもなく街を彷徨う。


 頭に過ぎったのは、これからのことだった。


 今更生産系の職に就くのは技術的に厳しい。かといって、何処かのパーティに入れてもらえるとは思えない。寧ろ、例え荷物持ちとしてでも一年もパーティに居させてくれたレオン達の方がおかしいくらいなのだ。


 となると、残った選択肢は二つ。


 一人で冒険者を続けて依頼を受けるか、日雇いの労働をするか。


 正直、依頼の報酬と比べれば日雇いで得る賃金は雀の涙に等しい。選択肢は二つだが、結局答えは一つしかなかった。


「……ん?」


 雨が急に弱まったかと思えば、気づけば路地裏へと入っていたらしい。湿った空気と埃っぽい臭いが人気のなさと相まって悲壮感を漂わせる。そこに立つ自分も、さぞこの景色に溶け込んでいる事だろう。


 そのまま路地裏を歩いていると、壁に立て掛けてあった金属の棒に足を引っ掛けた。


「これは……」


 元に戻そうと手に取ったそれはただの金属ではなかった。柄だ。錆びだらけではあるものの、先端まで目を通すとどうにか剣の形は留めている。


「……こいつも、捨てられたんだな」


 状態を見るに、武器としての寿命を迎えた訳ではない。恐らくは、これに変わる強力な武器を持ち主が手に入れたことでお役御免となったのだろう。


 いつからここに捨て置かれ、雨風でその身を朽ちさせてきたのか。そんなことを考えていると、屋根に溜まった雨水がぽつんと剣を打った。


 荒れた身を伝い、柄まで流れた雫は涙となって俺の手へと落ちる。


 俺は打ち捨てられた剣をそのまま捨て置くことが出来ず、両手に抱えたまま路地を後にした。




【あとがき】

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