ハロウィン・ナイト


 濃紺の夜空にスワロフスキーの粉末を砕いたような星が輝き、黄色味がかった満月が昇る


 今宵、あの人に逢えたなら……


 

【ハロウィン・ナイト】


 

 街中がハロウィンで賑わい、今年も子供達が可愛らしい仮装をしてお菓子をねだりにやって来る


――『Trick or Treat!!』


 あちこちの家の玄関先で子供達の声がする


 お化け・小悪魔・吸血鬼……


 子供だけでなく、大人たちもすっかり仮装の虜


 ジャック・オー・ランタンに灯りを点し、悪霊を追いやり先祖の霊を導く


 少し肌寒くなってきたこの季節


 町のとある家だけは、他所と違ってひっそりとしていた


 玄関先に灯りの点されたジャック・オー・ランタンはあるものの、子供達も今年はこの家へはお菓子をねだりにやって来ない


 片田舎にあるこの小さな町の風習で、昨年のハロウインから一年間の間に家族の誰かが亡くなった家へは悪戯もお菓子をねだりにも訪れてはいけない決まりになっていたからだ


 それは、亡くなった故人と共に静かに過ごす時間を送って欲しいと言う意味が込められていた


 良く手入れのされた室内の調度類のあちこちには真鍮製の小さなランタンが飾られ、中に入れたロウソクの炎がガラス越しに真鍮の金色を更に渋い色合いに映していた


 テーブルの上にはお菓子の詰まったバスケット


 マフィン・クッキー・ミニタルト……


 どれも、この家の主が好きだった物ばかり


 それを挟んだ向こう側には、温かなかぼちゃのスープが湯気を立てている


 その湯気の経立つスープの置かれた椅子の対面側に座って、一人の老齢の夫人が主の帰りを待っていた


 耳の下で一つにまとめられている白い髪は、若かりし頃には見事な金髪であったろう名残りの色がうっすらとロウソクの灯りに浮かんでいる


 独りで生活し始めてから一年になる彼女の目は、昨年亡くなった夫の姿を探していた


――『必ず帰ってくるから、待っているんだよ?』


 残して逝く妻の事が気がかりだったのか、それとも、独りになっても安心させる為か……


 夫からの最期の言葉は、彼女にそう告げられて終わった


 丁度、去年のハロウィンの事だった……


 今年は一人で飾り付けた室内を眺めたり、夫との思い出を思い出したりしで時間を潰す


 先祖の霊を敬い、家に招き入れ……その時一緒に出てきてしまう悪霊や精霊を追い払う


 いつの間にかお菓子と仮装がメインになってしまったが、夫人の夫は昔ながらの伝統を楽しみたいと言ってハロウインの日は家の灯りはロウソクと暖炉の火だけにして、日付が変わる十二時にはその火を全て消して回り彼女と二人で先祖と良き精霊が訪れるのを楽しんでいた


 子供っぽい所のある夫だったが、お互いに長い年月を楽しく過ごしてきた


――"やっぱり、独りは寂しいわね……


 夫人はそう思ったが、こればかりは埋められない寂しさだ


 後は時間が解決してくれる


 そんな事を思っていた時、僅かに玄関のドアが開く音が聞こえたような気がして顔を上げる


――パタン……


 ドアが閉まる


 静かに開けて閉めるこの癖は、夫がよくやっていた


――"まさか!?……本当にあのひとが帰ってきたの?"


 玄関からリビングに続く廊下に目をやる


 廊下とリビングの間には磨りガラスのドアがあり、夫は帰宅後そこで必ず帽子を脱いでから入ってきたのだが……


 廊下に吊ってあふランタンの灯りにうっすらと人影が映る


 その影は被っている帽子を取って壁のフックに掛けるとスウ-ッ……と、リビングへ入ってきた。


(間違いないわ、あのひとよ。あぁ、貴方……)


 夫人の瞳に涙が浮かぶ


 怖くはなかった


 何せ逢いたかった自分の夫なのだから、怖いよりも嬉しさの方が込み上げてくる


 涙を拭い、テーブルを見る


『やぁ、ただいま。待っていてくれたんだね』


 姿は見えない。が、紛れもなく夫の声がする


 夫人は何度も何度も頷いて、嬉しそうに微笑んだ


「えぇ……えぇ、ちゃんと待っていたのよ。待ち遠しかったわ……お帰りなさい」


 見えない夫に向かって微笑むと、テーブルの上に置いてあるお菓子の詰まったバスケットがコトッと、小さく音を立てた


――"帰ってきてくれて有難う"


 感謝を胸に、夫人は暫くテーブルの方を眺めては微笑んだ


 

 時間が過ぎ、翌朝を迎えても家の中に夫の気配はまだあった


 夫人は嬉しくなり、夫に話しかけながらその日一日を久し振りに楽しく過ごした


 彼が亡くなる前は、常にこんな風に色々な事を夫と話しながら生活していたのだ


 この日は食事も二人分用意し、夫が好きだった曲をかけ、似合うと言ってくれた服を着て過ごす


(なんて、幸せな一日なのかしら)


 夫人は最初はそう思ったが、時間が経つにつれてまた、寂しさが募ってくる


 今日が終われば夫は帰ってしまう


 けれど、折角帰ってきてくれたのに自分が沈んでいては夫も気掛かりで帰れなくなってしまうかもしれない


 彼を困らせたくはなかった


 あえて気丈に振る舞い、一日を楽しむ


 姿こそ見えないが、そこに――確かに夫は傍にいてくれている


 そうして……


 返事は返してくれないが長い一日を夫と語らい、日付が変わろうとしている頃


 二人で気に入っていたソファーでウトウトとしていた夫人の耳元に、夫が優しく語りかける


 -『一緒にいられて楽しかったよ。また来年、来るからね』-


 夫人はハッとして目を覚ましたが、その瞬間、玄関のドアが開く音がした


 慌てて彼女は玄関へ向かい、閉まっているドアを開ける


 誰もいない


 満天の星空が煌めき、ほんの少し欠けた丸い月が昇っていた


「行ってしまったのね……」


 そう、ポツリと呟いた時


 一陣の風が吹き、玄関ドアの左右に置いてあったジャック・オー・ランタンのロウソクの灯りが消えた


 ハロウィン・ナイトの幕が下りる


 寂しい……


 けれど、きっと夫はまた来年も帰ってきてくれる


 夫人はそう思うと、少し楽しみが出来た


 来年は子供達も、お菓子をねだりに家を訪ねて来るだろう


 夫の分も含めて沢山お菓子を作らなければ……


 そんな事を思いながら、夫人は家内へと入る


 

――"もう大丈夫、寂しくないわ"


 

 来年の事を考えながら、夫人は静かに就寝に着く


 来年も、貴方に逢えるのだから……


 -END-

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夢の途中 旅の彼方 あけぼの こう @usabinrand

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