デフォルメ

デフォルメ


デフォルメ

 

 長かった一日も終わり、他愛もない話をしながら職場の後輩と最寄りの駅までの道を歩く


 彼女とは歳が近い事と可愛い雑貨が好きと言う共通点で仲良くなり、お互いに仕事を手伝ったりしながら仲良くしている


 自分的には妹が出来た様で嬉しいけど、果たして後輩がどう思っているのかは分からない


「あ!…先輩、可愛い露店がありますよ?」


 声を掛けられ後輩の視線を追うと、何時もは殺伐とした通りの空きスペースに…いつの間にか雑貨の露店が出ていた


 簡易式の屋根の着いた木製の露店


 吊るしてある電球の淡いオレンジ色の光がレトロな色合いで、仄かに店の商品を照らし出している


 何となく好みの雰囲気だった

 

「ちょっと覗いて行こうか?」


 私が笑顔でそう言うと、後輩も嬉しそうに頷いた

 

 2人で露店に引き寄せられるようにして店先に立つと、店先には可愛い小物が陳列されていた


「色んな物がある…可愛いね」


「見てると欲しくなりますよねぇ」


 そう言いながら2人で品物を眺める


 品物は……ストラップやキーホルダー、コインケースなどのちょっとした小物類が並んでいた


「あっ……」


 その中で、私はある物に眼が行った。


 コロンとしたフォルムが可愛らしい、ベージュ色のうさぎのキーホルダーが一つ


 つぶらな瞳で、まぁるいデフォルメされたデザインが可愛い


 まぁ……大体、うさぎは元々デフォルメされたような丸いフォルムだけど、それが可愛いのだ


 このうさぎのキーホルダーはよく見ると背中の部分がファスナーになっていて、ちょっとしたアクセサリーくらいなら入りそうだった


 ピンク色の立ち耳が、買って欲しそうにこちらの様子を窺っているようで愛らしい


「先輩、うさぎ好きですよね。それ、可愛いです」


 後輩は自分で気に入ったグリーンのグラデーションデザインのビーズストラップを既に買う気で手にしながら、私の視線の先を追っている


「可愛いよねぇ……欲しいんだけど……」


 何時もなら買っているのだが、先日、カバンに着けていたお気に入りのうさぎのストラップを何処かで失くして、かなりガッカリした経験をしていて…また失くしたくないと思ってしまう気持ちが先に出る


 後輩が会計を済ませている間も暫く悩んだが、やはり買うまいと決めて出し掛けていた手を引いた


「辞めちゃうんですか?……こう言う時って、次は同じ物に逢う機会がないから買わないと後悔しますよ?」


 彼女に言われて、確かに一理あるとは思ったものの……


「……辞めておこう」


 私はそう言って、後ろ髪を引かれながらも露店を後にした



 (やっぱり買っておけば良かったかなぁ……)


 先日、露店で見かけたうさぎのキーホルダーの事が頭から離れず、後輩に言われた『買わないと後悔する』と言う言葉が身に染みていた


 その後輩の残業分の書類処理を手伝いながら、あの後あの露店へ行ってみたものの店がなくなっていて、更にモヤモヤが募っていた


「先輩…すみません……」


 人数のいない零細企業とは言え、社長から提出した書類にダメ出しを喰らってかなり凹んでいる後輩が申し訳なさそうに私にそう声をかけてきた


 慌てて私は首を振る


「良いんだよ、私もこの前手伝って貰ったじゃない?お互い様って事で」


 私がモヤモヤしているのを、この後輩が自分のせいだと思ってしまったのなら申し訳ない


 もし、この機嫌の悪さの理由を話すと

 

ー「やっぱり言った通りでしょ?」ー


 と、彼女から返されそうでバツが悪くなりそう


「後少しだよ、二人で早く終わらせちゃおう」


 そう言うと私は再びパソコンへ向かった


「先輩、有難う御座います」


 後輩も作業を再開する


 そうして……予定よりも早く作業が終わり、2人で帰ろうと後片付けをしていると、後輩が私の元にやってきた


「先輩、今日は助かりました。有難う御座います……これ、ほんの気持ちです」


 そう言って小さな包みを私に寄越す


 この後輩はこうして何かちょっとした事を手伝うと、必ず私にお礼と言って何かをくれる事が多かった


 毎回、可愛らしい『ほんの気持ちです』と言うラベルのマステを付けては、お菓子や付箋をくれる


「気は使わないでね?って、毎回言ってるけど?」


 笑いながらそういうと、彼女も笑顔で


「ほんの気持ちですから。って、毎回言ってますけど?」


 と返してくる


 そうして2人でひとしきり笑ってから、私は包みを有り難く受け取った


 花柄の可愛い小さな紙袋は、触るとまぁるいコロンとした手触りだった


「先輩!早く行かないと電車間に合いませんよ!?それ、部屋に帰ってから開けてくださいね?」


 そう言われて、慌てて荷物をまとめて彼女と駅へ向かう


(このフォルム……)

 

 部屋へ帰って、包みを開けるのが何だかとても楽しみだ……



~END~


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る