幽泳禁止区域
幽泳禁止区域
「海人さんはよ、お盆には潜らねぇんだ」
「それは怖い話か?やめてくれ、怖いのは苦手なんだ」
「まぁまぁ聞けって、役に立つかもだぜ?」
「俺に何の関係があるってんだ?海も川も泳ぐことさえ嫌いなんだ。役立つ訳ないだろ」
「お前、彼女ができた時彼女が海行きたいっつったらどうすんだよ?...できねぇのか。そりゃそうだよな。すまん」
「もうぜってぇ聞いてやんねぇ。じゃあな」
「わかった。すまねぇって」
「はぁ。仕方ない。聞いてやる」
「そうこなくっちゃな」
「早く話せ」
「んで、さっきの続きだ。何で潜らねぇと思う?」
「霊に連れてかれるからか?」
「あぁその通りだ。本題はこっからだ。これは、俺の従兄弟の話だ」
「従兄弟ってのは、従兄弟の友人の話ってことか?」
「いや、従兄弟自身に起きた話だ」
「従兄弟の友人の話であって欲しかったね」
「従兄弟はその日。お盆に、友人4人と海水浴へ行っていたんだ。さっきお盆に潜らねぇのは霊に連れてかれるからかって言っただろ。実際のところ、お盆に泳がない方がいい理由は、クラゲが成体になる時期でもあるからだ。あ、あとよく地獄の釜の蓋が開くってよくいうよな」
「へぇ、そうなのか。てか、地獄の釜の蓋が開くって何だ?」
「収取がつかない災が起きるとか、混乱が起きるとか、そういう意味なんだとよ。だが、地獄の鬼も休む日だから、俺たちも休もうって意味が本当だって説もあるらしい。調べてたんだけどよ、めんどくさくなっちまって、よくわかんねぇ」
「後者であって欲しいな」
「そんで、従兄弟たちは、クラゲに刺されないために、ビニールボートで遊んでたんだ。しばらく経って、遊泳区域を区切るテトラポットの側に来ていた。従兄弟はもう20を超えて、酒を飲める年齢になったばっかりで、大量の酒が回っていたらしい。ハイになっていたらしく、好奇心でテトラポットをボートを5人で持って、乗り越えたらしい」
「そん時怪我しなかったのかよ」
「そこは聞いてねぇからわかんねぇ。ボートを乗り越えさせて、5人でまたボートに乗って進もうとした時だった。さっきまで落ち着いていた波が急に激しくなった。落ち着いていたと言っても、遊泳禁止区域だ。元から荒くはあったが、それがさらに荒くなったんだ。」
「…」
「んな、黙りこくるなよ」
「いや、別に言うことがないんだよ」
「こっからが、山場だ。荒波に飲まれて、友人1人が、海に落ちたそうだ。海から顔を出した友人は、異様な焦りを見せていた。ボートに足をかけては、滑らせボートに乗り込めないでいた。従兄弟達は、その友人を引っ張り出してやろうと、友人の体を掴んだ時だった。友人の体は、さっきまですんなりと持ち上がっていたのにも関わらず、急に持ち上がらなくなった。それどころか、海に引っ張られていった。友人の顔は真っ青で、もはや何を喋っているのかすらわからない程に叫んでいた」
「な、なぁこの話やめにしないか?」
「何言ってんだよ、今1番盛り上がるところだろ。」
「それ、実際にあったことなのか?」
「わからねぇ」
「嘘なんじゃねぇのか?」
「じゃっ、話を続けるぜ」
「おいっ!待てよ」
「友人4人で引っ張って、なんとか友人をボートに乗り上げることが出来た。水面を見ると、無数の人影が、視界に入った。その人影全ての顔もしっかり見えたって。ボートを乗り捨てて、テトラポットを無我夢中で登って、岸に向かって泳いでいった」
「クラゲいるんじゃねぇのかよ?」
「んなこと、恐怖にかき消されたんだろ」
「テトラポット登るだけで、わざわざ泳ぐことなかったんじゃないか?」
「恐怖で考えが鈍ってたんだろ」
「お、おう」
「クラゲがさっき言ったように、大量にいる。5人とも全身を刺されながら、必死に泳いだ。視界に入るクラゲ全てに、テトラポットの外で見たのと同じ顔が浮かんでいたんだとよ。岸についてからも、あちこちに顔が見え続けていた。しばらく砂浜を走った頃だった。看板が見えた。その看板を通り越した時、突如として顔が見えなくなった。止まった瞬間にどっと疲れが込み上げて、立つことすらままならなくなった。後ろを振り向いても、顔はもう見えなくなっていた。看板には幽泳可能区域と書かれていた。看板の裏には、幽泳禁止区域と書かれていた」
「従兄弟が怖がらせるためのほら話か?」
「はらとも言い切れないのは、従兄弟が全身をクラゲに刺されていたってとこだ」
「誤って海に入って、全身刺されちまったから恥ずかしくて創ったつくり話かもな」
「どっちにしろ、真相はわかんねぇ」
「クソ、地味に怖いじゃねえか。何で今海にいんのに、んな話すんだよ。帰ろうぜ」
「ちょっと待てよ」
「痛ってぇ!んなとこに看板なんてあったか!?」
「どうした」
「?...幽泳...禁止区域?」
「やっと、入ってくれた」
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