宜《うべ》 ホラー短編集

ZIN

無自覚

無自覚

今日も気を引き締めて仕事場へ向かう。やる気がある訳ではないが、ただミスをして怒られるのは勘弁だ。


ここは県で3番目に大きい駅だ。車掌、この仕事を初めてもう5年となる。


「よぉ、緑葉りょくば


馴れ馴れしく私に声をかけてきたのは、運転士の黄岩きいわだった。この男は初対面の時から馴れ馴れしく、この男が嫌いだ。しかもこの男とはペアになることが多く、参っている。今日のペアもこいつだ。


仕事の時間だ。列車が発車し、アナウンスを入れて、切符を確認しに行く。乗客からスムーズに切符を受け取りスタンプを押していく。


後2両で確認が終わるという頃。1人の男性の乗客から体調不良を訴えられた。


容態は吐き気と頭痛がするそうだ。私は早急に運転室に戻り、ビニール袋と嘔吐物を固める粉を持っていき、渡した。ギリギリ間に合い、嘔吐物はビニールの中に収まった。


ビニール袋をに目をやった時、視界の端に目を疑うようなものがあった。すぐさま、男性乗客の足首に視線を向けた。両足の左側面に、裁縫で並縫いをした時の様な、間隔で目の模様がある。私は不思議に思った。


他の箇所にもないかと、乗客の体全体を見回した。すると手の甲にも、服の裾から連なって目の模様が等間隔で体に刻まれている。刺青かと思ったが、妙に茶色でパッとしない色なので違うだろうと自己完結した。


なら何かの病気の後遺症などかと疑ったが、こんな症状あるのだろうか?


結局有力だと思えるような考えは浮かばなかった。かと言って、その模様が何かと問い失礼にあたっても嫌なので、聞かずに終わった。


その後は何事もなく仕事が終わった。


次の日またペアが黄岩だった。本人の目の前でため息をついてやった。


「どうした?悩みでもあんなら聞いてやろうか?」


「いや、いい」


黄岩は面倒臭い奴だが、決して性格が悪い訳では無い。自分で自分が面倒な奴だと気づいてないだけだ。


昨日の目の模様が入った人のことは、もうほぼ頭になかった。いや、どうせ解消しないこのなので、忘れようとしていたのだろう。


昨日と同じ、いつも同じ作業、出発し、アナウンスを入れ、切符を確認しに行く。


そして、後3両で確認が終わるという頃、体調不良を訴える、大体50歳くらいの女性の乗客が現れた。


(2日続けて、体調不良の客がいるとはな)


「容態はどうですか?」


「気持ち悪くて、吐き気がして、頭痛もするんです...」


(全く昨日と同じ乗客の容態だな)


昨日と同じように、ビニール袋と嘔吐物を固める粉を持ってきた。


「ありがとうございます」


そうお礼の言葉を貰うと、その言葉を発してすぐに、女性は嘔吐した。今回もギリギリだった。


昨日の乗客の目の模様が頭を過ぎる。女性乗客の足首に目をやった。そこには全く昨日と同じ等間隔で、茶色でパッとしない色の、目の模様が刻まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る