第37話 昼休みと守りたいもの?
午前の試合が全て終わり、体育館やグラウンドを支配していた熱気と喧騒は、昼休みに入り、いくらか落ち着きを取り戻していた。
皆はそれぞれの教室に戻ったり、中庭のベンチに座ったりして、弁当やパンを広げている。
勝ったクラスの歓声や、負けたクラスの反省会の声が、あちこちから聞こえてくるのだ。
俺たちのクラス2年B組は…まあ、女子バレーが惜敗したものの、結衣のいる女子バスケは初戦を突破したらしく、全体としてはまずまずの雰囲気だった。
俺は自分の席で、購買で買ってきた焼きそばパンを頬張りながら、午後の自分の仕事に思いを馳せていた。所謂、後片付けである。
「ねー健司、聞いた? バスケの次の相手、A組だって! 強敵だよー!」
隣では、結衣が興奮冷めやらぬ様子で午後の試合への意気込みを語っている。
午前中の試合で疲れているはずなのに、体力おばけは健在らしい。
「そりゃ大変だな」
俺は適当に相づちを打つ。
そこにもはやお約束のように、彼女が現れた。
「お、二人ともお昼? ご一緒してもいいかな?」
橘だ。手には、彩り豊かなサンドイッチを持っている。
「席、空いてるよ」
俺が答える前に結衣が橘を促す。
橘は「さんきゅー」と言って、慣れた様子で椅子を引き、俺たちの輪に加わった。
「いやー、しかし午前のバレー、惜しかったねー」
橘はサンドイッチを頬張りながら、軽い口調で切り出した。
「西村会長、足、相当痛そうだったけど、すごい頑張ってたじゃん」
「うんうん! あかり、マジでかっこよかった!」
結衣も興奮気味に同意する。
「でもさ……」
橘は、言葉を切ると、教室の隅の方に視線を向けた。そこでは、西村会長が、バレー部のチームメイト数人と一緒に、静かに弁当を食べている。一人だけ、表情が硬く、あまり箸が進んでいないように見えた。
「エースがああなっちゃうと、チームもきついよね。午後は出られないんでしょ? 西村会長」
橘に決して悪気はないのかもしれない。
純粋な感想なのだろう。だが、その言い方が、俺には少しだけ引っかかった。
「……仕方ないですよ。怪我してるんだから」
俺は自分でも驚くほど、少しだけむっとした声で答えていた。
「それに、会長がいなくても、チームのみんな、すごく頑張ってました。午後の試合だって、きっと…」
そこまで言って、俺はハッとして口をつぐんだ。
なんで俺が、こんなに必死になって会長やチームを庇うようなことを言っているんだ?
ただのサポート係のくせに。
俺の剣幕に橘は少しだけ目を丸くして、それから、フッと面白そうに口角を上げた。
「……へえ。健司くんって、意外と熱いところあるんだね?」
「ち、違う! 俺は別に……!」
顔が熱くなるのを感じながらも、慌てて否定する。
隣では、結衣がニッヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでいる。その顔には「はいはい、ごちそうさま」と書いてある。くそっ、こいつ……!
「まあ、でも、西村会長があんなに落ち込んじゃうのも、分かる気はするけどね」
橘は、俺の慌てぶりを楽しむように話を続けた。
「完璧なあかりちゃん、って感じだったもんねー。ちょっとしたミスとか、自分のせいで負けた?とか、許せないタイプなのかも」
「……橘さん、会長のこと、よく見てるんですね」
俺は、少しだけ皮肉を込めて言ってみた。
「んー? まあね。綺麗な子とか、面白い子とか、観察するのは好きなんだ」
悪びれもせずにそう言って、カメラを軽く撫でた。結局、昼休みは橘のペースで会話が進み、俺は終始、彼女と結衣に振り回される形で終わってしまったのだ。
そして、俺の心の中には、さっき自分が口にした言葉と橘に「熱い」と言われたことへの戸惑いが、奇妙なしこりのように残っていた。
俺は、西村会長のことを、どう思っているんだろうか。
ただのクラスメイト?
面倒な相手?
それとも……。
守りたい、とでも思っているのだろうか。
あの、完璧な仮面の下にある、不器用で、脆くて、でも一生懸命な彼女を。
(……いやいや、考えすぎだ)
俺は、ブンブンと頭を振って、雑念を追い払った。
そろそろ午後の部も始まる。
俺はサポート係としての仕事に戻らなければ。
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