瀬見『青い自転車』

 僕のアパートの下には、誰のものとも知れない青い自転車がある。いつからそこにあるのかは、僕にもわからない。

 たまに、猫がそのサドルの上で寝ていた。猫は自転車に乗らない。でも、乗りたがってるような気がした。小さな、灰色の猫だ。そいつはそこが自分の持ち物であるかのような顔で、静かにこちらを見た。


「君、猫だよね?」


 僕はその灰色の子猫に話しかける。


「たぶん、そう」


 彼、または彼女は言った。


「それ、君の自転車なの?」


 僕は訊ねる。


「たぶんね。わたし、スカートを靡かせて、二本足で漕ぐのよ」


 どうやら、女性性に近い思考の持ち主のようだ、とわかった。これからは彼女と呼ぶことにする。


「君は自転車が乗れるのかい?」

「人間の真似事が上手いだけ」

「君は、誰かを好きになったことがある?」


 その質問に対して、彼女は、くわぁとあくびをする。

 チェーンのように絡まった言葉を、風が静かにほどいていく。

 見上げたときには、灰猫の姿はどこにもなかった。


 僕は再びあの青い自転車を見ると、再び話しかけたくなる。

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