モブ(田代)『プレゼント』
大学一年の春、アパートのポストに、見覚えのある字体の宛名があった。
送り主は祖母。切手の貼り方が歪んでいて、いつものことだと思った。中身は、味噌汁のフリーズドライと、ビタミン剤と、靴下と、目薬。ありふれた日用品の詰め合わせだった。だけど、あの人が選んだものたちは、まるで私の暮らしの隙間を埋めるように、すっと入り込んできた。
思わず苦笑した。
「おばあちゃん、私、もう高校生じゃないんだけど……」
でも、その日の夕方、熱を出した私は、目薬をさして、靴下を履いて、味噌汁を飲んだ。
祖母は、子どものころから“使えるもの”しかくれなかった。
ぬいぐるみも、ゲームも、一度もくれたことがない。
「こっちのほうが助かるからね」と言っていた。
いつも、生活に必要なもの。つまり、“味気ないもの”。
それが、大学に入ってからはやたらと身にしみるようになって、そのたびに「やられた」と思った。今さらながら、必要なものを渡してくる、その的確さに。
七月の半ば、母から連絡が来た。
「おばあちゃん、亡くなったって」
その日のうちに、おばあちゃんからの最後の荷物が届いただった。
受け取り通知が、ポストに入っていた。
不在票を持って郵便局に行くと、
祖母の字で、宛名が書かれた箱があった。
やっぱり、切手が歪んでいた。
中には、ミニチュアのケーキ屋さんの組み立て模型が入っていた。
子どものころ、「ケーキ屋さんになりたい」って言っていた私に、祖母が「大人になっても夢見てなさいよ」って笑った記憶があった。
ずっと、“意味のない贈り物”だと思っていた。
でも、最後の贈り物でやっと、意味が届いた気がした。
けれど、そのことを伝えられる相手は、もういなかった。
ねえ、いちばん伝えたかった言葉が、いちばん最後に届くなんて、不器用すぎるよ、おばあちゃん。
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