第4話 魔暴熱
「ほら、朝だよフィル。起きないとまたステファニーおばさんに怒られるよ」
いつもと同じ、朝の日課としてフィルを起こす。訓練が始まるまでまだまだ早い時間だが、早めに声をかけていかないとすぐ起きれないので何回も声をかけるようにしてあげているのだ。ただいつもなら声をかけるだけでうっすらと目を開けて何かしらの返事が返ってくるのだが今日は目を開けている様子もない。
「ねぇ、フィル?」
顔をこちらに向けずに横になっているのでフィルの体を揺すってあげることにした。ここまで眠りが深いのはどうせ昨日の夜また本を見てニタニタ笑い自分が魔法を使えるところでも妄想していたに違いない。
(ついこの間その魔法の話が原因で怒られたと言うのに
フィルは揺すられてようやく目を開いた。ただ、いつものような返事はなく何を言っているかわからなかった。
「どうしたの? また本見すぎたの?」
そう声をかけ彼の顔を見るとなぜだか少し違和感を感じた。いつもの眠そうな顔ではなく少し顔が赤くなり苦しそうな顔をしているのだ。
「フィル!? 大丈夫!? 待っててすぐステファニーおばさん呼んでくるから!」
おそらく発熱しているのだろう。ステファニーを呼ぶのが一番早い解決策だと思われる。まだこの時間なら外ではなくて朝ごはんを作っている時間だろう。まだ起き切っていなかった脳もいつの間にか覚醒しており迷わず食堂まで走り出した。
孤児院最年長のエリンの朝は早い。
(エリンは今年で十二歳。フィルは誕生日を迎えているので十一歳だがエドももうすぐなので年齢的にはエリンのみ一つ上なのだ)
訓練のある時間のさらに早い時間から起きて
とはいえ身支度を済ませた後も同居人の二人を起こすことはせずに食堂に向かう。さらにここからステファニーと一緒に朝ごはんの準備を手伝うのだ。二人を起こしに行くのはその後でちょうどよい時間になるだろう。
食堂へ向かうともう美味しそうなスープの香りが部屋いっぱいに広がっていた。今日もステファニーは朝早くから調理に取り掛かっていた。
「おはよう、エリン。悪いけど先に川で水を汲んできてくれないかしら」
「分かったわ。この
エリンは調理を手伝う前みんなの飲み水を汲みに行くことになった。
「今日も朝からありがとね」
「みんなのご飯なんだから、私が手伝うのは当たり前じゃない!」
今日は起きるのが遅かったわけではないはずだがもう料理はほとんど完成していた。教えてもらえることがないのは残念だがいちいち待ってもらうわけにもいかないのでしょうがない。
エリンが料理を手伝うようになったのは一年も前の話だ。まだ二人の兄たちがいた時、徴兵に向けて貴族の館にお呼ばれしたときの話をしていたのを覚えている。その話では館にいた女の子たちはどうやら女の子は戦うことだけではなく
将来誰かのお嫁さんになることも思えば、早くから作れた方がきっといいお嫁さんになれる気がしてステファニーと一緒に作るようになったのだ。
「誰かじゃなくて、それがエドならいいのになぁ」
そのいいお嫁さんになる相手は、できればこの孤児院で暮らす何でもそつなくこなす男の子に向けられた小さな恋心でもあった。
「なにがエドがいいんだ?」
孤児院をでて下ってすぐに小さな小川が山から流れている。桶に水を汲みながら思わず考えていたことが口に出てしまったようだ。そんなことを言ってるとは思わず後ろから声をかけられたものだから、びっくりしてかがんだ体勢からそのまま川に落ちてしまいそうになった。
「お、おい!」
ひっくり返りそうになったところを何とか抑えてくれたのはケイルだった。
「あ、ありがとう。びっくりして落ちちゃうところだった」
「すまんな、脅かすつもりはなかったんだがそんなびっくりさせちゃうとはな、ワハハ」
「笑い事じゃないですよ! それよりケイルおじさんも水汲みに? 私が今汲んで帰るところよ?」
みんなで飲む水ならこの桶一杯では足りずもう一往復しなければならないのは確かだが、この仕事はいつも一人で行うもので、いつも誰かが手伝ってくれるようなものではなかったので疑問が生まれたのである。
「いやな、エリンが水汲みに行ってるのは知っていたんだがお前さんが汲みに行ってからエドが食堂に走ってきたらしくてな。どうやらフィルが熱が出たらしいんだ。」
「フィルが!?」
「そうだ、今ステファニーが様子を見に行ったんで俺も水が必要になると思って汲みに来たんだ」
孤児院で風邪や熱を出す子たちはたまにいるがフィルがなっているところは今まで見たことがなかったので驚きである。
「今までフィルが熱出したことなんてあったっけ?」
「いや。まぁ確かに珍しいな。あいつが来てから熱何て出したことなかったと思うし……。早く水汲んで持って行ってやろう」
いつも健康なやつが熱と言われるとなぜだかすごく心配になってしまう。エリンはケイルと一緒に足早に孤児院に戻ることにした。
孤児院の中に入るとエリンが汲んできた桶ごとエドとフィルの部屋まで持っていくことにした。ケイルが汲んだ桶は一杯でみんな分賄える大きさなのでそのまま食堂に持って行ってくれた。
中に入ると心配そうにフィルを見るエドとステファニーがいた。
「ステファニーおばさん、お水汲んできたよ!」
「エリン? あぁ、ケイルに会ったんだね。 そこに置いておいておくれ」
「フィルの様子はどうなの?」
「……。」
返事はすぐに返ってこなかった。横にいるエドもさっきからうつむいたままだしもしかしたら……。
「あんまり良くないの?」
「そうさねぇ。このままではよくないかもしれない。おそらく少し前に流行った
「え!? それって結構よくない状況ってこと!?」
思わずとっさに聞き返さざる負えない発言だった。この会話を聞いてもエドは何も言わなかったところを見ると二回目の会話だったのかもしれない。
「不幸中の幸いとしては感染症ではないってところかねえ。それにずっと治らないってわけでもないはずなんだが、苦しい状況が長く続いちゃうのもね……。」
ステファニーは少し考え始める。何か心当たりがあったのだろう、すぐさま答えを割り出した。
「一番順当なところで二人に薬を買ってきてもらおうかな。少しの備蓄食材も一緒に街で買ってきてくれないか?」
ステファニーの発言にエドは急に顔を上げてやる気のある目になった。さっきまでの元気のなさとは違い返事をするとすぐさま準備を始めている。
「エリンは行ってくれる?」
「え、もちろん!」
エドの動きに目を取られて反応が遅れてしまった。フィルの容態のためにももちろん薬を貰いに行くのは賛成だが、それは別として街に行けるのは少しテンションの上がることではある。孤児院で暮らしていると街に行く機会は少ないのだ。
いつもならケイルかステファニーが行くのがもしかしたらエドの気の落ち様に少しでも力になれる機会をくれたのかもしれない。
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