相部屋なんて聞いてない!

桜木紡

第1話

「はい、これが部屋の鍵。わかってると思うけど色んな生徒が住んでいるからあんまり大騒ぎするのはやめてね」


「もちろんですよ、こっちは住まわせてもらってる側なんですから。余程のことがない限りは大丈夫です」


管理人から部屋の鍵を受け取って階段を昇っていく。自分の部屋は最上階の一番端の部屋である。

 ︎︎生徒が多いからあとから入った僕が端になるのは仕方ないことだろう。


「ここが僕の部屋か……ってあれ?」


確かにここは僕の部屋のはずなんだけど、扉を開けた先の玄関には靴が一足置いてあった。ここは僕の部屋なので自分以外の靴が置いてあるのはおかしいことである。


「君が新しくやってくるっていう人かな?」


「そうですけど……なんで既に人がいるんですか」


「管理人さんから聞いてないの? うちと君、二人でシェアハウスだよ」


「え?」


確かに内装を見た時に一人で住むにしては広すぎるとは思っていた。シェアハウスということはこれから僕たちは二人相部屋で過ごしていくというわけだ。


(相部屋なんて聞いてない!)


寮に関しては母親が手続きしてくれたのだが重要なこと伝えてくれていなかった。わざと伝えなかったとしたら本当に趣味が悪い。


「これからよろしくね。うちは七瀬雪」


「柊悠です。よろしくお願いします……?」


もう決まったことは変えられないのでとりあえず部屋の中に入った僕は気づいたことがある。これから一緒に住む人が先輩だということ、何故か調理器具が何一つないという事だ。


「キッチンを見つめてどうしたの?」


「いえ……何も無いのでどうしてかなぁと」


「うち、料理できないんだっ! だから毎日食堂のご飯とかスーパーの弁当を食べてるんだよ」


そんなドヤ顔で言えることでは無いと思う。というより料理ができないのによく先輩の親は一人暮らしを許可したよね。

 ︎︎相手は先輩なので絶対口には出さないけど……一人暮らし向いてないよこの先輩。


「よ、よければご飯は僕が作りましょうか? 作るなら二人分作った方が安く済むので」


僕は一人暮らしをするために母親から生活スキルを叩き込まれたのだ。それに相部屋で僕だけ自炊して一人でご飯を食べるというのは周りから見ても変だろう。

 ︎︎自分が作る料理で先輩が満足するか分からないが毎日スーパーの惣菜や弁当、食堂のご飯を食べるよりかは健康的だと思う。


「いいの!? うちの部屋に友達連れ込んで大人数でご飯を食べる時もあるけど」


「それは事前に言ってくれるなら問題ないですけど……」


一人暮らしをするはずがこんなことになるとは思っていなかったが退屈することはなさそうである。

 ︎︎扉を開けて自分の部屋を見渡すと、机やベットは既に設置されていて生活に困ることはなさそうだった。とりあえず僕は持ってきた荷物グッズや本を部屋に飾ってリビングへと戻った。


「仲を深めるためにも色々話そうよ悠くん」


「僕が言うのもなんですけど、七瀬先輩は急に男と一緒に住むことになっても何も思わないんですね」


「うーん、うちは先輩だし悠くんはそんなことする人には見えないからね」


まぁ実際そんなことは絶対にしないし、もしするような人間だとしたらとっくの昔に家から追い出されているだろう。


「出会ってまだ一時間しか経ってないのにこんなに信用されてるのは嬉しいんです。けど、それはそれでどうなんですかね」


「それは悠くんも同じでしょ。年上のレディーを簡単に信用しちゃダメなんだぞっ」


七瀬先輩はその後も高校時代のことや一番の親友について語ってくれて、気づけば太陽が沈んでいた。


相部屋というのは予想外だったけれども、これから上手くやっていけそうなことに僕は安心した。


「話してたらもうこんな時間になっちゃったね。そろそろ食堂に晩御飯を食べに行こうか」


「……春休みの間に調理器具とか食器買いに行きましょうね」


「なんだか、付き合ってるカップルみたいだね?」


「っ……!?」


恥ずかしがる様子もなくそんなことを口にする七瀬先輩から僕は顔を背ける。本当に出会って初日とは思えないほどフレンドリーな先輩だ。

 ︎︎僕の頭の中には思い出したくも無い記憶が広がって、あのとき言われた言葉が木霊する。


「七瀬先輩、冗談だとしてもそういうことを軽々しく言うのはやめてください……」


「悠くん?」


「……すみません」


七瀬先輩の声がしたがそれを無視して僕は自分の部屋に入って鍵を閉めた。僕はまだ、あのときのトラウマを克服できてないままのようだ。


「寮に入って早々最悪だ……」


三年も前のことを今も引きずっている僕が悪い。あの子とは友達に戻って、普通に話せるようになって……克服したと思っていたのに。

 ︎︎どうやら何もかもが僕の勘違いだったみたいだ。


「ごめん悠くん、初対面だっていうのに距離が近すぎたよね。次からは気をつけるから」


「いいんです、七瀬先輩。これは僕が悪いですから」


その後は一度も七瀬先輩と話すことはなく、静かにお風呂にだけ入って眠りについた。


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