第5話 決着

テレントの体は、腹からとめどなく流れ続ける血に無意識下でも危険信号を出していた。


目が霞んで剣の描く軌跡に追いつくことができない。


赤熱した刃も、煌々と放っていたはずの炎が弱まり剣本来の銀色がのぞきだしている。


テレントの体力はすでに限界を迎えていた。


防戦一方。


カミルの力強い連撃を受け止め受け流すので精一杯。自分がなぜ立っていられるのか、テレント自身も不思議なくらいだった。


「もう決着はついた。ヴァスリドス、負けを認めろ! 死ぬぞ、あの魔女より先に貴様が死ぬぞ」


「構わない......ならばせめてお前と相打ちに」


カミルさえ抑えることができれば、あとはユリシアを逃すだけ。


なのに、なのに。


テレントの剣はカミルに擦りもしない。


「剣を捨てろ! それだけでいい。それだけで貴様が死ぬことはないのだぞ?!」


しかしテレントの心にカミルの言葉は届いていなかった。


どうすれば相打ちに持ち込めるのか。


その一点に集中したテレントにとって、そもそも自分のことなど2の次3の次でしかない。


額を流れる血。斬撃を受け止める度に軋む全身の骨という骨。


もう長くは持たない。ならば――


気焔フレイム!!!』


刀身に宿った炎が、その勢いを盛り返す。


柄まで燃やし尽くす蒼炎。


「これが俺の......覚悟だ!」


テレントの叫びにカミルの動きが止まる。


次の瞬間には2本の剣が交差し、互いの肌を炎が焼いた。


攻守交代。


カミルは後退り、それを逃すまいとテレントが詰め寄る。


さっきまでの精緻な剣捌きなどどこにもない。大ぶりに剣を薙ぎ払い、鎧の下に着た洋服にまで火の粉が移る。瞬く間にテレントの全身を火が覆い始める。


「貴様ッ...もはやそれは狂気の域だぞ」


「なんとでも言え。お前さえ抑えられれば俺はそれで――」


テレントの声は、そこで途切れた。


すべてを燃やし尽くした男の体が後ろへぐらりと傾く。


燃え盛る蒼炎を纏っていたはずの剣が、音を立てて地面へと落ちた。


敵であるはずのカミルすら咄嗟にテレントの体を支えようと手を伸ばしたその瞬間。


「私と、交渉おはなしをしてくださりませんか?」


横たわった騎士の頭を自らの太ももに乗せ、ボロボロの左手を優しく握ったユリシアがカミルに話しかける。


「魔女と話すことなどない」


言い捨てるカミルの目を金色の瞳が捉えた。


雄弁な目オプリガーディオ


「な、何をした?!」


カミルはユリシアから目を離すことができない。それどころか彼の体はピクリとも動かなくなる。


「私と交渉をする間だけ、ちょっと安全を確保させていただいているだけですよ」


「なっ......小癪こしゃくな。要件を話せ」


吐き捨てるカミルに動じることなく、テレントの手を握るユリシア。途端に淡い緑色の光に包まれたテレントの顔から、皺が消えた。


「私はこの国を立ち去ります。ですから、テレント様を赦していただきたいのです」



はっきりと魔女に見つめられ、カミルの脳内をあらゆる考えが巡る。


目線の奥には地に伏して伸びてしまっていた副団長がようやく起き上がる姿が見えた。


感じればわかる。誰も、死んでいない。


「......ではその男はどうする」


我ながらこの言葉が最初に出てきてしまったのだろうかと滑稽に思えた。悪であるはずの魔女と、それを守る下級貴族。情が芽生えるはずもないのに。


魔女の目が揺らぐ。


「守るだけ守られて、命をかけて貴様を守った男が知らない間に逃亡か? まあ所詮、魔女なんてそんな薄情なものか」


何故だろうか。何故、魔女に揺さぶりをかけているのだろうか。結論なんて遠に決まっているというのに。


カミルは、ただとある一言を待っていた。


「私がいるとテレント様は不幸になってしまいます。私さえいなければ貴方だって――」


どうしてこんな感情が湧いてしまうのか。


まさかこの2人の姿を見て、男と剣を交えて、自分自身が何か影響を受けてしまったとでも言うのだろうか。


「貴様が消えたとして何故この男が赦される? むしろ魔女討伐の好機を手放させたバカを、現場を知らない司法院が赦すなんて本気で思っているのか?」


少女の目から、一筋の涙が滴った。


つくづく想像力が足りないと思う。いや、歳いくばくもいかない少女ならむしろ妥当な考えとも言えるか。


「お前らにできることはただ1つだ。2人でこの国を出ろ」


「それは......いいの...でしょうか?」


首を傾げる少女。


「良し悪しの話はしていない。ここで仲良く死ぬか国を出て仲良く死ぬか。同じ結末ならば当事者に選ばせる権利がある。ただそれだけだ」


「でも......」


何故ここで即決できないのかはわからない。まさかヴァスリドス子爵の思いを聞かずに決めるのは忍びないと思っているのか? ならば相当な鈍感......いや、考え過ぎというものだ。


「横で寝ている子爵を叩き起こせ。そして聞け」


少女が男の頬を軽く叩く。すっかり傷が癒えてしまった子爵は、しばらくして目を覚ました。



「ユリシア?! すまない。自分で立てるよ」


ユリシアの柔らかな太ももから頭を離すテレント。目の前に立ちはだかる金髪の騎士を前に、咄嗟に剣を探す。


「2度は話さない。さっさと2人で話し合え」


剣を鞘へおさめた金髪の騎士は、髪を掻きむしりながらそういった。


ユリシアが耳に手を当てて何があったのかを話してくれる。ユリシアの息が不規則にあたってくすぐったい。


「――というわけです。テレント様の気持ちが確認したくて」


話終わって、頬を赤く染めるユリシアがなんとも可愛らしい。


――今の地位を捨てて国を出る。


テレントには婚約相手はいない。しかし、子爵領このまちには旧友はもちろんお世話になってきた人々が大勢いるのだ。


自分自身がいなくなることでこれまで守り抜いてきた土地がどうなるのかもわからない。


ユリシアは首を傾げて不安げにこちらをみている。


「2人揃ってバカだとこうなるのか・・・・・・言ったはずだ。お前たちに選択肢はないとな」


カミルはそう吐き捨てた。


ユリシアの顔を見て、金髪の騎士をもう一度見返す。



決心がついた。



――テレントの答えに、カミルはため息を吐きユリシアは頬を真っ赤に染めた。

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