第3話 聖なるリンゴ

ユウマは茂みの中から屋敷を伺っていた。テラスのある二階の部屋の扉が開いて、時折、カーテンが外に出るのに気づいた。

「あそこから入れる」

ユウマは辺りを伺いながら二階のテラスのある部屋の下まで来て隠れた。辺りに人の気配はない。ユウマは屋敷に茂っている蔦と壁の装飾の凹凸に足をかけながら二階のテラスまで月の明かりを頼りにゆっくり登った。テラスがあるところに手が届くと柵を掴んでテラスの中に入った。そして、素早く身を潜めた。

誰も来ない。

ユウマは身を潜めながら開いている扉まで近づき、カーテンを掴み、そっと中を伺った。

部屋には誰もいない。

ユウマはそのまま静かに部屋の中に入った。すると部屋の中央に一つのテーブルがあるのが気になり、テーブルの傍までいった。テーブルの上にあるクリアケースを見て驚いた。

収穫祭のときに遠くからしか見たことのないリンゴ。絵でしか見たことのない聖なるリンゴがクリアケースの中にあった。

リンゴは赤々と光沢を放っていた。

「これが聖なるリンゴ?」

部屋には何もない。ただこの聖なるリンゴだけを乗せるための机しかない。その机もよく見ると装飾がほどこされ高価な机に見えた。勿論、椅子もない。もはや机ではなく玉座。聖なるリンゴを置くためだけに存在するもの。それほど机の上にある聖なるリンゴから威厳を感じた。

「これだ。これが聖なるリンゴだ」

ユウマはクリアケースの留め金を開いた。

ゆっくりクリアケースを上げた。

赤々と光沢を放つ聖なるリンゴが今、手の届くところにある。

ユウマは震える手でゆっくり聖なるリンゴに触った。息を飲んだ。ユウマは気を落ち着かせた。辺りに人の気配に気を配った。

静寂しかない。

ユウマは深呼吸して、今度は両手で聖なるリンゴを掴み、慎重に持ち上げ、周りを気にした。

何も起こらない。

ユウマは持ってきた布袋に聖なるリンゴを入れた。ユウマは静かに、素早く、テラスに出た。上がってきた道を通って下に降りていった。身を潜め、ユウマは屋敷を伺っていた茂みに向かって身を潜めながら走った。茂みに入るとき音が鳴った。ユウマは茂みの中から辺りを伺った。

誰も来ない。人の気配は一切ない。

ユウマは気分が高揚した。

〈やった! これで母さんの病気は治る! また昔のように元気になれる!〉

ユウマは嬉しくて嬉しくて堪らなかった。ユウマの頭の中は希望でいっぱいになった。

ユウマは希望を抱き、笑顔で家路についた。誰にも悟られぬよう、誰にも会わぬように、人気のない道を静かに急いで帰って行った。

しかし、その姿を遠くからグレコが一部始終見ていたことにユウマは全く気が付かなかった。

グレコははなから予見していたのだ。

グレコは笑いを堪え、ユウマが家に帰っていく姿を見送った。

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