ラブコメヒロインを勘違いした初手無礼女子を殴るところから始まる僕のハイスクールライフ 〜胃液のにおいを添えて〜

尾八原ジュージ

拳で雪げ!

「なーんだ。せっかく高校生になったのに、隣の席が冴えないオタクくんかぁ~」


 と顔を見るなりニヤニヤしながら言い放った女子を、僕は殴った。整った顔立ちのど真ん中に拳がめり込み、今鼻の骨を折ったかもしれないなと思った。失礼女子は鼻血を出し、巨乳を揺らしながら椅子ごと後ろ向きに倒れ、バッターンとものすごい音がして教室中の視線が僕らに集まった。高校入学初日、四月七日午前八時四十二分のことだった。

「初対面の人に挨拶するとき、まずは外見をディスれって教わってきたんですか?」

 そう尋ねると、失礼女子はがたがた震えながら顔を横に振った。

「そうですか。僕は恥をかかされたら拳ですすげと教わってきました」

 黒板に貼られた座席表を見ながら「高峰たかみねさんっていうんですか?」と尋ねると、彼女は何度も頷いた。

「僕は大宅おおやけです。よろしくお願いします」

 失礼女子もとい高峰さんは、鼻を押さえながら何かもごもご言った。

 教師が教室に入ってきた。鼻血まみれの高峰さんを見てぎょっとしたが、僕が挙手をして「恥を拳で雪ぎました」と言うと察したらしく、「ではホームルームを始めます」と出席簿を取り出した。

「この後体育館に移動し、入学式を執り行います」

 学生たちは粛々と廊下に移動し、点呼に従って出席番号順に並び始めた。小林、清水まで来たところで、突然後ろから誰かにぶつかられた。

「きゃっ!」

 そいつは僕を巻き込んで転倒した。その際ブレザー越しの豊かな胸部が、僕の背中に強く押し当てられた。

「きゃーっ! 痴漢! 何すんのよ!」

 ツインテールのぶつかり女子は、僕を指さして叫んだ。その愛らしい顔面に、僕は拳を叩き込んだ。また鼻を折ったかもしれないと思った。

「あなた! 今! 自分から僕にぶつかってきましたよね!?」

 僕は可能な限りの大声で叫んだ。近くに立っていた生徒をかたっぱしから捕まえて、「見ましたよね?」「見ましたよね?」と尋ねると、彼らは皆一様に首を縦に振った。

「じゃあ、痴漢呼ばわりは間違いですよね!?」

 ぶつかり女子は廊下にぺたんと尻を落としたまま固まってしまったので、気付けの意味を込めて軽く鳩尾を蹴り上げた。彼女は「ごぽっ」と声を上げ、胃液と半分解けたサンドイッチを廊下に吐きだした。

「僕を痴漢呼ばわりしたのはぁ! あなたの勘違いですよねぇ!?」

 もしかしたら耳が聞こえにくいのかもしれない。もう一度顔を近づけ、大声で尋ねると、ぶつかり女子は胃液まみれの顔を何度も縦に振った。

「むしろぉ! ぶつかってぇ! ごめんなさいですよねぇ!?」

「はいっ! ごめんなざい!」

 吐瀉物の中で土下座を始めた女子に、みんながドン引きのまなざしを注ぎ始めた。僕は「十分謝罪を受けたのでもう結構です!」と叫んだ。

 真面目に点呼を聞いていたため、僕はすでに彼女の名前を知っていた。「白藤しらふじさんですよね? よろしくお願いします」と声をかけると、ぶつかり女子もとい白藤さんはがたがた震えながらうなずいた。ようやく担任が駆け寄ってきたが、僕が「名誉を傷つけられそうになったので拳で雪ぎました」と説明すると、納得して戻っていった。

 さてようやく入学式である。やれやれ、晴れがましい式典の前に二人も殴ることになるとは……なんて考えながらワイシャツの襟を整え、ハンカチで拳の血を拭きとって、真剣に式に挑んだ。といっても校長先生や生徒会長などの祝辞を黙って聞くのが僕たちの果たすべき役目なので、目立つことなど何もなかったはずだ。

 ――はずなのだが、入学式を終えて教室に戻ろうとしたとき、「君! ちょっといいかな!」と圧の強い声で呼び止められた。

 振り返ると、さっき祝辞を述べていた生徒会長が立っていた。黒髪ストレート高身長の爆乳美女である。

「壇上から見ていたが、君は素晴らしい体幹をしているね。生徒会に入らないか?」

「すみません。ディベート部に入りたいので、お断りします」

 僕は間髪入れずにそう答えた。この高校のディベート部はレベルが非常に高く、入部すれば学業との両立で忙しくなる。生徒会の仕事などやっていられない。

「まぁまぁ、いいじゃないか。ホームルームが終わったら生徒会室に来たまえ。北校舎の四階突き当り……」

 他人の話を無視して喋り続ける会長に、僕は拳を繰り出した。そりゃ祝辞のときに紹介されはしたけど、それにしたって自分を知ってて当然と言わんばかりの傲慢さ。それに他人の意見を聞かないところも加味して、そろそろ殴っていいだろう。移動中に無理やり呼び止めたことへの謝罪がないのもいただけない。

 しかしさすがは生徒会長、紙一重で僕の拳をかわすと後ろに飛びのき、ボクシングの構えでこちらに向き直った。

「我が名は桜牙院おうがいんさくら! 欲しいものは拳で手に入れろと父母に教わってきたッ!」

 なるほど、両親の教えか。傲慢は傲慢だが、一本筋の通った傲慢さだ。心の中で敬意を表しつつ、僕も構えをとった。

「むっ、白鶴亮翅バイフーリャンチー……しかし少々変わった構えだ」

「中国拳法をベースに、代々我が家なりのアレンジを加えてきました」

「会長! こいつやっちゃってくださいよォ!」

 顔の真ん中にでっかいガーゼを貼り付けた高峰さんと白藤さんが、どこからともなく現れた。

「コイツ、アタイたちの初手無礼を、拳で封殺しやがったんですよォ!」

「あと一、二週も待てば、デレてラブコメ展開に突入するはずだったのにィ!」

「二人はすでに生徒会役員だったのかっ!!」

 いつの間にか僕たちの周りは半径約三メートルにわたってスペースが空けられ、その周りを生徒や教師たちが取り囲んでいた。

「会長、なぜそんな初手無礼な人たちを生徒会に……?」

「可愛くておっぱい大きいから」

「そんな」

「それに初手無礼といえども、私を慕う者たちを守らなくては拳が腐る!」

 直後、会長の右ストレートが叩き込まれた!

 僕はその拳を受け流し、ほぼ同時に蹴りを繰り出した。しかし会長の切り替えは恐ろしく速い! 体の位置を絶妙にずらしてそれを避け、死角からのボディーブロー! 信じられない威力だ。僕は朝食のトーストとゆで卵を吐き出し、さっきの白藤さんにそっくりな姿勢で、吐瀉物の上に這いつくばった。

「畜生……畜生っ! これじゃ中学の二の舞だっ!」

 悔しさがこみ上げた。僕は胃液のにおいでもう一度吐きそうになりながらも叫んだ。

「どんなに拳を磨いても、必ず僕より強い奴が現れる……拳で負けたせいで、また生徒会に入れられちまうっ! 僕はディベートをやりたいのに!」

 涙にむせんでいると、目の前に手が差し出された。会長だった。

「泣くことはない。きみは強い……しかし弱点もある。あくまで独りで戦おうとするところだ」

 会長は少しも臆さず、ゲロで汚れた僕の手を握った。温かい、強い手だった。

「しかしこれからは、この桜牙院さくらがきみの盾となり、剣となろう!」

「会長! かっこいい!」

「アタイたちついていきます!」

 高峰さんと白藤さんが叫ぶ。

 僕はまだ泣いていたが、その涙はもう悔し涙ではなかった。そうか! 僕は仲間が欲しかったのだ……!

「君の名を聞いても?」

「お、大宅です……!」

「大宅くん、もちろん君の希望を無下にはしないさ。我々は今年度、ディベート部を接収し、その活動内容を生徒会のものとする。その分忙しくはなるが……いいね?」

 いいわけあるかよ。滅茶苦茶だ――だが考える前に、僕は頷いていた。「はい!」

「会長! ディベート部が校門前で新入生勧誘の準備を始めた模様です!」

 無線機を持った高峰さんが報告する。会長はニヤリと笑った。

「そうと決まれば早速行くぞ!」

「「「はい!!!」」」

 僕と会長、それに高峰さんと白藤さんは、春の日差しが降り注ぐ前庭へと、体育館履きのまま飛び出していった。


 そして二十分後、ディベート部の部長の暴力的レスバによって全員心を折られ、胃痛によって嘔吐し、ゲロの上に這いつくばった。

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