第4話 予言通りの困りごと

 井戸の裏手は、洗濯場や物干し場が並ぶ、村でも人通りの少ない一角だ。


「……静かだね。なんか拍子抜けするくらい」


「こういうのは、後からくるパターンってやつだ」


 エルがそう言ったそのとき、乾いた「うおぉい!」という叫び声が飛んできた。


 二人が振り返ると、洗い桶を両手に抱えてふらふらしている初老の男がいた。背中には紙切れが一枚、ぺたりと貼られている。


「“今すぐ洗い場へ向かい、全ての桶を朝の光が陰る前に干すべし”……だとよぉ!」


 男は天を仰ぎながら叫んだ。「無理だ! 俺一人で全部とか聞いてない!」


「……うわ、完全に予言に振り回されてる人だ」


 エルとセリナは顔を見合わせた。


「手伝おっか?」


「え、でも予言に書かれてないし……いや、今日俺、何も書かれてないのか」


 エルはポーチから自分の予言書を取り出し、確認する。


 真っ白なページは、何も言ってこなかった。


 それなら。


「……俺が決める」


 そう言って、エルは桶の山に向かって歩き出した。


 少ししてセリナも、軽く笑いながらその後ろに続いた。


---


 それからというもの、なぜか次々と“ちょっと困った人たち”が現れた。


 広場の隅で迷子のヤギを探している老婆、運搬指示を受けて荷車を動かせずに途方に暮れる少年、急に“本日中の棚卸”を命じられた雑貨屋の店主……。


 どれも予言に沿った行動ではあるのに、肝心の“人手”が足りていない。


 気づけばエルは、白紙の予言書をポーチに入れたまま、その都度「まあ、いいか」と言いながら体を動かしていた。


 セリナも、あきれたような顔をしながら結局すべてに付き合っていた。


---


 日が傾き始めたころ、治療院からの使いが走ってきた。


「ごめん、誰か! セリナの父さん、ぎっくり腰で動けないって! 森の薬草、今日中に採ってこないと……!」


「了解。場所はいつもの、北の斜面?」


「そう!」


 セリナはすぐに動き出した。その隣で、エルも当然のように歩き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る