お悩み相談部はいそがしい!

すみのいさき

第1話 透明な足跡

人はよく「あの頃に戻れたらなあ」と言うが、俺はそうは思わない。戻ったところで、人は変わらないと思うから。......特に俺みたいなやつは。昔好きだったあの子はイケメンサッカー部エースと付き合うし、中学生の時、寝坊して修学旅行一人だけ車で移動する羽目になるし……どれもこれも、またやり直したところでどうせ変わらない。……俺は大事なところでよくミスを犯す。だから、後悔するようなことはもう二度と御免だ。頑張ったところで...俺は...。だから、出来るだけ平穏に、静かに暮らしたいのに...目立ちたくないのに、俺はいつも、自分から進んで目立ってしまう――――



―――私立青葉台高校1年、鷹宮涼平(たかみや りょうへい)。田んぼと神社が点在し、窓を見れば水平線の先に入道雲が悠々と立ちのぼり、でっかいショッピングモールがポツンとあるような…そんなのどかな町(田舎)の高校生。部活動には入っていないし、勉強が特別得意という訳では無いし、特に打ち込んでることもない。学校が億劫で仕方ない。でも、唯一楽しみがあるとすれば...

「お、今日も出てるな。どれどれ…」

学校の渡り廊下にある掲示板に貼られている謎解きクイズ。誰が、どの部活が、何のために掲載しているのか書いていないので定かではないが、毎日通る度に問題が変わっているので、日々の日課になってしまっていた。


「えっと......ある日の午後、学校のプールに誰もいないはずなのに、水面には泳いだ跡が残されてた。さらにプールサイドには濡れた足跡がついている。ただし、その足跡には奇妙な点がある。片方の足跡だけが残されているのだ。このままでは不審者が現れたとみなされ、プールが一時封鎖になってしまう。」

俺は小声で呟きながら問題を読み上げる。独り言を呟いたからか、通りかかる人から視線が集まり少し縮こまる。

「それで問題は...この「透明な足跡」は一体どのようにして作られたものなのか?そしてプールの水面の跡が示す秘密とは?※なお、プールの水は夜も抜かないこととする...と、なるほど。」

この問題、犯人の動機ならわかるぞ...


―――水泳授業、嫌いだったんだろ?

キリッとした目で、俺はそう言い放った。

俺も泳げないからわかるぞ...体が沈むんだよなぁ。動けなくなって。

「さ、手がかりは....」

俺は問題の下に表記されている4つのヒントを目で追った。



1、プールの温度は通常よりも低い状態に設定されていた。

2、足跡の形状から「片足」と言われているが、実は形が微妙に歪んでいる。

3、プールサイドには防水時計が落ちていて、針が停止している。

4、プール付近の地面に細かい削れた氷のようなものが散らばっている。


なるほど、プールが低い温度で...か。そして氷のようなものが散らばっていると。

ならこれならどうだろう。


―――――犯人は透明な靴を履いていた。透明な靴は市販の長靴でも何でもいい。この靴は防水素材で作られており、濡れた状態では目視できないものとする。片足の足跡しか残っていないのは、犯人が片足跳びで移動しながら水を意図的にかけ、プールサイドに足跡を残したから。片足跳びくらいなら、体幹が悪くても壁かフェンスに掴まりさえすれば、難なくこなせる。プールの水面に残された泳いだ跡は、実際には小型のリモート操作の水中ドローンを使って人工的に作り出されたものかもしれない。このドローンは水中で静かに動ける仕様で、防水時計の内部に仕掛けられていたタイマー機能によって作動した。タイマーの役割を果たした時計は静止する。そして地面の削れた氷のようなものは、犯人が使用した冷却ガジェットの一部が破損して発生した可能性がある。

「ふっ...これで推理は完璧だな...」

俺は、一人自慢げにそうつぶやくと、貼り紙の裏面をめくり、答えを見ようとした。


その瞬間。

誰かの手が俺の行く手を阻んだ。


「それ、本気で言ってるの?」


「ハイ…?」


どうやらいつの間にかまた口に出して読んでいたらしい。恥ずかしい...!

横を見ると、そこには、購買で買ってきたであろうクリームパンとクロワッサンを抱え、辛気臭そうな表情をした女の子が立っていた。彼女は、長い髪を耳にかけながら、こちらを見つめている。差し込んだ陽光が彼女の髪の毛にあたり、美しく光らせいる。渡り廊下の窓から入ってくる涼風で、彼女の髪はなびいていた。


「......その、あなたの言う、特殊な靴...あまり現実性がないかも。だって、濡れた状態だと目視できないってすごいハイテクな技術じゃない?それはさすがに無理だと思う。それに、そこまでの問題は出さないんじゃない?」

彼女は問題文を見ながら、顎に手を置く。なにやら考え始めたようだ。

「た、たしかに」

うすうす気づいてはいたが...それならどうやって...?

「んーー......プールの温度は普段より、低かったんでしょ?普通は真夏だから低く設定したって考えると思うの。だけど、これがもし、水泳授業が後半戦で、ほぼ秋みたいな中、この水温だったら?納得できるんじゃない?...夜になったら氷ができるくらいプールの水は冷たくなるはず。温度が低いことで、水面が冷たくなり、体温の高い何かが入った際にその形が残りやすくなる。だから犯人は素足をいれた。犯人は持っていたタイマーを使って氷ができる温度まで足を入れて、我慢した。それで、完成した足の形をした氷で、足跡を残したのよ。」

自信満々に彼女は答えた。そんな彼女に一瞬見つめたまま思考が停止してしまう。

「でもさ、何で片足だけなんだ?両足で足跡をつけた方が、より誰かが歩いたように見えるんじゃないか?」

「......?片足だけのほうが奇妙でしょ?」

彼女はきょとんとした顔でさも当たり前でしょ。と言いたげな声色で、俺を見つめながらそう言った。

「得体のしれない恐怖ほど、怖いものはないわ。」

「確かに、そっちの方が注目を浴びやすい...!...でも待てよ、夜に犯人が決行したというなら、発見されるまで、どうやって足跡を鮮明に残すことが出来るんだ?」

彼女は核心をついたような笑みを浮かべる。

「さっきも言ったように、ほぼ秋と仮定するのよ。氷はそのまま残りやすいし、ついた跡は消えにくい。...それに夜と一言で言っても、深夜帯だって夜には入るのよ?犯人は、先生が最初にプールに訪れる時間を計算して、それに合わせて犯行の時間を合わせたのよ。」

一通り推理を終えると、彼女は、眉を寄せ、俺のことを見た。

「.........というか、あなた誰?」

「それはこっちのセリフだ!あんた一体誰だ?」

咄嗟に突っ込んでしまった。そういえば、まだ名前も聞いていなかった。

「わ......」

彼女が口を開けたその時だった。



「――――タ、タヌキが出たぞーーー!!」



「キャーー!タ、タヌキ!?わ、私苦手なのよーー!」

彼女はその言葉でその場でうずくまる。さっきの威勢の良さは掻き消え、すっかり子供みたいになってしまった。

彼女がうずくまると同時に、彼女が抱えていたクリームパンが落ちる。

タヌキは、そのクリームパンを見ると、すぐさま口で拾い、駆けていった。

「お、おい!待て!!」

俺はすかさず言葉にするが、タヌキは見向きもしない。

咄嗟に足が出るが、すぐに足が止まる。足が震えていたからだ。


【ここで追いかければ、また あの時 と同じようになるのか...?】


「涼平のせいでチームが負けたんだ!!」

「どんまいどんまい...」

「涼平さえいなければ......」

「部活来んなよ...」

「恥ずかしくねえのかな...」

「ほら、調子に乗るからでしょ」

「......」


「死ねばいいのに」





―――――全国中学校陸上予選大会。全国大会に出れるかどうかが決まる、重要な予選大会だった。陸上部の中から選抜された者だけが出場でき、俺はその中に選ばれ、エースとして、400mリレーのアンカーを務めた。レーンは3レーンに決まった。一番得意とするレーンだった。開始のスターターピストルの音が響き、俺らのチームは初っ端から一番手に躍り出た、バトンが二人目に渡り、一チームに抜かれはしたが二番手。この大会では、リレーの3位までは予選を通過できる。これなら、と思い、自信が沸いた。三人目にバトンが渡る、バトンパスもスムーズで、まったく非の打ちどころのない走りを見せてくれた。二番手を維持してくれ、いよいよだ。バトンが来た、アンカーの俺に。バトンパスは成功、あとは初速からの加速、今まで培ったものをすべてここで出す。加速で、一番手のグループを追い越した!よし、あとは走り切るだけだ。右足、左足、右足、左足、と高速で切り替えてく。俺はあの時、今までで一番良い走りをしていたと思う。そこまではよかった。


だが、左足を踏み込んだとき、痛みが走った


ゴールまで残り20m切ったところだった。

あと少し、あと少しで全国に...

俺の視界はゆっくりと下に落ちていった。

あれだけ練習して、あれだけ走ってもらったのに。

俺はそこでずっこけたんだ。

観客席からは悲鳴と驚きの声が響く。

そのあと、足を引きずりながらも、なんとかゴールした。


結果、俺たちのチームは8位の最下位で、中学最後の大会を終えることとなった。

あの時のチームメイトの泣き声と叫び声は、今でも頭から離れない。


病院に行った。

左足のアキレス腱断裂だった。

ぶちっと切れていたらしい。

医者から、もう走るのはやめた方がいいと忠告を受けた。

それからは、もう悪目立ちしないように、出来るだけ、平穏に生活を送ると決めた。もう、...あんな失敗はしたくないから。


だからこそ、


ここで捕まえられなかったら...?

ただ恥をかくだけになったら...?

失敗して、笑いもの扱いされたら...?

追いかけたら悪目立ちするかもしれないし...



と思考が加速してしまう。

呼吸が乱れ、息を荒げる。

タヌキの姿はだんだん遠くなる。

どうする?どうする?どうする?



「今日の......私の、昼ご飯が.........」

彼女がそう、悲しげに呟いた。


―――――その声を聞いた涼平は、唇を少し噛む。


「ちょっと待ってて」



涼平はそう彼女に言うと、軽く構えると、勢いよく駆け出していった。

「誰かが困ってたら、俺は、助けたい!!」

その速さは、彼女の髪を揺らすほどの豪速だった。


タヌキはまだ購買のあんぱんを口で持っておりタヌキは涼平が走って追いかけてくるのを見て、渡り廊下をさっと離れ、階段を上がり、3階までかけ上がっていく。涼平も負けじとタヌキについていく。

「うわぁ!?な、なんだ?」

「キャー!今の……なに??」

「コラ!校内を……タ、タヌキ!?」

もはや、タヌキに驚いているのか、涼平に驚いているのかは不明だ。

涼平は、生徒たちを並外れた身体能力で、かわし、飛び越えていく。

「謎を解いてくれた人には…恩返ししたい!!頼む!そのパン、返してくれーーー!!」

タヌキは三階の窓辺に上がった。窓が空いている。タヌキはぱちぱちとした目で涼平を見た。


「お、おい………どうする気だ………?ここ……三階だぞ……?」


「クゥン……?」


タヌキは一言鳴くと………


―――窓から、飛び降りた。


「お、おいまて!!」


―――続いて涼平もタヌキに続けて飛び降りる。

涼平は、空中でタヌキをがっしり掴み、彼女のパンを回収する。安堵が一瞬見え隠れするが、ふわっとした感覚に身を震わす。

下を見ると、そこは水泳部が練習中のプールだった。前には視界から見切れるほど大きな入道雲。夏が俺を出迎えてくれている気がした。


―落ちて。


――――――落ちて。


――――――――――――――――落ちて。



涼平はタヌキを抱えたまま、そのままプールの水面に、背中からバシャーン!と水しぶきを上げ、落ちた。


体が思うように動かない。体が、沈んでいくのを感じる。制服のシャツとズボンが水を含み、まるで浮遊しているみたいだ。水面の色が鮮やかで、光の入り方が美しい。ど、どうしよう、意識が....く、苦し.....


「だ、大丈夫!?!?」

腕を掴まれ、俺は引き上げられた。

「ぷはあぁっ...ごほっ...げほっ!!」

俺はようやく状況が理解でき、せき込む。

顔を上げると、そこには、日焼けをした、水泳部であろう女の子が......

「て......涼平!?何してんの......?」

「急にプール入りたくなって」

「なわけないでしょ」

こいつの名前は、浅海梨名(あさみ りな)。元陸上部で、俺らのマネージャーをしていた。俺を気にかけてくれていた優しくて明るい奴だ。

「というか、手、離すなよ!俺泳げないんだ。」

「ここ、足着くけど」

「お、おう。そうかそうか」

俺はゆっくりと足をプールの底に着けた。

「ぷははっ!りょうへーめっちゃ耳赤い!!」

「うるせえよ」

俺は濡れた服を引っ張りながら、プールサイドに上がる。梨名とほかの水泳部の人たちが青ざめた表情で俺のことを見ていた。前を向くとそこには、鬼の形相をした先生が腕を組んで待ち構えていた。

「ははは...えっと...」

「名前」

「はい?」

先生は少しうつむくと、前になおる。


「――――名前とクラスと出席番号を言ええええええええ!!!!!!!」


「は、はいい...!!鷹宮涼平六組三十番ですーーーーー!!!!!!」

俺はパンを握りしめ、必死に震える声を抑え、大声で名前クラス出席番号を夏の青空に向かって叫んだ。

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